幕間2-雷嵐の存在理由-
――死は何人たりとも避けられない。
状況は死の一歩手前。
何人たりとも避けられぬ絶対たる死がタカヤとコウに迫る。
オルゴネイターの力を相殺され、非力となった身に蛇の苛烈な尾が幾重にも叩きつけられる。
一度、振り下ろされれば空気は破裂し大地は裂ける。
それが幾重にも振り下ろされればどうなるか。
もう攻撃とは呼べない蹂躙であり、子供二人の身体は木の葉のように軽々と舞い上げられれば尾の追撃で裂けた大地に叩きつけられる。
「おう、コウ、生きてるか? 死んでないなら返事しろ」
「ぺっ、生憎、グラマー死神のお姉さんから地獄はお断りだって何度も追い返されてきたところだよ」
タカヤとコウは大地に身体が埋もれようと自力で這い上がっては立ち上がる。
常人ならば肉片すら残らぬ尾の直撃を耐え続けられたのは、辛うじてオルゴギアの身体保護機能が動作していたにすぎない。
イヴァリュザーの戦闘にてほぼ無傷であった二人の身体には擦り傷や切り傷が目立ち、合わせることなく、互いに血の混じった唾を大地に吐き捨てていた。
「へっ、そっちは死神かよ。こっちは金髪巨乳の天使だぜ。天使。あんまりにも好みだったから思わずあっちに行っちまいかけたぜ」
「ちょっと行ってくれば良かったのに」
「はぁん、そりゃ俺様の台詞だっての」
窮地でありながら互いに憎まれ口を叩く。
気が狂ったのではない。
負けていないからだ。
死んでいないからだ。
死んでいないからこそ負けてはいない。
波動能力を封じて有利になろうと一方的な物理攻撃を加える蛇などマヌケの一言だ。
「ったく、この蛇、絶対バカだろう」
「元はイヴァリュザーだ。三人よれば文殊の知恵だけど、バカが集まっても所詮バカが増えただけだよ」
蛇は攻撃の手段を誤った。
敵は倒せる時に倒すのが戦場での鉄則。
タカヤとコウとて余裕を抱いて敵を倒してきたも、油断を抱いたことなど一度たりともない。
弱体化させたのならば、尾で遊ばず、オルゴフォートレスの砲塔を破壊せしめた光線一発を放てばいいだけのこと。
放っていればタカヤとコウは今頃、分子の欠片すら残さず消失していた。
「あら、随分とまあ強がりね。やせ我慢かしら?」
「言ってろ、蛇!」
「これが強がり? 違うね。余裕と自信っていうんだよ、これは!」
憐憫な目で見下ろす女にタカヤとコウは果敢に言い返す。
二人の目には強かな生気が宿り、屈せぬ闘志が渦巻いている。
「確かに、この蛇は強いがよ、結局はただのでかい蛇だ」
「僕たちを倒したいなら、後一万は持ってこい!」
いくら果敢に立ち上がろうと、能力を一切使えぬ子供に女は哀れみしか浮かべていない。
「これはオルゴエネルギーにより生物が適応進化した姿の一種よ。でかい、大きいとかそういう問題じゃないの。そうあるべきだからこそ、そう適応した。ただそれだけ」
自然界は弱肉強食ではない。
適者生存である。
変わり続ける環境に適応できた者だけが次代の種を残し繋げられる。
熱帯の生物が極寒に適応できないように、極寒の生物は熱帯に適応できない。
だが、極希に極限の環境にいようと、生きるために適応する生物すらいる。
それこそが生命が持つ適応能力であり、適者生存である。
強い者が勝つのではない。
生き残った者が勝者なのだ。
「へっ、人類全てがバケモノになったら誰が俺様の好きなゲームを作るんだよ! 一八になったらエロゲーが堂々とできるのに、作り奴いなけりゃできねえだろう!」
「ハンバーガーは誰が作るの! ステーキは誰が焼くの! 将来、愛妻弁当を渡してくれるのは誰だよ! その原料の動物は! 穀物は! 野菜は! 戦いはぶっ飛ばせるから好きだけど、戦いしかない環境なんてお断りだ!」
彼らオルゴネイターの存在理由だった。
タカヤとコウは覚えている。
口に含み、舌で感じる料理の味を。
久方ぶりに噛みしめた味覚という器官を。
戦い以外の娯楽の存在を。
現実では御法度の殺人も仮想空間でならば存分に行える。
