第18話 巨・神・起・動!

 再点灯したモニターに穏和な老人と活発な老人の姿が並んで映る。

 

 私はこの老人たちが誰か資料から知っていた。


 いや、知らぬ者など世界にはいない!


「く、草薙博士に、黒部博士!」


 驚愕と困惑が私の中でいがみ合う。


『この映像が再生されているということは、オルゴライザーが起動したのだろう』


『じゃが、それは同時に最悪な事態に陥っていることでもあるはずじゃ』


 二人の老人は淡々と語る。


『島の外より現れし来訪者よ。君が何を求めて、この島に現れ、このシートに座ったのか、目的は分からない』


『悪ガキどもとイヴァリュザーの戦いは激化を招いておる頃合いじゃろう。じゃからこそ、状況を変える起爆剤として外からの来訪者を招く計画をわしらは立てた』


『状況はいずれ閉息するのを予見したからこそ、私たちは人のいなくなった空母に超重力緩和ユニットの設計図を載せて発進させた。外界はどれほどの時間が経過しているか分からない賭けだ』


『一歩間違えればイヴァリュザーを外に出してしまう危うい賭けじゃろうと、幸いにも超重力ケージが機能しておる。奴らを一匹も外には出しはしないわしらの自信作よ』


「じゃあ、この超重力カーテンは外を拒むのではなく、内に閉じこめるための……」


 カーテンなど統合軍総司令部が勝手につけた名称だ。


 まさかの檻を意味するケージだった。


 でもよくよく思い返せば、時折、タカヤとコウはカーテンではなくケージだと口にしていた。


 ミィビィに至ればカーテンだとこちらに合わせてきた。


 辻褄は合う。


 何しろ博士たちは、超重力の檻を生み出した張本人と証言している。


 檻を生み出したからこそ、檻を無効化して突破を可能とする装置の設計など容易い。


『さて来訪者よ。外の世界はきっと私たちが願った通り、エネルギー不足と戦争のない世界なのだろう』


『もしそうなら世界を一つにするわしらの計画は見事に成功したことになるのう』


 世界を一つに――それは黒部博士が世界征服時に唱えた言葉だ。


 この言葉が真実ならば、二人の博士は善と悪に別れた共犯者となる。


 ――まあ、共犯はないな。共犯は。せめて協力者だよ。


 私はコウの発言理由に合点が行った。


『だからこそ、君に波動鉱石オルゴニウムの真実を伝えよう』


『それはわしらが遭難した島で不可思議な鉱石を見つけた時の話じゃ』


 博士たちは力強く語り出す。


 私は外の状況を忘れてしまうほど、未知なる真実に引き込まれ、モニターに食いついていた。


 食いついてしまっていた。


『と、いいたいところじゃが時間なさそうだから、それは後でじゃ!』


 黒部博士の肩すかしに私は脱力のあまりコンソールに再度額をぶつけてしまった。


 隣に立つ草薙博士は手を顔に当て、呆れかえる仕草をする始末である。


『映像など後でゆっくり死ぬほど見られるもんじゃ! じゃがのう! 今目の前で悪ガキ共が絶賛ピンチのはず! さあ名も知らぬ来訪者よ! 今こそ逆転の巨神を起動させるんじゃ!』


 草薙博士を押し退けるようにして画面に急迫した黒部博士に、痛む頭を抑える私はドン引いてしまう。


 その仕草はまるでフィクションに出てくるマッドサイエンティスト。


 本心では本当に世界征服を狙っていたと疑心を抱きたくなる――なんて感情、機体内より響く振動に中断された。


「え、こ、この振動、まさか、う、動き、出したの!」


 オルゴライザーが一人で歩き出したのではない。


 システムが格納庫天井より現れた一対のアームを報告する。


 アームはオルゴライザーの鎖骨部に入り込み、ケーブルを避けて機体を挟み込んだ。


「ま、まさか、このまま戦場まで射出する気じゃないでしょうね!」


 私の背筋に困惑と恐怖の並列電流が貫き走る。


 確かにさ軍人だけど技術職の非戦闘員よ!

 

 ロボット操縦の知識はなりゆきでやったけど、操縦の大半はシミュレーターの仮想空間でしかないし、実物を操縦したことなんってたった一度だけよ!


