第16話 巨・蛇・襲・来

 外界時間換算にして一週間後……。


「あ~ダメね」


 私たちはその後、様々な結び方を試す。


 ロープワークは野営の基本!


 ここは基本に立ち返り、野営演習にて学んだロープワークを試す!


 結び方一つであれやこれやと実生活でも大助かり!


 まず、強度ある簡単な本結び!


<Failure!>


 次は実用性に欠けて解けやすいたて結び!

 

<Failure!>


 この男結びはフンドシのあれ!


<Failure!>


 網やハンモックを構成するあやつなぎ!


<Failure!>


 一重つなぎ!

 二重つなぎ!

 ひと結び!


<Failure!> 

<Failure!> 

<Failure!>


 二重巻き結び!

 いかり結び !

 二重8字結び!

 もやい結び ! etcetc............


 <All Failure!>


 部下たちも知恵を出し合おうと全部失敗だった。


「あ~どん詰まりね」


 時は静止していようと状況は進んでいる。


 作業の停滞は思考の停滞を招き、私は脱力気味にシートに背中を預けていた。


「ヒントぐらい残しておきなさいよ、開発者!」


 顔も分からぬ者に恨み節をぶつけたのと、一際大きな揺れでコンソールに頭をぶつけたのは同時だった。


「痛ったた、今度はな、な、によ?」


 打ち付けた額を涙目で抑えながら私はハッチから顔を出す。


 同時、今までに聞いたことのないアラートが鳴り響きだした。


「な、に、これ?」


 端末操作で外部情報を呼び出した私はオルゴフォートレスの一部が破損しているあり得ぬ姿を目撃する。


 即座に端末をオペレーションルームに接続した。



「被害状況を!」


 ミィビィが語気を強めている。


 端末にはオペレーションルームの現状が奔流となり流れ込む。


「今の攻撃どこからきたのよ!」


「ちょっと索敵なにやってんの!」


「ちゃんとしてたもん! 反応なんてなかったんだから!」


 センサの接敵反応がない中、オルゴフォートレスは攻撃を受けた。


 イヴァリュザーなら反応あるはずが、何一つ捕捉されない。


「右舷砲塔に直撃! けど被害は砲塔のみ、装甲壁は破られてないよ!」


「攻撃軌道から敵位置を算出したよ! 映像展開!」


 オペレーターからの報告にミィビィは音声を軋ませた。


「な、なんですか、あれは……」


 対象との相対距離は一〇〇キロメートル。


 オルゴフォートレスさえ容易く丸飲みにするほどの巨大な蛇。


 センサが全長四〇〇〇メートルと計測する。


 望遠機能で更に拡大して見れば、鱗のように見えるのは一匹一匹がイヴァリュザーだ。


 過去の交戦データでは巨人化した群体があろうと、今回は群為す獣が蛇の群体として現れた。


「オルゴバリア、最大出力!」


 蛇の大口が開けば光を喉奥へと収束させていく。


 ミィビィが指示を叫ぶように飛ばしたのと、光線が放たれたのは同時だった。


 視覚センサを焼き切らんばかりの目映い閃光に私は咄嗟に腕で顔を覆ってしまう。


 聴覚センサはガラスが破砕する音を捉える。


 その音は展開したバリアが破られた音であった。


「各員、状況確認!」


