第7話 彼女の名はミィビィ

 上昇していく意識がイの一番に捉えたは嗅覚。


 ――消毒液の匂いだ。


「おはようございます」


 次に目を覚ました私の瞳に映るのは銀色をした機械人形の顔。


 女性らしい電子音声が鼓膜を揺すり、網膜に映る無機質な顔に瞳孔が揺れる。


 あの世からのお出迎えは天使でも死神でもなく機械人形なのか、思考が混乱する。


「え? べ、ベッド?」


 あの世ではなく現実だと知らせるのは自分の身体が硬いコクピットシートでも棺桶でもなく、フカフカな白いベッドにいることだ。


「ええ、ベッドです」


 成人女性ほどの身長を持ち、凹凸の少ない曲面ボディを持つ人型ロボット。


 人間と同じように二つの目を持ち、鼻と口どころか女性らしい胸部までしっかり造形されている。


 宇宙戦争に登場してもなんら違和感のないロボットだった。


「ここは、あなたはいったい……?」


 半身を起こしながら誰何する私の前にカップが差し出される。


 空転する思考を落ち着かせる香りがした。


「気付けの一杯にどうぞ」


 鼻孔をくすぐる芳醇な香りの正体は温かいコーヒー。


 思考は落ち着こうと今なお状況が飲み込めぬ私は咄嗟にカップを受け取ってしまった。


「こ、ここは?」


 もう一度尋ねながら周囲を見渡せば、白いベッドやカーテン、鼻につく消毒液の匂いから医務室で間違いない。


 並列に並べられた一〇あるベッドの内、四つが埋まっている。


 四人全員が技術士官であり、私の部下だ。


「み、みんな!」


 私は思わずカップを持ったままベッドから飛び出した。


 けど、床に足をつけた瞬間、意識が揺らぎ、平衡感覚が狂い出す。


「ほっ、よっと、は!」


 ロボットは器用に私の手から離れたカップを一滴も零さず受け止め、その身体をベッドに戻していた。


脱出したベイルアウト影響が抜けきっていないのです。無茶は看過できません。ああ、彼らならご安心を。あなたと違ってまだ目覚めておらず負傷もありますが、命に別状はありません」


