第10話 異界ウドナザ

 広がるは草木一つ生えぬ荒野。


 草の根すらなく、土色がむき出しの大地に生え埋もれるのは機械という機械の残骸。


 どれも全てが三〇年前、黒薙島での戦いで朽ちたオルゴノイドである。


「まるで墓標ね……」


 海岸に立つ私は感傷を口から零す。


 結果として黒薙島に辿り着こうと、生存者は自分を含めて五人、それも全員が技術方面の人間ときた。


 挙げ句に私以外、負傷者としてベッドの上から起きられずにいる。


「調査報告映像〇二、紙谷ユウミ中尉」


 私は起動した小型カメラのレンズと向かい合った。


 軍隊というのは記録に何かとやかましい。


 実包一個はどこにあるか、余ったこのネジはなにか、作戦行動中にいかよう原因で負傷したのか、逐一確認と記録を行わねばならない。


 調査任務だからこそ、記録するのは責務。


 もし記録を意図的に怠れば、任務放棄として厳罰は免れないだろう。


「現在私は黒薙島の荒れ地に足を踏み入れています。ですが、島の土を踏めようと、沖合にすら出られぬ現状です」


 小型カメラのレンズを沖合に向ける。


 天高く渦巻く黒き積乱雲が壁のように島を取り囲んでいる。


 これこそ長年に渡り島への侵入を拒んできた超重力カーテンであった。


 島内側から眺めた数少ない人間だとしても素直に感動など抱けない。


「調査で判明したことは、オルゴニウムはこの島から一切採掘されていない事実です」


 簡易センサながら地質を調査しようと、黒薙島にオルゴニウムどころか、採掘の痕跡すら一切ない。


 島中央部にある黒部研究所跡地を調査しようと同じ。


 爆発によりコンクリート部の基礎が墓標のように残されていただけであった。


「では、オルゴニウムがどこから採掘されていたかと言うと、理由はこれです」


 私は回れ右して小型カメラのレンズを黒き虚に向ける。


 まるでファスナーを開いたように、縦四メートル・横二メートルの空間に裂け目が生じていた。


「接触したハウスキーパー型オルゴノイド・ミィビィによれば、これは裂け目クラックと呼ばれており、非科学的に見えようと、オルゴエネルギーにて科学的にこの島と異界を繋げている空間の扉です」


 オルゴニウムは異界から採掘され、この世界に持ち出された。


 当然の如く、抱く疑問は一つだ。


「何故、黒部博士と草薙博士はこの事実を隠していたのか、調査を続行する必要性があります」


 証人となる人物と接触は行えたが、素直に証言してくれる確率はゼロである。


 話は通じずとも、言葉が通じるだけマシだと、私はそう思いたい。


「最後に、いかにして調査結果を本部に持ち帰るべきか、それが現状の問題です」


 悪ガキ二人のくだらぬケンカに巻き込まれ超重力緩和ユニットは消失した。

 

