第14話 難航

 世の中、物事が簡単に進むとは思っていない。


 オルゴライザーの起動は当然のこと難航していた。


 メンテナンスベッドに寝そべった機体の上を隊員たちが端末を手に調査している。


 各々が起動条件を探しているも、判明したのは内部構造と乏しいものだ。


「ん~天才と変態は紙一重というけど本当ね」


 私は右コクピットシートに背中を預けながらタブレットを片手にコンソールを操作していた。


 ケーブルでコンソールと有線接続されたタブレットにはモーションプログラムが表示されている。


「なんて無駄のないプログラミングなの。膨大な量だけどコンパクトに圧縮されているのもそうだけど」


 このオルゴライザーは一言で神にも悪魔にもなれる性能が秘められたオーバーテクノロジーの塊だ。


 既存の技術と比較しても軽く二、三世代先、いやあるいはそれ以上か。


 装甲材や骨格フレームは既存の素材が使用されているも分子配列に何一つ歪みがない堅牢な仕上がり。


 さらに人間らしい柔軟な動作を行わせるため、主流であるモーター駆動関節ではない。


 シリコンに類似した疑似筋肉が内蔵され、エネルギーを流すことで高いパワーを発揮させる。


 装甲は高い物理耐性を持とうと、エネルギー攻撃に弱い側面がある。


 その弱さをカバーするため、装甲表面にはエネルギー状の複層皮膜が形成され、外部より受けたエネルギーのベクトルを外側へと流して霧散させる。


 推進器もそうだ。


 バックパックにあるY字型推進器は推力を一方向に集中させるよう配置されている。


 ロケットのように爆発燃焼させて推力とする液化燃料は積まれておらず、推進粒子を機体内部で生成し消費する画期的なシステムときた。


 推進剤を積む必要がないからこそ、機体に拡張余地が生まれるも、最大推力によるGは推定で二〇を越えるなど殺人レベル。


 無論、操縦者を保護するためにリミッターがかけられてある。


 Y字スラスタの各部位は独自可動が行え、推進ベクトルを操作することで高い機動力を生み出すだけでなく、大気圏内での独自飛翔すら可能としていた。


 ただ気になる点もある。


 設計者の意図的なものか、この機体には武装が内蔵されていない。


 格納庫内やタブレットを調べようとその手の武装やデータは一切ない。


 固定武装の問題は、機体各部に内部から外部へとエネルギーを解放させる機構が仕込まれているのを見つけるなり、敢えて施されていないと気づく。


「オルゴネイターがパイロットであることを前提に設計されたのなら、雷嵐の力を機体で再現できるシステムが組み込まれているようね」


 増幅器と思われるハードウェアが機体に組み込まれている。

 

 ただ、いくら性能がよかろうと動かなければただのデク人形だ。


「問題は……これね」


 技術者の視点から見つけ出した完全起動に立ちはだかる問題点。


 二基のオルゴリアクターにはソフト・ハード共に意図的な欠陥があった。


「二基を同列稼働させるにはマッチング率の高いリアクターを搭載するのが理論上、定石なんだけど……」


 タブレットに眉根寄せる私の表情が反射する。


 この機体に搭載された二基のリアクターの相性は水と油の正反対ときた。


 同調稼働で安定安全の運用をするならば、水と水、赤と赤、青と青、と言った具合のリアクターを搭載する必要がある。


 その手の問題は生産段階で同調を前提として生産すれば解決できた。


 もっとも理論上の話。


 統合軍ですらツインリアクターの開発をしようと、量子レベルのミスマッチすら許されぬピーキーさに早々と開発研究を打ち切っている。


「もし無理に起動させれば、正反対のエネルギー同士が衝突し合って最悪オーバーロードで自爆よ」


 サブシステムで起動していた機体が今まで自爆しなかったのは、エネルギーの分配と優れた安全装置が機能していたお陰だ。


 私はエネルギー供給経路をタブレット端末に表示させる。


 相性が最悪である二基のリアクターを安全運用させるには、出力低下は免れぬとも同調させずにマルチドライブでの形が望ましい。


 ツインリアクター開発を諦めた統合軍はマルチドライブを正式採用しているのはそちらでも十分に成果を発揮しているからだ。


 だけど、機体を循環するエネルギー経路がマルチドライブでの形を認めない。


「環状線のようなエネルギー供給経路しかないなんて。この状態で普通にエネルギーを流せば衝突は免れない」


 異なる二種のエネルギー循環が稼働の前提だとしても、衝突回避は不可能に近い。


 人体に例えるならば、異なる二種の血液を混ざり合わせることなく体内で循環させるようなものだ。


 安定稼働させる制御システムは組み込まれているには組み込まれているも、現状は信頼なるメーターを懐疑的な方に傾けていた。


「どうして制作者はこんな悪趣味な欠陥を?」


 欠陥とは制御システムと循環システムの二つのことだ。


 シミュレーターで起動テストを行った際、ツインリアクターの起動に成功しようと制御と循環の二つのシステムがせめぎ合い、本来の機能が著しく低下する結果となった。


 意地悪にしては度が過ぎていると私は表情をなお曇らせる。


 悪用を阻止するための措置なのか?