縦横無尽に暴れられる。
だが、イヴァリュザーは全ての生物を超越する。
空腹もない。
睡眠もない。
皆同じだから差別もない。
飽くなき欲望を満たし続けられる。
誰もが強き力を持ち、あらゆる環境で生存できる。
極寒だろうと深海だろうと果ては宇宙だろうと、その源はオルゴエネルギー。
無限に等しきエネルギーは生物を更なる高みに至らせる進化の力があった。
「みんな同じでそれがいい――とかクソッタレだ!」
「違うから殴りあえるし銃をぶっ放せる! 殺し合いだってできる!」
全てを同じになど、頭の中にオガクズ詰まった輩の現実知らずの妄想でしかない。
引きこもってベッドの上で糞尿と共に垂れ流していればいい。
「今まで散々使っておいて、今更否定してもね」
「はぁん、力は否定しねえよ!」
「否定するのはその使い方だ!」
特別な力を持とうと、タカヤとコウは人間だ。
ただの人間だからこそ、人間でありながら人間を越える力を得た。
人間は、人間のままで強くなれる。
あのジジイ共は口を揃って言っていた。
「それに、人間舐めてんじゃねぇよ、蛇女」
「何ですって?」
「僕たちは二人だけで戦ったわけじゃない。クドやフドたち波動精隷がいる。小うるさいミィビィがいる。今では島外から来た人たちもいる」
最初は精々、運良く生き残り、美味い食い物を持ってきた奴ら、としか認識していなかった。
今ではオルゴライザーの起動を形にせんと知恵を絞り続ける直向きな姿勢に何だかんだ認めている自分たちがいる。
「俺様たちがこうして戦っていられるのも、知恵を形にした道具があるからだ!」
「このギアこそ、知恵を形にしたもの! 蛇の囁きを流すのではなく、蛇が植え付ける渇望を跳ね除け、人間を捨てさせない!」
「やれやれ、子供って聞き分け悪いわよね。話を一応聞く、あなたたちの祖父の方がまだよかったわよ」
「ば~か、あのジジイ共はてめえが美人だから鼻の下伸ばして聞いていただけだっての」
「道行く美人に見惚れただけで死んだおばあちゃんから何度ストレートパンチ喰らったことか」
それは避けられぬ人間の性だ。
好きな食べ物の匂いに反応するように、好みの人間にならば反応せぬ人間はいない。
愛か――
哀か――は己の行動次第であるが。
「オルゴニウムを拒めば人類は遠からず絶滅するわ」
「そんなものただの踏み台だっての」
「火を得た。水を得た。風を得た。原子を得た。太陽光を得た。そして波動を得た。けど、それはただの課程でしかない。知恵を形にしたからこそ、知恵で生き延びることができる。今ままでも、そしてこれからも」
時の止まった異界であろうと未来を信じていた。
でなければ、戦い続けることなどできやしない。
「何かしら?」
ふと蛇が二人を視界から外し、オルゴフォートレスがある方角に顔を向けた。
女もまた釣られるように顔を向ける。
威嚇するように三つ叉に別れた舌先を激しく痙攣させ、鱗を激しく鳴らしている。
地響きが鳴り始める。
何か巨体が移動するような音。
大地を踏みしめ、蹂躙する音は時と共に音量を増している。
砂嵐が音と共に迫る。
その奥に映る巨大な影が鋼鉄の咆哮を上げる。
「まさか、要塞ごと突っ込んでじゃねえだろうな!」
「絶対不動要塞だよ! 裂け目とケージの重石だから動かせるわけないでしょう!」
女が違うと、絶句したのは砂嵐を突き破って現れた巨大な拳。
蛇すら子供だと思わせる拳が敵の巨体を殴り飛ばしていた。
眼前で瞬間を目撃したタカヤとコウは、砂嵐を突き破り現れた超巨大ロボットに度肝を抜く。
「なんだありゃああああああああああああっ!」
「どでかいのきたあああああああああああっ!」
両目が飛び出んばかりに声を上げ、驚愕に足を縫い付けられてただ見上げていた。
見上げるしかなかった。
「「……――なんかロボットになってるしいいいいいっ!」」
そして揃って叫ぶしかなかった。
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