第8話 波動精隷<オルゴ・ニンフ>

 鋼鉄の扉が開くと同時、可憐な声が波の如く私の鼓膜に押し寄せる。


 次いで視界に映るのは正面にある巨大ディスプレイ、扇状に設置されたモニターにコンソールと、たどり着いた先はオペレーションルームだった。


「は~い、西からドンドン五〇〇〇来たよ!」


「こちら東からは四〇〇〇、ああ、その後方でワラワラと二〇〇〇だね」


 ミィビィに続く形でエレベーターから出た私は左耳に装着した小型カメラで周囲を睥睨した。


「よ、妖精?」


 規則正しく並べられたコンソールの前には、童話の絵本に出てきそうな背中に羽の生えた小さな女の子たちが座っている。


 目測だが女の子たちの大きさは手の平に乗るほど小さい。


 当然ながらコンソールも小さな女の子たちに合わせた操作しやすいサイズとなっている。


 誰もが揃いの白きノースリーブワンピース姿で忙しなく指先を動かしては口々に報告しあっていた。


「状況は?」


「データ、ズババッと転送、ほいっと!」


 上座に当たる指揮官椅子にミィビィが座れば、目の部位を発光させる。


 どうやら転送されたデータを受信しているようだ。


「あ~もう、さっきまで思う存分好き勝手暴れていたのに本当に元気ですね、あの二人は――ともあれ索敵は密に、警戒を怠らないでください」


 人間臭くぼやきながらミィビィは各方面に指示を飛ばしていた。


「は~い、こちらにお座りください。外からのお客さん」


 かわいらしい声に私が振り返れば、妖精が小さな手で大きなパイプ椅子を運んできた。


 み、見かけによらず力持ち?


「あ、あなたは?」


 空に浮かぶ三つの小さき太陽、ドラゴンらしき骨にと、次から次に驚くことばかりだ。


「私? ん~」


 顎に手を当て考え込む妖精の目線は私ではなく、ミィビィに向けられている。


 その目線は、答えていいのかと問いかける色彩だ。


「この子たちは……そうですね、波動精隷オルゴ・ニンフ。地球の言葉で言い表せば、非実在型知性体です。ここでは主にサポートをメインとしています」


 ミィビィの抑揚低めの電子音声から、教えるのは最低限だと私は察知する。


「非、実在って……」


 なんらかのデータ生命体なの?

 

 けれど器たるハードウェアを持ち得ずして如何に実在させているのか、技官として興味をそそられる。


 好奇心から恐る恐る触れようとした私だが、小さき手が目にも止まらぬ速さ叩きつけ、あまりの痛みに手を引っ込めた。


「汚ねえ手で触るんじゃないわよ、ババア! ぺっ!」


 かわいい顔が毒と唾を吐いてきた。


 手も大人に叩かれたかのようにヒリヒリと痛み、私は涙目となる。


「ミィビィさん、この子、かわいくない!」


「迂闊に触ろうとしないでください。全員が全員、あの子たち以外に触れられるのを何よりも嫌いますから。まあ手を叩かれた程度で済んだのは運が良かったですよ」


 それ以上の事が起こるの、私はヒリヒリする手をさすりながら身を縮こませ、怖気の微電流を全身に走らせる。


「北からドンドン追加の二五〇〇〇だよ」


「防壁の維持を最優先に。分かっていると思いますが、援護砲撃は一切禁止。一発でも撃とうならば一〇〇発は撃ち返してきますからね」


『は~い』


 各シートからかわいらしい返事が重なった。


 周囲の様子からして私は路傍の石のようだ。


 一騒動あろうと妖精の誰もが一瞥すらしない。

 

 純粋に興味がないのか、それとも……


「今日はどっちが勝つかな?」


「ん~また引き分けなんじゃないの?」


「あなたたち、仕事しなさい」


 タイピングしならあれこれおしゃべりを始めた妖精たちにミィビィが人間臭く注意する。


 さてと、と気を取り直すように身を正したミィビィは椅子を動かし私と向き合った。


「私たちが超重力カーテンの中で何をしているのか、これがその答えです」


 投影型スクリーンが私の前に展開され、外の映像が表示される。


 望遠レンズにて中継される映像。


 そこは第二次調査隊が陣を張っていた草原であった。


「な、なに、これ……」


 草原を埋め尽くすのは白き波。


 けど、草原に海岸はなく寄せては引く波ですらない。


 波だと誤認したのは、草原を踏み荒らして波濤の如く押し寄せる異形の存在だった。


「あれの名はイヴォリュザー。この世界に巣くい、あらゆる命を貪り殺す存在です」


 語気を強めながらミィビィは言う。


(この世界……ならここは属にいう異世界なの?)