 悔やんでも仕方ないと分かっていても悔やみきれない。


 唇を噛みしめるように口を閉じたと同時、腕時計端末がアラートを鳴らす。


 帰投時間を知らせるアラートに私は小型カメラの電源を落とす。


 裂け目を通り抜けては異界にある基地に帰投する。


「……反転した桃源郷ウドナザか」


 潜る間際、異界の名を口すさんだ。



 絶対不動要塞オルゴフォートレス。


 全長四〇〇メートル・全幅五〇メートルと空母サイズ顔負けの巨大建造物。


 裂け目を通り抜けた先は、この建造物の最深部区画と繋がっていた。


 左右側面にある巨大な柱を筆頭に、幾本ものアンカーで硬く、深く大地に固定され、絶対不動の名を体現している要塞。


 ミサイルはおろかビーム兵器を満載など、下手すればこれ一つで戦争を変えてしまう。


 動力はミィビィの説明では大型オルゴリアクター。


 地球の時間にして三〇年前に建造される。


 開発者は、誰かなのかは誰もが語らずとも、私はデザインからして黒部博士ではないかと予測していた。


 三〇前の戦争において黒部博士が運用したオルゴノイドと要塞のデザインがどことなく似ているからだ。


 建造目的は、あの白き異形の集団イヴァリュザーを駆逐するため。


 三〇年前、戦争の影に出現し、オルゴニウムを糧に増殖を続ける謎の敵。


 ミィビィ曰く、奴らは一言で野獣。


 言葉を語らず、ただ力こそ全ての弱肉強食。


 糧であるオルゴニウムに強い執着心を抱き、他の生物が所持しているのならば、消滅させて奪い取るなど知性の欠片もない。


 奴らは並の兵器では傷一つつけられない。


 オルゴノイドを凌駕する力を持ち、装甲は皮膚のように薄かろうと戦車砲など児戯にも等しく跳ね返す。


 ただ手を振り払っただけで堅牢なシェルターは塵となる。


 口内にはあらゆる物質を分子消失させる光学兵装を内蔵している。


 かつてこの異界には妖精やドラゴン、ユニコーンとファンタジーに定番の多種多様な生命に溢れていた。 


 だけど白き異形の出現により、この異界に住まう固有種は妖精種を除いて滅ぼされてしまった。


 その非常識な敵を駆逐せんとするのは、人間でいながら人間を越えた力を持つ超人――オルゴネイターだ。




 金属の床に響く足音が苛立ちめいてると私に自覚させる。


 調査隊壊滅以来、色々と振り回された現状が私の感情を揺らし続けているのだ。


「まさか、戦争の影にそんなのがいたなんて!」


 島内、いや異界ウドナザの事情を知った私は頭を抱えるしかない。


 三〇年前の戦争など資料でしか知らない。


 生まれていないのだから前線に立ったことはなく、ただ今回の任務に関する資料として学んだ側面が強かった故に、異界がポンと出て来たのだから頭痛を与えてくる。


「まあ、事実は小説より奇なりってのはよくあることさ」


 私の苛立ちは通りすがった食堂にまで届いていた。


 声の主であるタカヤがテーブルの上で両足を投げ出しコーヒーを飲んでいる。


 芳醇な香りを鼻孔で楽しんでおり、戦闘時の顔とは打って変わってご満悦ときた。


「僕としては外から人間が来たことが驚きだったけどね」


 テーブルの上に寝そべってブロックレーションを食べているのはコウだ。


 こちらもまたフルーツ味が大層気に入ったのか、リスのようにポリポリ食べては食いカスをテーブルの上に散乱させていた。


「あ、あなたたちね!」


 親はどのような教育をしていたのか、顔を拝見してみたいものだ。


「しかもコーヒーとかレーション、統合軍の備品じゃないの!」


 イライラムカムカの感情が私の中に蓄積していく。


「拾ったから俺様の物だ」


「命救ってやったんだから安いもんでしょ?」


 反論などできぬため私は押し黙るしかない。


 マナーはともかく、美味しさに喜ぶ姿はまだまだ一〇代の子供だ。


 目の前にいる子供が嵐や雷を操るなど、その身で味わっていなければ信じなかっただろう。


「この異界ウドザナにいつからいるの?」


「記憶にないね~」


「今忘れた~」


「イヴァリュザーの正体はなんなの?」


「さ~ね~」


「こっちが知りたいよ~」


 この二人は絶対に知っている!


 知っていながら語る気がなのだ。

 

 白々しさに私の眉がぴくりと跳ね上がる。


 それでも、私は感情のまま再度訊ねる真似はしなかった。


 言葉は通じるも話の通じない相手だと理解しているからだ。


 まあ半ば対話を諦めていると捉えられても仕方がない。


「まあ、現状言えるのは島の、超重力の外に出れば統合軍ですら勝てないってことね」


 もし仮に草薙博士が存命ならば、対抗手段を生み出せていたかもしれない。


 世界の頭脳を失ったことで技術の低迷を招いており、残された研究資料もまた難解すぎて解析が進まずにいた。


 進まぬ原因は、独特な感性で、ここはバサン、ズキュ~ン、この図式はバン、ドゴゴゴンとアバウトな擬音ばかり記されているからだ。


「奴らに対抗するために、俺様たちオルゴネイターがいる」


 超常現象を生身で発生させる超人、それがオルゴネイターだ。


 波動のオルゴンと起爆装置を意味するデトネイターとの造語であり、倫理を一欠片も持ち合わせぬ危険な二人を見ればピッタリ似合う名ではないか。


「オルゴニウムにそんな使い方があったなんて」


 少年二人が身につけるバックルにはオルゴニウムが埋め込まれている。


 オルゴニウムのエネルギーを超常現象として顕現させる装置こそ、オルゴギアだった。


「このギアは戦闘に使うだけのもんじゃねえぜ」


「これがあるからこそ、僕たちは飢えることも疲れることもなく、戦い続けられる」


 オルゴギアの本質は戦闘の道具ではなく、生命維持装置。


 オルゴニウムのエネルギーはバックルを介して人体に栄養素として変換され、空腹や疲労を感じることなく活動し続けることができ、果ては負傷すら回復させる。


 私は技術者の視点から、オルゴギアには何かしらの拡張ツールがあると、表面に刻まれた人工的な凹凸より仮説を立てていた。


「超重力カーテンの影響で島内部や異界の時間が止まっていてもお腹は空くみたいね」


 彼ら二人が美味しそうに食す理由が分かった気がした。


 オルゴニウムで栄養素を得る以上、食事を取る必要はない。


 軍人だからこそ食事は活動だけでなく、メンタルを支える重要なファクターだ。


 不味いより美味いほうが次なる活力に繋がると経験が知っていた。


「けど――」


 オルゴギアの開発者が誰なのかは容易く類推できる。


 オルゴニウムの扱いに長けた者など、草薙博士と黒部博士の二人しかいない。


 三〇年たる歳月とこの要塞の存在が類推を確信へと強く押し出していく。


「けど、なんだよ?」


「返せって言うのなら撃ち殺すけど?」


「そ、そんなこと言わないわよ。食べ過ぎないようにって言いたいだけ!」


 食べ過ぎもオルゴギアが作用するのか、技術者として大変興味があった。


「けっ、なんだよ、お姉さんぶりやがって!」


「年下慰めたいならそのでっかいので戒めて欲しいもんだね」


(子供の言動にいちいち腹を立てない、立てない……)


 大人として私は自戒する。


 ただ、ストレスなる形で少しずつ蓄積がされているのを自覚した。

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