 無論、二つのシステムをせめぎ合わせず、完全なる形でツインリアクターを安定稼働させる鍵は見つけていた。


「そしてこれが立ちはだかる壁」


 現状は鍵ではなく、壁であった。


 コンソールをタッチすれば、3D映像が浮かび上がる。


 二つ並べられた薄い円柱は映像化された二基一対のオルゴリアクター。


 オルゴリアクターの内側にある六つのピンから伸びる六本の糸。


 ただの映像でないことは指先が証明していた。


「しかも、触れる」


 一本の糸を掴めば、実像のない虚像なのに本物のような触感がある。


「触れた指先の神経に微弱な電気信号による刺激を与えることで、実像があると誤認させているのね」


 触感は電気信号よりもたらされる反応だ。


 データの器に触れるのではなく、データそのものに触れるなど類を見ない。


「ピンと糸を繋げばいいのは分かったけど……」


 オルゴリアクターを示す二基を繋ぐことで起動する仕組みまで判明するも、繋ぎ方がわからない。


「あやとり?」


 3D映像の糸はゴムのように伸縮が自在で、糸同士結ぶことさえできる。


 幼き頃の記憶を頼りに、祖母から教えてもらった一通りの組み合わせを試してみる。


 結果は残念ながら全てエラーと表示された。


「繋ぎ、繋ぎ……ん~」

 

 唸っても妙案は浮かばぬと分かっているも私は唸らずにはいられない。


「中尉、そろそろ休憩にしましょう」

 

 外から部下が呼ぶ。


 煮詰まった気分を変えるために休憩を取る。


 次なる作戦のために休息を、次なる休息をとるために作戦を。


 休みなく動くなど論外だ。


「どうですか?」


「システムの結び方がね」


 コクピットから這い出た私は機体から滑り落ちぬよう、床へと降り立った。


「同調稼働させるには結ぶ必要がある。けど、どうやって結ぶかがわからない」


 部下の用意したテーブルの上には人数分のカップが並べられていた。


「またか」


 私がカップを手にとろうとした時、外から地響きが伝わってきた。


 カップに注がれたコーヒーが波紋を描き、外での戦闘の激しさを物語る。


「今日もまた一段と激しいですね」


 島内の時間が停止しているからこそ時の感覚は麻痺しやすい。


 計測器により外界の時間に換算すれば、イヴァリュザーの襲撃は二四時間に一回だ。


 ただ襲撃する数が半端ではなく、今回の襲撃では一〇〇万の大群で押し寄せている。


 それを五分足らずで殲滅して、その後、些細な諍いまで行う余力があるのだから、オルゴネイターの力は恐ろしい。


「けど、一時の勝利でしかない」


 一匹でも残れば億単位で増えるのがイヴァリュザーだ。


 だけど、解せない点もある。


「いくらこの要塞の下に膨大なオルゴニウムがあろうと無限じゃないわ。エネルギーを抽出され尽くしたオルゴニウムは灰のように脆く崩れ去る。鉱石枯渇によりイヴァリュザーが餓死して全滅してくれれば御の字だけど矛盾がある」


「矛盾、ですか中尉?」


「ミィビィさん曰く北側のオルゴニウムはイヴァリュザーにより喰い尽くされた。なのに、なんであのバケモノ共は枯渇の兆しすら見せず、何度も何度も襲撃を重ねてこられるのかしら?」


 人間同士の戦争に例えるのなら、物資と補給がないにも関わらず砲煙弾雨のカーニバルを連日連夜続けているようなもの。


 人手がない・ネジ一つない・部品がないに泣くのではなく有り余るなど嬉しい悲鳴しか出ない。


「そ、そういえば、いくらオルゴニウムが膨大なエネルギーを秘めていようと尋常ではない数を増やすにはそれ相応のエネルギーが必要なはずです」


「考えられることは二つ。北側に実はオルゴニウムがまだ残っている。もう一つはオルゴニウムとは別なるエネルギーを持っている」


 コーヒーの香りで口調を抑えながら私は続ける。


「別のエネルギーとは?」


 当然の疑問が別の部下から来た。


「現状ではわからないとしか」


 落胆する部下を前に私はコーヒーで喉を潤した。


 イヴァリュザーを解剖でもすればエネルギーの謎が解明されるのだが、一匹でも残れば増殖する危険性があるためおすすめではない。


「さて、どうしたものかね」


 カップ内のコーヒーが空となった時には外からの戦闘音は収まっていた。




「あらあら、皆さん、お疲れさまですね」


 ふと、格納庫内で聞き覚えのない女性の声がした。


 突然の声に誰もが顔を向ければ、コンテナの上に女性が腰掛け、コーヒーを口にしている。


 ――異界ウドナザに三人目の人間がいた。

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