「よ、要塞は無傷! だけど、先の攻撃でバリアシステムがオーバーフロー! 再展開には三〇分のインターバルが必要だよ!」


 オルゴバリアは強固なエネルギー防壁だ。


 高密度に圧縮したオルゴエネルギーを被膜積層化した強固なもの。


 今までならばイヴァリュザーが束で放つ光線すら弾く鉄壁が、たった一発で破られた。


 もう一発放たれればオルゴフォートレスといえども陥落する。


「うえ~ん、さっきの攻撃でバリアシステムのハードが焼き切れたよ!」


「今急いで交換してるの! 一〇分待って!」


「予備パーツ遅いよ、なにやってんの!」


 担当の波動精隷たちから泣き言が飛ぶ。


 それほどまでに今回の襲撃が規格外なのだ。


『おい、ミィビィ、出るぞ!』


『とっとと扉を開けて!』


 スクリーンにタカヤとコウの顔が表示される。


 表情から並々ならぬ怒りを抱いているのが経験から読みとれた。


「ですが、あの巨体に刃向かうなど、ってあなたたちに言っても無駄でしたね。砲撃の後、ハッチを開きます。ご武運を」


 ミィビィの音声には指揮しかできぬもどかしさが宿っていた。


「もし、もしもですよ、あの二人が側にいたらどんな顔をするのでしょうか?」


 独白が端末を通じて私の鼓膜を揺さぶった。


「困惑? 怒り? 戸惑い? それとも未知に対する興奮? ……いえ、あの二人だからこそ興奮し、解析を手伝うよう頼むでしょう。だってそれは……人間の問題は人間の力で解決するものであり、困っていたら友人はただ力を貸すだけで良いというのが二人の願いですから」


 その二人が誰を指すのか、察しているが口に出さない。


「ユウミさんたち、頼みますよ」


 ミィビィの発言は出会って日の浅い私たちを信頼する証。


 あの巨大な蛇に対抗するにはオルゴライザーしかない。


 勝利を祈れば指が塞がれ作業が滞る。


「総員、何が何でもオルゴライザーを起動させるわよ!」

 

 窮地こそ好機だと考えろ!


 切羽詰まった状況が活路を開くと心せよ!


 そう部下たちに発破をかけた。



 私は起動方法を探す傍ら、オペレーションルームとのリンクを継続していた。


 変化する戦局を見逃さぬためだ。



 巨大な大蛇はバケモノ以上のバケモノだ。


 ただ尾を振っただけで空気は衝撃波となり、ただ動いただけで大地に地割れが起こる。


 背面より一列に生える鎌状の鱗が大地に深い渓谷を刻み、灼熱色に輝く胸部は大地を飴細工のように熔解させていた。


「でけえな、おい!」


「だけど、でかいだけだ!」


 刃向かうことさえ無謀だと誰もが恐れ慄くだろう。


 だけど、タカヤとコウは倒し甲斐のある敵だと口元を自然と緩めていた。


 ただ虱潰しにプチプチと敵を倒していた時と今回は違う。


 育ち盛りが、でかい肉に喰い応えを感じるように、あの二人はでかい敵に滾るのだ。


「あんだけでかいんだ。繋ぐための中枢があるはずだ」


「まあ定番の定番であの胸の赤いのだろうけど」


 あの蛇はさながら動く山脈。


 身を捩っただけで大規模な地殻変動さえ発生させる。


「あのまま暴れられたら基地ひっくり返されて、地下にある裂け目が地上に出ちまうぞ」


 地下にある裂け目?


 裂け目って黒薙島とを出入りしたあれのこと?


 地下にあるのはオルゴニウムじゃないの?


 隠し事には慣れたが、ええい、問い詰めるのは後よ、後!


