第9話 タカヤとコウ

 ――超重力緩和ユニットが消失した! 


 目覚めるなり私は飛び起き思考を回す!


 思考に回した時間は確かゼロコンマ五秒!


 発端や過程をぶっ飛ばして出した結論はただ一つ!


 あのガキ二人に超重力緩和ユニットを消失させられた!


 腕時計型端末のバイタルサインでは一〇分ほど意識を失っていたようだ。


 オペレーションルームに倒れたままの私を妖精、確か波動精隷だったか、誰一人とて起こそうとはしていない。


 あれやこれやと姦しいおしゃべりばかり。


 中には歌いながらステップを踏んで踊っている子もいるときた。


 誰一人私を路傍の石扱いのアウトオブ眼中!


 なんか腹が立った私はミィビィの姿がないことに気づく。


「どこに行ったのよ!」


 当然ながら私の疑問に波動精隷は誰一人答えない。


 答える気がない。


 だから私は左耳に装着した小型カメラの映像を再生する。


「なるほど格納庫ね!」


 録画映像には格納庫に向かうと告げるミィビィの音声がしっかり記録されている。


 当然のこと私もまたエレベーターに飛び乗るなり格納庫に向かう。


 格納庫がどこかって?


 ……よし一階ね!


 ご親切にもエレベーターに階層案内があったわ!



 エレベーターが格納庫に辿り着き、扉は開かれる。


 格納庫と言うならば艦載機があると連想するが、実際はコンテナ山済みの資材置き場であった。


 そして開けたスペースにミィビィたちがいるのを私は発見する。


「このバカもの!」


「ぐおっ!」


「ぐはっ!」


 ミィビィのげんこつ制裁が少年二人に炸裂、涙目で頭を抑えては揃って悶絶していた。


「ケンカは毎度のことですけどね! 折角回収した超重力緩和ユニットを二度も消失させるバカがどこにいますか!」


「こいつだっての」


「こいつだよ」


 揃いも揃って減らず口を叩いて責任を擦りつけあう少年二人に、ミィビィは第二打のげんこつを放っている。


 反論はしようと反撃せぬ二人の姿は巨万の群体を一網打尽に滅し尽くした同一人物とは到底思えず、まるで悪戯のやりすぎで叱られて縮こまる悪ガキのようだ。


 そう例えるなら戦場の猛虎が家猫になった具合に。


「クドにフドもです! 二人にいながらどうして止めなかったのですか!」


 名を呼ぼうと反応はなく、涙目の少年二人は口をへの字の不満顔にして格納庫のとあるダクトを揃って指さした。


 私はヒラヒラと一対の羽を持つ波動精隷二人が奥に姿を消すのを目撃した。


「くっ~あいつらならもうとっくにばっくれてんぞ」


「あっ~もう、逃げ隠れは上手いからね、あの二人」


 涙目の少年二人の指摘にミィビィは頭を抑えて苦悩する。


「あんま悩んでばっかだと思考回路がショートして頭部の塗装ハゲるぞ」


「頭ごと取り替えたほうが手っ取り早いんじゃないの? あっ、この場合、身体か」


「――黙りなさい」


 冷徹秘めたミィビィの音声に、少年二人の表情が一瞬で凍てつき、反射的に背筋を伸ばさせ正座を強いる。


 なんだろう。この既視感は……まるで、そう厳しい母親?


「調査すらしていない超重力緩和ユニットをくだらないケンカで消すなど、これで二度目! 万死に値します!」


「なら三度目を待てばいいだろう」


「三度目の正直言うし」


「あ、あなたたちは!」


 少年二人は完璧に開き直り、反省など微塵も感じられない。


 様子からしてミィビィの説教が始まるようだが、文句の一つぐらい言わせてもらうわよ!


 私にはその権利がある!


「どういうことですか、ミィビィさん!」


 私は肩を震わせながら靴音を響かせ迫る。


「どうもこうも、お叱りはこのバカ二人に言ってください」


「この女確か」


「うん、脱糞した女だな」


「誰も漏らしてないわ!」


「あ~ごめん、脱出って言うつもりだったけど言い間違えた」


 白々しいわね! 私の尻は綺麗よ! 未使用よ! って何言わせてんの!


 絶賛正座中の少年二人が私を見上げている。


 特に優男の声を間近で聞いた私は確信する。


 この二人が第二次調査隊の襲撃犯であり、優男の脱出した発言から確信を得る。


 襲撃理由を問い詰めるのは後回し。


 二人から私に注がれる視線に男特有の性的な色合いがあるのを経験にて看破したからだ。


「八七」


「八九」


「やっぱり!」


 唐突に出した数字に私は戦慄する。


「「ミィビィ!」」


「ゲスな意味で八八のEですね」


 数字の意味に私は絶句しながら胸元を押さえて後退する。


 胸部サポーターがあるとはいえ、正確無比な数字を当ててくるなど油断ならない。


「くっそ、互いにニアミスかよ」


「次体重当てる?」


「体重は――」


「ミィビィさん!」


 ミィビィたるオルゴノイドには正確無比のセンサがあるのだろう。


 このままでは身体情報が丸裸にされると私は声をあげて遮った。


「できるハウスキーパーだと思えば、とんだ変態紳士ならぬ変態ハウスキーパーだことで」


「お褒め預かり光栄です。後、そこは紳士ではなく淑女ですのでご訂正を」


「誉めてないし訂正する意味ないでしょう!」


 肩で息する私は荒ぶる精神を自制心で整えては正座する少年二人と改めて向き合った。


「あなたたち、あのユニットは貴重なのよ。機械は壊れれば修理はできるけど、消し去ったら修理さえできないわ!」


「いきなり出てきてなんだよ、このふてぶてしい女は、えらそ~に!」


「命の恩人に対して上から目線とは頭が高い!」


 口の減らない少年二人に、げんこつ入れたい衝動を抑えながら私はミィビィと向き合っては尋ねる。


「それでミィビィさん、この子たちは?」


「あぁん! この子だと? 俺様にはな、尊き優れた名前があるんだよ!」


「相手に聞くのなら、まず己が名乗ってこそ礼儀。そうしたら名乗ってやるのが道理だろう!」


 人間のように目頭を抑えたミィビィは少年二人が誰なのか、渋々と言った様で教えてくれた。


「俺様を体現したような方がタカヤ、優男に見えて傲慢な方がコウです」


「ご説明ありがとうございます」


 顔立ちや言語からして日本人で間違いない様だが、何故こんなトンでも世界にいるのか謎である。


 確かなのはファーストコンタクトはワーストコンタクトになったことだ。


「まあ、立ち話もなんです。食堂にでも場所を変えてご説明と行きましょう」


 ミィビィの提案を私は歯噛みしながら頷き受け入れた。


 この二人は襲撃犯だ。


 部隊壊滅の元凶だ。


 けれど、私は損得と現状を踏まえて、ここがどこであるか、彼らが何者であるか、情報収集を最優先とする。


 帰還方法は……後で考える!


「立ち話言うがよ、俺様らはずっと座っているな」


「正座だけどね」


「二人は反省の意味を込めて、もう少し正座していなさい」


「「ぶっううううっ!」」


 タカヤとコウの二人は正座のまま、不満露わに中指をおっ立てていた。


 子供か!


 いや、子供だからか、が正解だろう。

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