第12話 扉の奥
「半分正解だね」
優男の声が部屋入り口からするなり、私は反射的に目尻を険しくして振り返る。
「あなたは……」
オルゴネイターの一人・雷の使い手であるコウが腕を組み、ドアの縁に背を預けていた。
その右肩には波動精隷フドが乗り、私の目など気にせず柔らかそうな頬をすり寄せていた。
「ノックはしたか? とか言いたい顔しているけど、ノックはしたよ。嘘だと思うなら、動画のラスト三〇秒前を再生してみるといい」
記録と考察に集中するあまり私は来訪に気づかなかったようだ。
「用件はなに? また部下がトラブルでも起こしたの?」
「それはないね。大人しくフォートレス内をあっちこっち調べているよ。痛くもないから放置してる」
コウは背中をドアの縁から離して私と向き合えば平然と言ってのける。
仮に軍施設ならば拘束もやむを得ないのだが、野放しなのは何らかの意図があるのではないかと邪推してしまうのは軍人の性か。
「困ることがないからだよ」
平然と澄まし顔で二度も言ってのけた。
仮に破壊活動に類することが起ころうとも瞬く間に鎮圧できるという余裕の表れかもしれない。
「まあ、とりあえずついて来て。話はそれから」
断る理由がないも、ただ気になることが私にはあった。
「半分正解ってどういうこと?」
「文字通りの意味だよ」
「やれやれ、そのぐらい女の勘で察しなさいよね」
クドの無神経な一言に私は頬をひきつらせた。
「まさか、草薙博士も共犯なの!」
「こら、クド。君はちょっと黙ってなさい」
「マグマよりも熱~い、キスでなら黙ってあげ、んぐっ!」
「指で我慢、って舐めない!」
クドの口に人差し指を突っ込んで黙らせたコウだが、思わぬ反撃をくらう。
アイスキャンディーでも舐めるかのように舌を使って丹念に舐め回していた。
「まあ、共犯はないな。共犯は。せめて協力者だよ」
それ以上コウは語ることなく、クドの口内から指を引っこ抜く。
不満げな顔を浮かべていたクドだが、追撃としてコウの右耳に近づけば、小さき舌で耳穴をぺろりと一舐めする。
「まったく、程々にしてよね」
コウは困惑を口と顔に出そうと、やり慣れた感はある。
それほど両者の間に強い信頼関係があるのだろう。
「あなたなんか死んでも舐めないからね」
同じ女として敵視しているのか、目尻と言葉を鋭くしたクドに私は敢えて何も言い返さなかった。
「ねえ、<黒薙島>の由縁は知ってる?」
コウの背中を追う形で通路を進む中、唐突に聞かれた私だが咄嗟に返す。
「黒部博士と草薙博士の両名が発見したからでしょう?」
「ん~惜しい」
コウの両肩は、私の無知をあざ笑っているかのように震えていた。
「もしかしたら草部島ってなっていたかもしれない」
「どういうことよ?」
「くすくすくす、さあ~教えてあげましょうか、無知な外界の人間よ」
私に振り向いたクドが悪役らしく嘲笑う。
「発表前、どちらの名前を先にするか、二人は大いに揉めたのさ。そりゃ発明した搭乗型ロボット持ち出して大乱闘するぐらいにね」
資料などを統計して私の知る草薙博士は温厚な知識人のはずだが、過激な行動に移るなど夢にも思わなかった。
曰く、操縦席のフレームが凹むまで殴り合おうと決着はつかず。
だからこそ、両名は恒例の勝負をすることにした。
「一日で一番大きな獲物を釣った者の名が先に来るという釣り勝負をね」
草薙博士と黒部博士は揃って釣りに行くほど無類の釣り好きだと知らぬ者はいない。
氷河期の影響で海面が凍てつこうと関係なく、ワカサギ釣りのように凍った海面に穴を開ければよいと釣りに出かけるほど。
<黒薙島>発見も海へと船釣りに出かけて漂着したのが発端であった。
「なるほど、黒部博士が釣り勝負に勝ったから、この島は<黒薙島>になったわけね」
資料にはない初耳の情報だった。
ただ最初から釣り勝負で決める発想はなかったのか、甚だ疑問である。
「詳しいのね」
「ここでは常識だよ」
人間二人しかいないのに常識とはこれ如何にと、私は疑問を口に出す愚行はしない。
「聞かないんだね?」
「だって任務外だもの」
資料にすら記されていない事柄をコウなる少年は知っている。
ならば導き出される結論は一つだが、敢えて問う私ではない。
「私の目的はあくまでも島内の調査と統合軍部隊の救出。部隊の救出が不可能なため、島内、いえ異界の調査が何よりも優先される。あなたというオルゴネイターの調査は任務に含まれていないわ」
「ひゅ~」
感心するようにコウは口笛を吹く。
真似するのは肩に乗るクド、オカリナのような流暢な口笛を吹いた。
「すげえのはそのおっぱいだけじゃなかったか」
「もう紙谷から神谷って改名しなさいよ」
「もう散々言われ慣れてるわよ」
第二次成長期より、からかわれ続けたことだ。
名前は紙なのに、その胸の谷間には神がいると、男女問わず言われたか。
「物見遊山でここまで来たと思ったけど、バカにしていたよ」