「大方、それが狙いだろうね。僕たちに攻撃するのはただのご挨拶だろうし!」


 互いに合わせることなく飛び上がり、群体となったイヴァリュザーに向けて蛇の巨体に負けず劣らずの竜巻と稲妻を放つ。


 蛇の背中に生える鎌状の鱗から幾千もの光線が四方八方に放たれたのは同時だった。


 大地は目映い閃光に包まれ、着弾の怒号により粉砕されていく。


 光線発射にて乱れた気流が二人の身体を紙切れのように軽々と吹き飛ばしてきた。


「ちぃ、近づくことさえできねえのかよ!」


「それなら、これはどうだ!」


 苛立つタカヤを横に、コウは親指で拳銃のダイヤルを弾く。


 以前閲覧したデータベースによると、オルゴネイターが使用する銃は内部で銃弾を生成するハードウェアが組み込まれている。


 要はオルゴエネルギーを材料に銃弾を逐次生成しているため弾切れがない。


 発射にて銃身に蓄積される熱や損壊もそのハードウェアが逐次補修する。


 ファーストコンタクターがイヴァリュザーとの継戦能力を高めるために生み出した一級品だ。


「道がないなら作ればいい!」


 コウの構えた拳銃より放たれたのは銃弾ではなかった。


 先端が鋭利に尖った針。


 針は散弾のように広範囲に散らばりながら蛇の鱗に突き刺さる。


 生成プログラムを切り替えることで多種多様の弾を生成することができた。


「ライトニングチェーン!」


 コウの全身より迸る青白い雷光が意志を持つ鎖となって蛇に殺到する。


 雷の鎖は針を伝うように蛇の表面を貫き走る。


 針は避雷針であり、雷を誘導するための道標だ。


「ストームドリル!」


 コウの作った道を我先にと突き進むのはタカヤ。


 突き出した右手には高圧縮された竜巻。


 ドリルのように唸らせながら蛇の鱗に先端を叩きつけた。


 触れれば塵すら残らぬ一撃。


 貫通するのは明白だ。


「な、なんだとっ!」


 残念にも貫通はしなかった。


 鱗を形成するイヴァリュザーがドリルと逆回転を行い、相殺してきたからだ。


 宙に縫い止められたタカヤに無機質な顔が照準を捉えた。


「サンダーハンマー!」


 イヴァリュザーの光線がタカヤに放たれる寸前、その身体はコウの振り下ろした雷のハンマーにて射線から弾き出された。


 放たれた光線はタカヤに当たらず、虚空へと消える。


「貸し一つだからね!」


「ああ、菓子で返してやるよ!」


 気流操作で弾かれた慣性を制御しながらタカヤは威勢よく返す。


「でかいの行くよ!」


 コウの掲げた二丁拳銃の銃身がライフル銃のように伸展すれば縦に割れる。


 割れた銃身の間を幾多のプラズマが走り、引き金は引き絞られた。


 専用の特殊銃弾が空気の壁を破砕し蛇の巨体に着弾。


 それも一度や二度ではなく、地に足を杭のように固定したコウより音速を超える銃弾が連続して放たれていく。


「お前、またレールガンかよ! 荷電粒子撃てるんだから、それ撃て――うおっと!」


 文句を垂れるタカヤの頬を銃弾の風圧がかすめ飛ぶ。


 レールガンは電磁圧の反発にて銃弾を放つ。


 銃身の変形、銃弾の生成変更など手間はかかろうと、直撃せずとも余波だけで敵を屠るなど威力は高い。


 加えて使用するには高い電力が必要だろうと、雷の使い手であるコウにとって容易く生産できる量だ。


「あ、ごめん~」


 コウからの棒読みの謝罪にタカヤは頬に殺意を走らせた。


 銃の形態を変えれば実体弾から光学ビームに変更可能だが、なお手間がかかることと、エネルギーキャパシティ確保のために生成した銃弾を外部に破棄せねばならぬデメリットがある。


 捨てるぐらいならば、撃ったほうが敵を減らせると戦闘経験めんどうくささを踏まえた結果であろう。


「てめえ、この蛇、カバンにした後で覚えてろよ!」


 タカヤはおらつき苛立ちながら蛇の表皮を滑るように飛行する。


 レールガンで穿たれた蛇の弾痕に高圧縮された空気を送り込んで爆発させていた。


 爆発が舞い起こる度に、蛇は痛みによる巨体を揺らし、更なる振動を大地に与えている。


「効いてるね」


「この手のでかいものはでかいぶん、痛覚神経が鈍いんだけどな」


 蛇はイヴァリュザーの群体だからこそ、巨体を隅々まで動かすために神経すらも連結されているのだろう。


「まあ本命落とすからいいけどよ!」


 蛇はコウのレールガンにより無数の弾痕が穿たれている。


 全身に嵐を纏ったタカヤは無防備となった蛇の赤き胸部に肉薄していた。


 大地を溶解させる熱波に晒されようと肉体が無事なのは、幾重にも生み出した空気の層が熱を遮断しているからだ。


 行けると、私は無意識のまま手に持つタブレットを強く握りしめていた。


「んじゃ、玉みたいな赤いの砕かせて……」


 広げた掌から空気の渦がドリルの如く唸り散らす。


 一点に極力絞ることで貫徹力を高めた嵐の名は――


「ストームバンカー!」


 嵐の杭が蛇の赤き胸部から背面を貫き、でかき風穴を開けた。



 ――くすくす、徒労、お疲れさま。


 蛇女の囁きが不安と不快を増幅させる。

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