幕間―雷嵐の目的―

「今日の天気は砲煙弾雨ってか!」


 タカヤは迫り来るイヴァリュザーの群を高密度に圧縮した大気で圧殺する。


 口調からは不機嫌さが隠しもせず漏れだし、指先を振るう度に放たれる不可視の刃は苛烈に迫るイヴァリュザーを消失するまで切り刻んでいた。


『砲煙弾雨というよりは暴風特別警報発令よね』


 華麗なステップでタカヤの周囲を踊るフドが苦笑する。


「その程度で済むのかね~?」


 タカヤと背中合わせで立つコウが二丁拳銃で銃弾を乱れ撃ち、イヴァリュザーを雷撃で消失させていく。


『うわー今日の天気はヤベーデケー~じゃないの?』


 放たれる銃弾を動くステージのように舞い飛ぶクドが楽しげに笑う。


「まあ、あながち間違ってないか、あ~タカヤ、あんまり暴れすぎると、ま~たミィビィからゲンコツ飛ぶよ~」


 天すら貫かんとする巨大竜巻が宙に浮かぶ大地を微塵も残さず粉砕する。


 前回のジャンケンで負けた八つ当たりなのは明白だ。


「消えるもんであって減るもんじゃねえだろう。どうせ、この世界は実質終わってんだし」


『そうそう、それに新しい住処の当てもあることだし、存分に壊しても問題ないわよ』


 同調するフドから高らかな歌声が響き、竜巻は威力を増してイヴァリュザーを駆逐する。


 彼女たちの歌にはオルゴネイターの力を増幅させる力が秘められていた。


『コウ、今回出番ないかもしれないわね』


「だね~といいたいけど」


 苦笑するコウはおもむろに拳銃を掲げれば明後日の方向に発砲。


 なにもない空間に火花が飛び散り、胴体に風穴が開いたイヴァリュザーが露わとなる。


「なんだよ、久しぶりの透明かよ」


「姿見えないだけでそこにいるのに、学習しないな、こいつら」


 肩で呆れを零したコウは身を深く沈めれば、右足を蹴り上げたと同時、雷撃を津波のように広く放ち、姿隠すイヴァリュザーを炙り出す。


 仕組みは単純、砂を蹴ってまき散らすように、致死性のある電流をまき散らしただけだ。


「オルゴフォートレスまで行きたいのなら順番は守って欲しいな」


『銃弾ぶち込む順番だけどね~!』


 歌声が響く度、イヴァリュザーは雷に撃たれ、銃弾で討たれる。


 どの個体も、タカヤとコウに爪先すら届かせることができず無惨に蹂躙され消失し続けていた。


「今思ったんだが、ユウミたちなんで無事だったんだ?」


「だね、とりあえず生きていたから、回収したけどなんで無事だったんだ?」


 残るイヴァリュザーは手足の指だけで数えられるほど激減していた。


 戦闘開始時にはオペレーターから一〇億はいたとのことだが、今回の襲撃数は少なかった。


『ほら、あの時、コウはハッキングしてたじゃない』


 満足に歌えたのか、満悦顔のクドがコウの肩に留まる。


「そういやしていたな、回収された端末を介してサーバーに物騒なもの入り込んでたし」


『コウが電子で焼き殺している間に、ハッキング阻止で物理破壊に及んだでしょう? その時に物騒なのもデータ共々消えちゃったのよ』


「あ~それで汚染を免れたのか」


 納得するコウは雷を操るオルゴネイターである。


 厳密に言えば電子操作であった。


 能力を応用すれば電子機器へのハッキング、電圧で回路を焼き殺すことも、目標のデータのみを消去するなど容易いこと。


 逆にタカヤは風を操るオルゴネイターだ。


 厳密に言えば、分子操作にて大気を操り竜巻を起こしている。


 能力を応用すれば、分子振動による熱量操作だけでなく、物体の硬度さえ変化させるなど容易かった。


 もっとも当人はド派手な圧壊・圧殺が好みのため、あまり使用していない。


 理由は――めんどうだから。


「あっちのオルゴニウムは世界を網羅するシステムで毒抜きされているから、表向きは無毒素と無放射能がうたい文句だけど、ウドナザの場合はそうはいかない」


「こっちには余計なのを封じ込めているからな~」


『タカヤ、その話厳禁だよ。噂をすれば影って言葉、そっちの世界じゃよくある話なんでしょう?』


 可憐な顔を膨らませたフドがタカヤをたしなめる。


「あ~悪い悪い。けどよ、時間的に現れてもおかしくないんだよ」