立ち止まったコウは振り返り、私と向き合った。
その目は相手を小馬鹿にしたような色彩はなく、敬意を持った目だ。
「一つ聞くけど、あなたは技術者で間違いないんだよね?」
「ええ、統合軍所属、第二マテリアル研究所技官、紙谷ユウミ中尉。大学ではロボット工学やオルゴエネルギー学を専攻して、一応博士号やオルゴノイド運転免許証も取得しているわ」
「その年であれこれ人をまとめられるのも納得だわ」
「小さい頃にテレビで見たロボット操縦に興味を持ったのがきっかけなの」
最初はただ純粋に操縦したい欲求だった。
ロボットの模擬操縦を体験した際、小さき故にフットペダルやレバーに届かず泣いてしまった。
ただ泣くだけで終わらず、専用機たる自分だけが操縦できるロボットを作ればいい。
それが道を志すきっかけとなった。
「なら僕とタカヤの目に狂いはなかったか」
「そういえば彼は? いつも一緒なのに?」
「あいつなら残りの四人を探しているよ」
案内された先は格納庫だ。
「オーライ、オーライ」
「五番コンテナ移動します」
「はい、バックします! 後方注意です!」
ヘルメットを被った他の波動精隷たちがフォークリフトを操り、格納庫奥で山積みにされたコンテナを両脇に運んでいる。
見れば先に来ていたのか、部下四人が困惑した顔で立ち話をしていた。
コンテナの一つに身体を横にして、くっちゃらとガムを噛んでいるのはタカヤだ。
私たち二人の登場に気づいたのか、ガム風船を膨らませながら品のない言葉を飛ばしてきた。
「おう、遅かったな、コウ。ボインの姉ちゃんと逢い引きでもしてたか? ってクドがいるからできないか、ぎゃははははははっ!」
「殺すよ?」
品のないタカヤの笑い声に、コウはにんまりとした笑顔で腰元のホルスターから拳銃を抜いていた。
ほぼ同時にタカヤもまた銃を抜いている。
「おう、殺してみろ。その前に殺すからよ」
軽々しく殺すと口に出すのは弱く見えるとある。
だが、このオルゴネイター二人は違う。
本気で殺すからこそ、宣言の意味で口に出している。
「なになに、また勝負?」
「どっち賭ける?」
「わたし、コウ!」
「タカヤ!」
格納庫にいた波動精隷たちは止めるどころか、互いに賭けあう始末。
どちらが先かはともかく、このオルゴネイター二人ときたら些細な理由ですぐ殺し合う。
幸いなのは勝ち負けがつくことなく、両者生存の引き分けで終わっている点であった。
「二人の戦いを見せるために呼んだんじゃないんでしょう?」
見かねた私は当惑する部下たちを背にオルゴネイターの間に割って入る。
「へ~普通は身体張って止めるもんじゃねえのにな」
「ねえ、以外と肝座っているでしょう?」
私の姿勢に感銘でもしたのか、剥き出しの殺意を双方とも銃と共に納めていた。
「え~戦わないの~」
「おっぱい女が邪魔をした~!」
銃弾は飛ばずとも観戦を期待していた波動精隷たちから不満が飛ぶ。
「まあまあ、その程度で怒らないの。いつでもできるんだから、次に期待しなさい」
タカヤの頭部にちょこんと腰掛けたフドが優しく言い聞かせる。
「まあ、クドお姉ちゃんがいうなら」
「クドお姉ちゃんじゃなくって、フドお姉ちゃんだよ」
「う~妹なのにお姉ちゃんたちの区別ができないよ」
「しょうがないよ。クドお姉ちゃんとフドお姉ちゃん、そっくりさんな双子さんだもの」
「ほらほら、お姉ちゃんは気にしていないから仕事に戻った戻った」
フドの言葉に従うように各波動精隷たちは持ち場へと戻ってい行く。
姉としての貫禄故に為せることのようだ。
「さて、興は冷めたが、本題には熱くなってもらおうか」
タカヤは噛んでいたガムを包み紙に吐き捨てる。
あのガムは当然のこと、統合軍の備品なのだが、ゴミはゴミ箱に捨てているため指摘はしない。
そう部下たちに目線で言いくるめた。
「あんたたちを呼んだのは無駄飯食らいの有効活用――ではなく、手伝って欲しいことがあるからだ」
癪に障るタカヤの物言いなど、いちいち気にしたら負けだ。
部下たちも彼らの言動には慣れてきたのか、胸の内に不満を出そうと顔には出さない。
「こっちだよ」
つい先ほどまでコンテナが山積みであった格納庫の奥には扉があり、コウが扉に備えられたコンソール前に立っている。
「まあ説明するより見せた方が早い」
扉に描かれたハザードマークを指でつつきながらタカヤは言う。
「さて、見て驚けよ。というか驚かんかったら殺すからな」
タカヤからのとんだ脅迫に私は苦笑しながら肩をすくめるしかない。
冗談ではない証明として納めた銃を再び抜いているのだから困ったもの。
「こ、これは!」
重い音を響かせ開かれた扉の奥――
そこには白亜のロボットが、十字架に磔となって鎖で拘束されていた。
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