「だ、出しなさい! 出しなさいよ! 出して~!」


 作業のために解放していたハッチはいつの間にか閉じられ、ロックがかけられていた。


 開こうとパネルに指を走らせるも反応なく、慣性により上昇している現実が私の中で困惑と恐怖を更に上昇させる。


「ちょっと出るの手伝いなさい!」


 私は外にいる部下たちに助けを求めた。


 しかし、部下の誰もが当初は浮かべていた困惑顔を一斉に引き締めては身を正して敬礼してきた。


 集音マイクが部下たちの声を拾う。


「ご武運を……ってふざけるなあああああああっ!」


 私の叫びは無残にも起動音に上書きされた。


『さあ、目覚めるがいい! 逆転の巨神、オルゴンを越えるオルゴンの器たる波動装鋼オルゴライザー――』


 黒部博士のテンションは天井知らずのマックスだ。


 モニターにシングルモードと表示されるなりコクピットの両サイドの一部が展開、一対の縦グリップ式操縦桿が現れる。


 コンソールより3D映像でオルゴフォートレスを表示、次いで赤い点が人の形を作り、オルゴライザーの位置を示す。


<オルゴ重力反応炉、ツインリアクターとの正式接続を確認。ミリタリーからマックスへ出力を上昇中>


 コクピット内に無機質な電子音声アナウンスが響く。


 ツインリアクターより生成された異なる二種のエネルギーが衝突することなく、制御システムに従い機内を循環していく。


 エネルギーゲインはありえない数値を叩き出し続けていた。


<超重力ケージ展開維持を継続>


 音声アナウンスにより超重力ケージの発生源がオルゴフォートレスであると知る。


<次に空間剪定を開始。地下室の裂け目を剪定し、基地内に保管します>


「はい、保管って、何よ!」


 私は無意味だろうと質さずにはいられない。


 モニタリングされる映像では、基地地下にある裂け目――如何なる原理か――枝を切るように切除される。


 左右より現れた球体状の金属質のケースに包まれ、そのまま基地内に収納されていた。


<空間安定を確認、モードチェンジ。フォートレスモードからカイザーモードへ変形シークエンスを開始します!>


「か、カイザー?」

 

 私の疑問、心情など知ったことかと虚像のオルゴフォートレスに変化が現れる。


 まず基地を固定する巨大な一対の杭が大地から引き抜かれ、巨大な砲身となる。


 次に基地の後半分が左右に割れ、野太い脚のような部位となり、つま先やかかとのような装甲を伸展させる。


 次に基地の前半分が伸展、縦に三分割の亀裂が走り、腕部となり胸部となる。


 肩にある三連装砲塔が指先のように砲身を動かしている。


 袖口の奥底より現れた手の指先は全てが砲身だ。


 せり上がるように現れたのは四角く角張った頭部。


 頭部側面には二連装砲塔。


 人間の唇に酷似した口部、黒きバイザーの奥より一対の鋭利な目が光を灯す。


 要塞であるオルゴフォートレスが人型に変形し立ち上がる。


 その高さは四〇〇メートルを超えていた。


『これぞ、わしらの超傑作! 波動を収納する殻! 波動機甲帝オルゴマキシカイザーじゃ!』


「よ、要塞が変形するの――って名前長い! カイザーでいいでしょう!」


 3D映像が連動しているのならば要塞は巨大ロボットに変形することになる。


 巨大建造物を変形させるならば、それ相応の可動機構が必要だ。


 腕一本を動かすにも、脚で支えるにも、各関節部にかかる膨大な負荷をどう解決するかが問題となる。


 自重崩壊せずに支えきる変形構造が私の興奮を滾らせ、困惑と恐怖を払いのけていた。


『この機甲帝は悪ガキたちはおろかミィビィですら知らん、秘密中の秘密兵器! さあ、あのこうるさい蛇女に人間の叡智と波動に屈せぬ力を見せつけてやれい!』


 草薙博士が何か言いたそうな顔をしていたけど、無情にも黒部博士の顔が今一度大写しとなったところで映像は途切れる。


 そして、要塞から巨神へと変形シークエンスがついに開始される。


 同時、基地内の波動精隷たちの悲鳴もまた開始された。


「うわ~なにこれ!」


「なんか動いてるよ!」


「コンテナ固定急いで!」


「おっぱい女め、なにやからしたのよ!」


 飛ぶは飛ぶはの悲鳴と恨み節。


 私のせいじゃないのに!


 いや、起動したのは私だけど……この現状では言い訳にもならなかった。

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