 どのような異世界か、私は一先ずこの疑問を呑み込んだ。


 迫り来る白き波に興味を縛られたから、が正しいかもしれない。


 イヴォリュザーたる敵は成人男性の大きさを持ち、丸みを帯びた白い装甲を全身に纏っている。


 手の甲から生えるのは分厚い鋼鉄さえ紙のように切り裂く三本爪。


 老いた老人のように曲がった猫背。


 ひょろっとした頭部に、点を打った(・.・)顔文字のような形。


 口を開けば光線を吐き出した。


 それも一つではない。


 目測できないほどの夥しい光線が一カ所に向けて放たれている。


 けれど、到達する寸前、青白い雷光が猛進する光線を遮るだけでなく、灼熱の雨として押し返す。


 灼熱の雨は迫り来る白き波を瓦解させていた。


「誰か、いる……?」


 光線の着弾点、だった場所に二つの人影を私は捉える。


「こ、子供?」


 一〇代前後の少年二人は私に身震いさせるまでの見覚えがあった。


 身震いの正体を確かめんと、私は頼んで映像を更に拡大表示してもらう。



 草原には無造作にフルフェイスヘルメットが二つ置かれていた。


「相変わらず数でしか攻めてこない有象無象共め」


 自動車大ほどの球体ユニットの上で身体を横にした少年の一人があくびをしている。


 やる気のない怠惰な目に、うなじのあたりで束ねた髪、身体の各部を守るアーマーを装着し、腹部のバックルは淡い虹色の輝きを放っていた。


「この球体にもオルゴニウムが使われているからね。寄せ餌になるのは避けられないよ」


 迫り来る敵を二丁の拳銃で撃ち落とすのは優しい顔立ちをした少年だった。


 人当たりの良さそうな顔立ちに癖のある黒髪、戦いに不向きな優しい顔立ちだろうと、敵を撃ち抜く度に口元をにやつかせる表情から、まともでないことが伺える。


 横になった少年同様、アーマーを装着、腹部のバックルは淡い虹色の輝きを放っていた。


「しっかし、この球っころ、ホントどういう仕組みしてんだ? 超重力ケージを緩和するなんて、ジジイ共のオモチャにはなかったぞ?」


「元の世界は三〇年も経っているみたいだし誰かが発明したんじゃないの?」


 二丁拳銃の少年はその場から一歩を動くことなく、迫り来る白き波を銃弾で正確無比に撃ち抜いている。


 ブローバック式の拳銃でありながら、何十発もの銃弾を撃とうと弾倉を交換する素振りを見せず、ミニガン顔負けの速射力とロケットランチャー顔負けの破壊力ときた。


「はぁ~やれやれだ。俺様、元の世界だと四五歳の童貞おっさんなのか~」


「まあ、この世界は外の超重力ケージの副作用で時間が止まっているからね。実際は永遠の一五歳だよ」


「いいね、永遠。うん、厨二臭くていいわ~ふぇ~」


 横になった少年が胡散臭く頷いていると、背後から白き影が音もなく忍び寄る。


 不意打ちと、思わず私が言葉を飛ばしかけた時、既に取り出した拳銃で振り向くことなく撃ち抜いていた。


「あ、こら、手出すな。前回俺様は片づけたんだから、今度はお前が片づける番とか言ったの、どこの誰だよ?」


「ば~か、あっちが手を出してきたんだよ。俺様は悪くない。悪いのは俺様の背後にいたことだ」


 髪を束ねた少年は嬉々とした顔で横になり、バランス栄養食をかじっている。


 戦場たる死地にいながら、呑気にくつろぐなど緊張感が一欠片もない。


「あ~美味いなこれ。こうして直に味わうなんて久方ぶりだ~」


「直にってさっき缶詰食べたでしょう。あ、コラ、全部食うなよ。僕の分がなくなる」


「ならとっとと片づけることだな。じゃないと全部俺様が食っちまうぞ」


「君を片づけた方が手っ取り早くありつけるんだけどね?」


「ああ? 俺様のものは俺様のものだ。それを奪おうってのか、てめえ?」


 髪を束ねた少年は咀嚼したものを嚥下するなり飛び起き、二丁拳銃の少年を目で威圧する。


「僕に眼飛ばす暇あるなら、そのユニットしっかり見ててよ。この前、ぶっ壊したの誰だったけ?」


