第15話 謎の女現る!
「あらあら、皆さん、お疲れさまですね」
ふと、格納庫内で聞き覚えのない女性の声がした。
突然の声に誰もが顔を向ければ、コンテナの上に女性が腰掛け、コーヒーを口にしている。
――異界ウドナザに三人目の人間がいた。
「あ、俺の、コーヒー……」
遅れてきた部下の一人が飲む予定のカップだった。
「あなたは?」
まさか三人目の人間がいたなんて初耳だ。
オルゴネイターたちの過去のやりとりからして、言う必要性がないから黙っていたなんてこともありえる。
女性の穏やかな顔立ちは一見して東洋系だが、身に纏う衣装は中東の民族衣装だ。
頭部を覆う布が顔のみを出し、身体全体は緩やかな貫頭衣に包まれている。
外的情報から把握できるのは顔だけで、二・三〇代と私は読む。
「あなたはって聞くだけ野暮か……」
諦観気味に私は言う。
この施設の連中がまともに受け答えしてくれる人間ではないという経験があった故に。
「そうね、聞くだけ野暮よ」
謎の女性と呼ぶことが手間いらずだろう。
「外からどんな人間が来たのか興味があってわざわざ出て来たんだけど、でっかい玩具で遊んでいるじゃないの?」
皮肉か、嫌みか、上手く流すのが吉だ。
そう私は部下たちに目線で促した。
「こんなご大層な玩具がなくてもオルゴニウムは、そのままでも使えるのにもったいないわね」
「もったいない?」
「わざわざ、そのベルトや機械に入れないと使わないって点がよ」
「だけど、生身の人間が使うにはオルゴニウムのエネルギーは強すぎる。だからこそ制御するための器が必要では?」
言い返しながら私はどこか女性の発言に違和感を覚えた。
「まあ、賢い使い方をしているのは認めるけど、技術ばかり進んでアンバランスだわ。本当の意味で前に進んでない」
女性は会話の中に含みを挟んでくるのが、どことなく不快さを与え、産毛を際立たせる。
不快を隠そうとしても反論に不快が乗る。
「前には進んでいるわ。慢性的なエネルギーでバラバラとなった世界はオルゴニウムのお陰で一つとなり争いのない世界へと進んでいる」
「そういう形では、ね。けど、もしよ? オルゴネイターっていうオルゴノイドを凌駕する人間がいると知ったらあちらの世界の人々はどう思うかしら? どう動くかしら?」
不安を煽る物言いが癪に障る。
「だから、どうしたの?」
私の語尾に険がこもるのは必然だった。
確かに世界は一つだが、意見は一つではない。
様々な意見があり、異なるからこそ衝突し、認め合うことなく諍いの種になるなどよくあることだ。
単独でバケモノを殲滅できる力持つ人間がいると知った世界がどう動くか安易に想像できる。
けれどね――
「あの二人は戦闘狂の一面があるけど、誰彼構わず戦いをふっかけるほどバカじゃないわ。言動から見るにあの二人の大義名分は戦いから戦い、敵がいるから倒す。けど、それは……」
最低限の良識をあの二人が持ち合わせているのを接し続けてき私は看破している。
「戦いたくない時は戦わない!」
戦う理由がないからこそ戦わない。
よって力を振るう必要がない。
「よく言った、ユウミ!」
格納庫出入り口から二発の銃弾が女性に猛進する。
振り返れば、気流と雷光を全身に纏ったタカヤとコウが銃を手に駆け込んでいた。
「あら、もうお帰り?」
二発の銃弾は女性ではなく手に持つカップを穿っていた。
「久しぶりじゃねえか、蛇女!」
「脱皮して皺でも増えたか?」
「増えたのはお腹の脂肪じゃないの?」
「そのまま脂肪を抱いたまま死になさい」
タカヤとコウに続いてクド、フドの姉妹も現れる。
姉妹は心なしか敵意剥き出しで可憐な顔が台無しだ、なんて口が裂けても言えない。
「おい、ユウミ、とその下僕共、死んでねえか?」
女性の正面に立つ形で私に背中を向けるタカヤとコウに新鮮味を覚えた。
「ええ、なんとか。知り合いぽいけど、仲は最悪ね」
「ああ、殺したいけど殺せない最悪の奴だ」
「この女から何か言われた?」
「二人の悪口」
「オ~ライ、それだけ聞ければ充分だ」
タカヤとコウは揃っては笑顔を浮かべているが、恐ろしいくらい殺気を放っている。
「まあ今日は顔見せだからお暇するわ。コーヒーごちそうさま」
引き金を引く前に女性は光の粒子となり消えてしまった。
残されたのは弾痕が穿たれたカップのみだ。
「……人間じゃないわね。あれ」
オルゴネイターが持つ能力と違うのは二人の表情から丸わかりだ。
確かに言えるのは人の形をした何かだということ。
「あの女性はイヴァリュザーなの?」
「いや、違う。イヴァリュザーじゃない。あんなのが普通に要塞内にいたらとっくに陥落してるっての」
タカヤのごもっともな発言に納得して頷いた。
オルゴフォートレスの防衛網は鉄壁だ。
それを易々と侵入するなど並大抵ではない相手だとわかる。
「実体のないフォログラムのような幻影だよ。どこにもいないからこそ、どこにでも現れる」
「それで、蛇女ってどういう意味よ?」
「まあ、蛇の囁きに耳を貸さなくてよかったな」
私の疑問をタカヤが演技臭く話しかけては打ち消してくる。
何故、蛇女と呼ぶか、色々知りたかったが教える必要がないのだろう。
ならば今は敢えてその話に乗ろうではないか。
「そのまま貸していたら?」
「――死んでたよ」
演技には演技を。
ユウミは演技臭く、安堵するように胸をなで下ろしてみせた。
ぐぬぬ、と歯を食いしばるクドとフドの視線は無視したい。
「これはオルゴライザーの起動を急いだ方が良さそうね」
この手のご挨拶はこれから攻撃しますがお約束だ。
堂々と現れるなど、戦局を覆す何かがあるのだろう。
「状況は?」
「もう動いた?」
「システムの結び方さえ分かれば起動するわ」
「んだよ、それ、期待させんなよ」
「起動するより先に僕たちが殲滅しちゃうよ」
揃って落胆する二人に、私はここにいない開発者に恨み節をぶつけてやりたくなった。
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