第11話 coup de foudre
私はあてがわれた個室にて収集した情報の整理を行っていた。
室内はビジネスホテルのような内装で、人一人が充分にくつろげる広さだ。
ベッドやトイレはともかく専用シャワーがあるのは女としてありがたい。
データベースにアクセスできる端末も備えられ、望めばデータを閲覧できる。
ある程度の制限がつくも、望むだけの情報を入手できるのは行幸だった。
「ふう」
一通り目処がつけば、カップを手にとりコーヒーを口に含む。
鼻孔を擽る芳醇な香りと舌先から入る苦みは頭をより一層冴え渡らせる。
「結局、解せないのよね」
私はコーヒーをもう一口含んでひとりごちる。
一〇〇名いた第二次調査隊の生存者は五名。
残る九五名は、タカヤ・コウの二人組により、骨も残らず殺害されている。
かという私も殺されかけたクチだが、何故か脱出を促され生き残った。
自分たち五名が助かり、九五名は何故、助からなかったのか?
線引きの理由を聞こうと、予測通り知らぬ存ぜぬ記憶にない、最後は秘書に聞いてくれの始末。
「……思うところはあるわよ」
現状はコーヒー以上に苦く、ままならぬものだと私はカップの中身を飲み干しながら痛感する。
タカヤとコウは言わば部隊の敵である。
かといって下手に敵討ちをしようならば返り討ちがオチ。
損得と現状を踏まえて、客人扱いとしての立場を私たち残存部隊は受け入れるしかなかった。
「あの時、汚染率0%とか言っていたけど……」
なんの汚染率か尋ねようと返答は当然、知らぬ存ぜぬの繰り返し。
のらりくらりとかわされるため、押し問答にすらなりはしない。
もし仮に私たちが執拗に質問を繰り返したとしても、あの二人は痺れを切らして銃を抜くまでもなく、のらりくらりとかわし続けるだろう。
私たちの相手はその程度で十分故に。
「オルゴニウムじゃないなら、考えられるのはイヴァリュザーか?」
私は備え付けの端末に指を走らせデータを呼び出した。
同時、小型カメラの撮影に入る。
ではここで収集した情報の再確認をしよう。
かつてこの異界ウドナザは、緑と多種多様の生命が溢れる桃源郷であり、大地に歌響く平和な世界とされていた。
オルゴニウムもこの異界から発見され、地球に持ち込まれた。
類推するに、黒薙島には発見前から異界を繋ぐ裂け目が何らかの要因で存在していたのだろう。
「そして現れたのがイヴァリュザー……」
争いのない桃源郷は、突如として現れたイヴァリュザーに蹂躙され、数多くいたはずの生命はもはや妖精種を残すのみとなっていた。
よって、
逆転の発想と聞こえはいいが、ただ逆さ言葉にしたのは安直すぎではないだろうか?
「最後の種、波動精隷」
口ずさもうと、正式にはオルゴ・ニンフで、波動精隷の漢字はファーストコタクターが趣味と場のノリで当てたと資料にある。
歌と踊りが好きな種族である彼女たちは戦う術を持たず知らず、本来ならば他の種族と同様、イヴァリュザーに滅ぼされる未来しか残されていなかった。
「けど、彼女たちは生き延びている」
ひとえに地球からこの異界に現れた者たちと相互協力を結ぶ形で、イヴァリュザーに対抗し続けたからだ。
「イヴァリュザーは三〇年前、異界に現れた謎の勢力。何者なのか、誰が指揮しているのか、謎が多くも確かなのはオルゴニウムを血眼で喰らう獣だということ。ややワガママでプライドの高いオルゴネイターを相手にしたほうが言葉の通じる分、マシだと思えるほどイヴァリュザーは苛烈な攻撃を繰り返している」
データベースによると、イヴァリュザーの巣は異界北側にあり、南側にあるオルゴフォートレス目がけて作戦のサの字もない突撃上等の物量攻撃を仕掛けている。
一万匹など少なく、一億匹程度は普通だと、オルゴネイター二人は欠伸をしながら気怠そうに語っていた。
「何故、イヴァリュザーがオルゴフォートレスに襲撃を重ねるのか。それはすぐ足元の地下に膨大なオルゴニウムが眠っているから。既に北側のオルゴニウムはイヴァリュザーにより喰い尽くされ枯渇。南側のオルゴニウムで飢えを満たさんと襲撃を重ね続けるのは必然だわ」
資料を読み進める度、ゾッとした怖気が微電流となり私の背筋を走る。
「万が一、超重力カーテンの外に一匹でも出ようなら、各国が備蓄するオルゴニウムはイナゴのように食い尽くされるわ。いいえ、それどころか……」
イヴァリュザーの真の恐ろしさは、既存兵器を凌駕する力ではない。