「あぁん! そりゃお前だろう? 一億の敵一掃するなら荷電粒子砲一本でいいのに、おふざけでレールガン五本もぶっ放して敵ごとユニットを塵も残さず壊したの誰だよ?」


「ああ? なにバカ言ってんだ。僕がぶっ放す寸前にさ、俺様に任せろとか言い出して、左右回転の違う一〇本の竜巻で敵ごとユニットを塵も残さず壊したのそっちだろう」


「いいや、お前だ!」


「違う、君だ!」


 少年二人は眼光を衝突させ、火花散らしていた。


 二人の視線が迫り来る白き異形の波から外れていようと、放たれる銃弾は外れず命中しているのだから恐ろしく、私は薄ら寒さを感じてしまった。


「「上等だ、きやがれゴラっ!」」


 迫り来る敵の大群そっちのけで少年二人は、球形ユニットの上で戦い始めている。


 嫌な予感が私の背筋で冷や汗と微電流になり落ちる。


 少年二人を中心に乱気流が生まれ、近づいた白き大群を紙のように切り刻む。


 迸る蒼き雷光が牙の如く容赦なく喰らいつき焼き焦がす。


 敵は果敢に攻めようと、迸る嵐と雷の余波に飲み込まれ、数を勝手に減らしていく。


 少年二人は敵が減ろうともう眼中になく、拳を激突させながら殴り合っていた。


「おっら、エネミーストームストライク!」


「なんの、エネミーサンダーガン!」


 互いが間近にいた敵頭部を掴みあげれば投擲する。


 二体の白き敵は瞬く間に灼熱の炎に包まれ、正面から激突、身体の各部位をまき散らしながら焼失していく。


 爆発の残炎に紛れて踏み込むのは少年二人。


(な、なんなのよ、雷とか風とか、人間離れしているわ)


 これも異世界モノにお約束の特殊能力なのか、私は現実性のなさに絶句する。


 同時、ありえぬ未知に魅了され、呑み込まれる。


 常識でも、科学的にも図り切れぬ力をあの二人は惜しみなく、敵どころか味方にまで使っていた。


「サイクロンブリンガー!」


「ライトニングカリバーン!」


 高圧縮された空気の刃と高電圧の電撃の刃が激突、プラズマを周囲にまき散らす。


 余波により生じたプラズマはサブウィンドウに展開されたセンサーによれば重装甲戦車すら易々と焼失させる温度。


 プラズマは火の粉となって飛び散り、白き大群の装甲を紙のように焼き尽くす。


「キリがねえ、ならば!」


「これで!」


 二人の意見はこの瞬間だけ一致したのは確かだ。


 靴裏で蹴り放すように距離を取った二人の全身から虹色のオーラが迸る。


 何かしらのリミッターを開放したの?


 詳細が分からない故、憶測しか浮かばない。


「ストームオルゴンマキシマイズ!」


「サンダーオルゴンマキシマイズ!」


 両者は流星の如く駆け抜け、拳と拳を打ち合わせ、蹴りが宙で交差する。


 接触する度に生じるエネルギーが津波となって白き大群を飲み込み、容赦なく分子レベルで崩壊させる。


 ただ足を踏み出すだけで大地は凹み、ただ腕を振るうだけで敵は爆散する。


 衝突の余波で身体は弾かれて距離が開く。


 球形ユニットを挟み込む形で着地した。


 回り込むなど邪道。


 力を持って正面からただ一点突破で貫くのみだと、二人の目は強く語っている。


 あれ、ちょっと待って!


 戦いに半ば呑み込まれていた私だが、とある危機に直面していると我に返る。


『あ~こら、待ちなさい! また同じ過ちを繰り返すのですか!』


 ミィビィの慌てた音声が通信機から響こうと、戦闘にのめり込んだ二人には届かない。


 今までにないエネルギーが両者より放たれんとする。


「ストームオーバーブレーカー!」


「サンダーオーバーブレーカー!」


 放たれし嵐と雷は両者ではなく、白き大群諸共、球形ユニットを消失させた。


 そう、帰還に必要不可欠な超重力緩和ユニットが、今まさに……今まさに!


 私は目の前が真っ暗になった!

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