第13話 ORD-00オルゴライザー
――あたかも磔にされた聖人のようだ。
それが私の抱いた印象だった。
全身カラーは白亜を基調とし、左右対称の装甲ながら右腕と右足が蒼、左腕と左足が紅とアシンメトリーのカラーリングが施されている。
目測で全高は一〇メートルほど、全身が曲面装甲で覆われたシャープなボディを持ち、背面から両肩や腰椎部へと三方向に先端が飛び出している何かを正面から確認できる。
頭は丸く、額には六角形の飾り、蒼と紅のオッドアイの双眼式カメラ、口から顎にかけてシャープな突起物がある。
人間の鎖骨に当たる装甲の一部が開かれ、壁面から伸びるケーブルと繋がっていた。
「こ、このロボットは……」
私は磔にされたロボットに声を失ってしまう。
部下たちも同じ有様だ。
技術者として一目見ただけで、高い技術レベルの塊だと看破できるほど、このロボットは完成されている。
鎖で磔となっている理由は恐らく――
「鎖で縛りでもしないと有り余るパワーを抑えきれないのね」
ソフトウェアで制御するだけでなく、物理的な拘束をしなければならぬほど暴れ馬なのだろう。
それも、あのオルゴネイター二人が持て余すほどの。
「いや、鎖とか磔はただの演出」
タカヤの素っ気ない一言が格納庫の空気を凍てつかせる。
「え、演出って、な、なんのために?」
腰砕けになりかけた私だけど素面を装って聞く。
野暮かもしれないだろうとも。
「いくら強力だろうと動かなければただのオブジェクトだよ。暇つぶしでそれっぽく仕上げてみた」
まるでクリスマスパーティーの内装をした、との口調で自慢げに語るのはコウだ。
私はドヤ顔とはあのような顔だと冷静な目で眺めてしまう。
「つまりは、このロボットを私たちの手で動かせるようにしろと?」
「勘の良い女は嫌いじゃないぜ」
「けど、これはただのロボットなんかじゃない。オルゴニウムを動力としたオルゴノイドの一種なんだ」
コウは私に黒いタブレットを手渡してきた。
一見して市販品でも統合軍納入品でもない独自規格のようだが、この際関係ない。
表示されたデータには<ORD-00オルゴライザー>とある。
「オルゴ、ライザー?」
私はタブレットに指を走らせ、詳細を閲覧する。
説明ではオルゴノイドを越えるオルゴノイドとして製造されたオルゴノイド。
胸部内に並列する形で操縦席が二つ並べられた有人仕様。
なにより瞠目するのは小型の
「オルゴリアクターが二つも」
オルゴニウムからエネルギーを最大限に抽出させる炉が胸部と背面に直列する形で内蔵されている。
一基でさえ十分すぎる出力を持つオルゴリアクターを二基も搭載可能にするなど、高い出力と
同時、別なる視点に立つ冷静な自分が疑問を抱かせる。
「これほどまでの炉の出力スペックなら異界に巣くうイヴァリュザーを一匹残らず殲滅できそうだけど?」
「起動したら、そうなる予定なんだよ」
タカヤの投げやりな発言を横に疑問抱いた私はタブレットでエネルギー周りを調べてみた。
「この施設と繋がっている。動力源にしているけど、外に出せないって訳じゃないないみたいね」
オルゴフォートレスの内部構造は粗方把握している。
専用の大型動力炉を持っているのだから機体と施設をケーブルで繋ぐ意味が見えてこない。
「これも演出?」
「いや、外でドンパチワンサカするから、エネルギーは多い方がいいんだよ。サブシステムで起動させてもオルゴフォートレス三基分のお釣りが来る」
演出ではなく現場の都合ときた。
けれど小型サイズの炉ながら不釣り合いなエネルギー生成量に閉口するしかない。
「これで完全起動したらどれほどになるのかしらね」
「さてね。ただオルゴフォートレスは殻であり、オルゴライザーは波動を越えるハドウを生み出す器だと聞かされている」
誰に、と私はコウに敢えて尋ねなかった。
尋ねても意味がないと彼らの人間性を理解しているからだ。
「それにそっちにも悪い話じゃない」
コウが私たちに持ちかけるのは悪魔の契約でも、天使の施しでもない。
互いが特をする取引だった。
「オルゴライザーを完全起動できればイヴァリュザーをこの異界ウドナザから完全消失できる。そのパワーを使えば黒薙島の外、元の世界にだって普通に帰還できる。こいつにはそれだけのスペックがある」
ざわりと、部下たちが声と鳥肌をざわつかせた。
「ふむ」
悪い話ではないと私は頷き返す。
超重力緩和ユニットを失った私たち残存部隊にとって外界への帰還は急務だ。
島内の調査が目的だからこそ、島と繋がる異界にて発生する世界の危機を統合軍総司令部に報告しなければならない。
「あれ? 嘘だと思った?」
「いえ、あなたたち口は悪くても嘘を言うほど愚かじゃないわ。嘘で騙るより力で語るほうがてっとり早いもの」
オルゴライザーを起動させるのが狙いならば、オルゴネイターの力で恐怖を植え付け、奴隷のように働かせればいい。
だけど、少年二人は互いが得となるメリットを持ちかけてきた。
「どっちにしろ島の外には出られない。仮に出られてもイヴァリュザーが一緒に来るから危険」
選択肢はあってないようなもの。
無論、手を貸さぬ選択もある。
仮にそちらを選んだとしても彼らは何一つ手を出さないだろう。
彼らなりに言えば、手にかける価値がないと。
「すぐ作業にかかるわ。各員、内部構造の確認に入るわよ」
初めて触れる機体だからこそ、構造を把握する必要があった。
「なあ、ユウミ」
年下のタカヤから呼び捨てされようと怒るほど私は短気ではない。
むしろ、名前で呼ぶのは彼らなりの接し方だと思えば微笑ましかった。
「俺様たちにできることがあるなら、起動作業以外何でも言ってくれ」
タカヤが意地悪く言ってきたからこそ、私は彼ら二人にピッタリな仕事があると指摘する。
「なら、あなたたちが施した飾りをどかしてくれるかしら?」
十字架に鎖で磔とされていては作業の邪魔となる。
互いに顔を見合わせたタカヤとコウは拳を振りかぶっては突き出した。
「はい、僕の勝ち。それじゃよろしくね、タカヤ」
「ちくしょが~!」
ジャンケンは穏便で迅速な決定法だ。
(銃の早撃ちで決めると思ったけど……?)
言わぬが花だ。
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