「他の、部隊の、人たち、は?」


 部下が助かったのは嬉しい。


 嬉しいけど自分たちだけなのか、唇を震わせながら尋ねる。


「回収できたのはあなたたち……五人だけです。だった、モノなら記録していますが、閲覧しますか?」


 私は唇を噛みしめ、ただ首を横に重く振るしかなかった。


 悪魔のような侵入者二人に第二次調査部隊が蹂躙されたのは紛れもない事実。


 結末など記録を閲覧しなくとも安易に想像できるからだ。


 何より折角頂いたコーヒーが不味くなる。


「……あ、美味しい」


「お褒めに与り光栄です」


 コーヒーは濃厚なコクがあり、五臓六腑に染み渡らせる温かさがあった。


「ところで、あなたは?」


 コーヒーのカフェイン効果により脳が活性化したのか、私は徐々に状況を把握できるようになった。


 奇跡的に助かり、目の前のロボットに助け出されたのはイヤでも理解できる。


「ああ、これは失礼しました」


 ないスカートを正すように身を正したロボットは名乗る。


「改めて初めまして。私の名はミィビィ。ハウスキーパー型オルゴノイドです」


「オルゴ、ノイド?」


 言わずともオルゴニウムを動力源とするロボットの総称。


 人間サイズのタイプはプログラム通りに動き、主と定められた者の命令に従順する。


 人間のような動作を可能としても人間のような自立した思考を持たない。


 けれども、目の前にいるオルゴノイドは私の知るものとは断じて違う。


 そう、一言で機械でありながら身振りや言葉遣いが人間臭いのだ。


「確かに、介護や建築、医療現場でオルゴノイドは運用されているけど、人間のように喋るタイプは初めて目にしたわ」


 嘘っぽさが感じられないほど、自然で流暢な会話を行っているオルゴノイドに私は技術士官として大いに興味をそそられる。


「いくつか、質問いいかしら?」


「……答えられる範囲でなら」


 ならば質問は慎重に選ばねばならないだろう。


「ここは<黒薙島>?」


「地図上の座標ではそうなります」


 異なる世界か否か、敢えて今は問わず、ここが島と仮定して進む。


「あなたはハウスキーパー型のオルゴノイドって紹介したわよね。あなたの主は? お礼を言わないと」


 主の名が誰なのかと、またしても敢えて質問に乗せなかったのは事を円滑に進めるためだ。


 何より今後の円滑なおつきあいを含めて、いらぬトラブルは起こさぬに限る。


「今出かけております。まあ、もうそろそろ戻ってくるかと」


 相手もまた事を察したのか、上手く返してくれた。


「三〇年前、この島は激戦区だった。展開していた統合軍の生存者いるの? あるいは第一次調査隊の隊員たちは?」


「……どちらも生存者はいません」


 統合軍の生存者はいない。


 総司令部がこの事実をどう受け止めるか、今は考えない。


 ただ遺留品があれば回収し証拠として提出しなければならなかった。


「これで最後。草薙博士と黒部博士は今どこに?」


「……………………………………記録によれば両名ともお亡くなりになっております」


 一拍の間に含みがあると今は考えない。


 では、誰が空母を超重力カーテンの外に出したのか、新たな謎が沸く。


「島の外から来たのですから、草薙博士が戦争で亡くなったのはご存じなのでは?」


 世界の頭脳、戦争で死すと、草薙博士の死亡は世界に衝撃を与えた。


 敵の放った流れ弾ならぬ流れミサイルによる死亡。


 かの天才も運の化学式は構築できなかったと嘆く者がいたほどだ。


「黒部博士もまた戦闘時における施設爆発に巻き込まれ死亡したとデータベースに記載されています」


 悪の科学者の最期は爆発に飲み込まれて消えるとあるが、フィクションではないようだ。


 と思っても私は口にも目にも出さなかった。


「ではこちらからも、ご質問をよろしいでしょうか?」


 答えてくれたのだから、今度は私が答えるのは道理だ。


「あなた方は島を包む超重力、ケ……ごほん、カーテンをどのような技術で突破したのでしょうか?」


 当然の質問が来た。


 超重力緩和ユニットは軍事機密中の機密なのだが、このオルゴノイドを草薙博士或いは黒部博士に関係あると女の勘で踏んだ私率直に打ち明ける。


「なるほど、空母に設計図ですか……」


 いぶかしむようにミィビィが人間臭く首を傾げたのと、医療室が揺れたのは同時だった。


「な、何地震!」


「いえ、違います」


 冷静に私の発言を否定するミィビィは両目を瞬きするように発光させた。


「あの二人はまた性懲りもせず!」


 人間のように毒づいたミィビィは、私を放置する形で室外へ飛び出していた。


「あ、ちょっと待って!」


 私はミィビィの動作から外部情報を入手したと読む。


 追いかけようした私はテーブルに置かれていた装備品――記録用の小型カメラを発見するなり掴み取る。

 

 あの苛立ち様からして恒例となったトラブルが起こったのだと安易に類推できた。


 同時、あれほど各関節を動かしているのに一切の稼働音がしない静粛性に舌を巻く。


「ここって……」


 医務室を一歩飛び出た私の視界に映ったのは、四方を金属で囲まれた通路だった。


 さながら軍艦の中、と思わせる無機質な内装。


 右に曲がるミィビィの背を見つけて後を追えば、エレベーターに乗り込もうとしていた。


「私も連れてって!」


 今まさに閉じんとするエレベーターに私は飛び込んだ。


 機械だから、ではないがミィビィは注意の音声を漏らさず、無言で上昇ボタンを押す。


「……まあ、あれこれ撮影するのは構いませんが、こちらの邪魔だけはしないでくださいね」


 左耳に装着する小型カメラを見たミィビィから釘を刺されるも許可が出たのは朗報である。


 この手の施設は機密保持の関係上、撮影禁止が普通だ。


 軍事施設周辺で撮影しようならば、良くて拘束による尋問、悪くて銃殺である。


 調査が本来の目的だからこそ、まず私の置かれた現状を確認する必要があった。

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