一匹でも生き残れば、細胞分裂のように個を多へと増殖させること。
唯一の対抗策は、オルゴネイターの能力による消失だ。
「オルゴネイターはオルゴノイドすら凌駕する力を持っているわ。今現在、確認できたのは嵐の使い手タカヤと雷の使い手コウの二名。一五歳と若いながらイヴァリュザーの大群を塵も残さず殲滅させるほど実力者。ただ言動は荒く、些細なことで倒すべき敵ではなく味方を攻撃するなど苛烈で危うい面もあり、気軽に接するのは自殺行為よ」
現に回復した部下の一人がフレンドリーに接した結果、医務室のベッドに戻された。
残存部隊の指揮は最上位である中尉の私が預かっている。
立場的に客人扱いであるが、あちらからすれば部外者を客人扱いしているだけだ。
要塞内の見学は基本自由だろうと、行動の邪魔だけはするなと釘を刺されていた。
「このオルゴフォートレスの運用、管理は人間二人、オルゴノイド一人には広すぎる。けれど、それを担うのが波動精隷の姉妹たち」
驚くことに波動精隷は全員が姉妹。
三姉妹・六姉妹というレベルではない。
三五二姉妹。
大家族もおっかなびっくりな数だ。
それぞれが得意分野を生かして整備から管制・砲撃・清掃などで活動していた。
「顔は姉妹だけあって見分け辛いけど、彼女たちからすれば私たちは路傍の石みたいね」
事務的な会話はあっても友好的な会話はない。
嫌っている節はないが、ただ単に興味がない故、嫌う理由もないと言った有様だ。
「その中で長女フドはコウと、次女クドはタカヤと最前線で戦っている」
オルゴギアは生命維持装置として私たち残存部隊全員に貸与されているけど、超常的な力は発揮できない。
何故なら波動精隷と組み合わさってこそ、人間は初めてオルゴネイターになれる。
ただメモリのようにギアに挿入するのではない。
〈
フードクドールという言葉あるように、波動精隷から気に入られなければならなかった。
「顔立ちもさながら彼女たちは共通して、きままな性格であり好きなのは歌と踊りであること」
要塞内を闊歩すれば、歌いながら踊るようにモップがけする波動精隷を何度か目撃したことがあった。
また小さき体躯であるのを活かしてダクト内部で仕事をさぼっているなど、人間らしい一面がある。
「いい歌なんだけどね」
可憐な歌声は、聞き手の心を鷲掴みにして離さない。
ただ、波動精隷の性格がきままであることから誰かに聞かせるために歌うことなど絶対に起こりえないだろう。
気に入った相手なら話は別であるが。
「ファーストコンタクターは草薙博士と黒部博士、なのは間違いないんだけど……」
ふと気になる点が浮かび、私は顎に手を当て考え込む。
点は脳裏で線となり、他の点と点を結び、一つの形を描いていた。
「黒部博士の世界征服は建前で本音はイヴァリュザーと戦うため?」
思い立ったように仮説を口に出す。
資料によると当時の世界情勢はエネルギー不足解消の目処が立ち、ようやく各国の足並みが揃いつつあった時期だ。
奪い合い殺し合う戦争が終わった後だからこそ、盤石とは言い難い。
世界が一つとなったきっかけは、黒部博士の世界征服宣言。
この宣言により各国の軍を一つとした統合軍が組織された。
超重力カーテン出現後、戦争を過去として、どの国家も手を取り合うようになった。
「でもそれなら、発電炉の時みたいに脅威として公表すればいいのに……」
友である草薙博士にすら黙っていたのか?
仮説は新たな疑問を生じさせる。
「いえ、元々オルゴニウムは二博士の共同研究。草薙博士も知らないほうがおかしい」
二博士共に故人であるならば真相はあの世だ。
確実に言えるのは――
「超重力カーテンを引き起こしたのは黒部博士。世界征服もオルゴニウムの独占ではなく、世界各地に現れたイヴァリュザーを異界に閉じこめ、裂け目から一歩も出さずに殲滅するため。けど、それも完璧じゃなかった。戦時中の行方不明者が地球に出てきたイヴァリュザーに消滅させられた犠牲者と考えれば辻褄が合う。そしてどうにか、島内にいるイヴァリュザーを超重力カーテンで封じ込め、異界に押し返した……」
「半分正解だね」
優男の声が部屋入り口からするなり、私は反射的に目尻を険しくして振り返る。
オルゴネイターの一人・雷の使い手であるコウが腕を組み、ドアの縁に背を預けていた。
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