「まあ、そろそろ、来てもおかしくはないね」


『もう、コウまで言う』


 ため息を零すように、最後のイヴァリュザーが二発の銃弾で消える。


 いつも通りの流れならば、どちらが最後の一匹を仕留めたかでケンカを勃発させるのだが、後顧の憂いにより双方が手に持つ拳銃は既に腰元のホルスターに収納されていた。


「おう、コウ、話を変えようや」


「うん、それがお互い賢明だ」


 ことある事に銃火や拳を交えるだけではない。


 時折、意見すら交え、尊重する。


 認め合うからこそ、ガチで殺し合うのがタカヤとコウの二人なのだ。


「イヴァリュザーなんだが、最近単調すぎねえか?」


「そうだね、津波みたいに数任せすぎる。いくら減っても増える奴らとはいえ、バカの一つ覚えだ。学習し、成長進化するのが奴らなのに」


 お互い、地べたに胡坐をかいて考え込む。


 記憶によれば、ウドナザで戦い始めた頃、イヴァリュザーは数での戦いは基本として、波状、奇襲、闇討ちと策を巡らしてきた。


 雷対策の絶縁、嵐対策の超重量などなど。


 戦闘による学習の形として、スライムのように合体、一〇メートル級の巨大イヴァリュザーとして現れたのは一度や二度ではない。


 奇策だろうと良策だろうとタカヤとコウは幾度となく打ち破ってきた。


 歯ごたえある相手が今や数に任せるだけに格落ちしている。


「腑に落ちね~な」


「まったくだよ」


 別段、タカヤとコウは世界を救うために戦っているのではない。


 愛と平和どころか、異界ウドナザをイヴァリュザーの侵攻から守るためでもない。


 人間によくありきたりな個々人の理由である。


 何より既にイヴァリュザーは異界ウドナザの生態系を九九%を浸食している。


 異界を人体に例えるなら救いようのない末期ガン状態。


 末期ガンの正体は、外来種が在来種を駆逐しながら際限なく拡大する悪意のない悪意ときた。


 もっとも滅び行く異界に義理人情を抱くこともなければ、環境保護活動の意欲すら湧き上がらない。


 ただ地球への浸食を断固として阻止せねば、己の目的を達成できなくなるため、彼ら二人は真面目に戦い続けていた。


「滅びる間際だから、俺様たちの世界に逃げ出したいのかね?」


「それなら辻褄があうけど、あいつらは世界超えての増殖が目的だよ」


 ウドナザと地球を繋ぐ裂け目クラックはただ一つ。


 三〇年前は幾つもあったそうだが、先任者が潰しに潰してきたため、現在ではオルゴフォートレスの中にしかない。


 その裂け目クラックもオルゴフォートレスが物理的な重石となって塞いでいる。


 最後の一つだけ何を試そうと潰せなかった故、物理的手段を取った結果だ。


 砲撃は可能だろうと移動は不可。


 重石だから当然であり、絶対不動要塞の由縁となる。


 つまるところ、オルゴフォートレス地下深くにオルゴニウムが埋蔵されているなど統合軍調査部隊を納得させるための真っ赤ウソ!


 統合軍調査部隊が二度もウドナザに入って来られたのは、単に行きはよいよい帰りは怖いの一方通行だったに過ぎず、超重力ケージの影響にて生じた移動座標のズレであった。


『は~い、あれ? ケンカしてない! ウッソ! ウソだっ!』


 オルゴフォートレス側から通信が届けば、オペレーターの波動精隷がタカヤとコウの現状に驚いている。


 驚きは他の波動精隷に伝播し、片耳に装着したインカムが困惑と驚愕を否応にも拾い上げる。


 やかましかしましな声という声にタカヤとコウは揃って顔をしかめた。


「んだよ、四六時中していると思ったか?」


「それで、用件は? もしかしてオルゴライザーが起動したの?」


『違う違う! お客さん! それもだよ!』


 招かれざる客がオルゴフォートレスに現れた。


 先ほどまでしかめ面だったタカヤとコウは表情を引き締めれば、バネのように地べたから飛び起きるなり、オルゴフォートレス目指して駆け出した。


「「ぶっ殺すっ!」」


 暴風と雷光をまといながら、吐き出した言葉がエコーとなる。

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