第6話 雷嵐の蹂躙

 あの白い手は何?


 あの雷は? あの嵐は?

 

 私は状況を把握せんと動くだけで精一杯だった。



 暴風と落雷響く草原に迫る人影が二つ。


 迫る人影に向けて星が幾重にも煌めいては消えていく。


 星の正体は兵士たちが構えるアサルトライフルのマズルフラッシュ。

 

 暗き草原を照らす刹那の閃光は竜巻と稲妻により蹂躙され潰えていく。


 静寂な空間は一瞬にして、雷と嵐の空間に変貌していた。


「くっそ、なんだあいつら!」


「弾が、当たらないだと!」


 苛立ち叫ぶ兵士たちの声がはっきりと私には聞こえていた。


 構えるアサルトライフルから銃弾が放たれようと、二人の侵入者に一発も当たりはしない。


 何故なら、ターゲットに直撃する寸前、銃弾が意志を持つかのように弾道を逸らしているからだ。


 いや、弾かれている、が正しいかもしれない。


(まさかライデンフロスト現象?)


 熱したフライパンに水滴を落とした際に発生するコロコロ・ジュのあれだ。


 いくら銃弾を放とうと無駄弾となり、兵たちの足下に空薬莢が増え続ける。


 侵入者の数は減らず、兵の数が減らされていた。


「な、なんだ、こいつら、があああっ!」


「くっそが!」


 ある兵士は地を走る稲妻に身体を両断され焼失した。


 またある兵士は頭上より降り注ぐ竜巻に四肢を切り刻まれ、微塵も残さず消え失せた。


 なんなのよ、あれは!


 誰もが理解できぬまま絶命していく瞬間を私は見せつけられる。


「作戦本部、侵入者二名を止められず、オルゴノイドの救援を要、せ、があああっ!」


 最後まで言い終えることなく、雷に打たれてまた一人絶命した。


 吹き荒む嵐が歩行を阻害しようと、私ユウミは命からがら輸送機までどうにか辿り着いた。


 部下たちはどうなった? 作戦本部は?

 

 腕時計型端末で呼びかけようとノイズばかりで繋がらない。


「な、なんなのよ、あれ!」


 未知なる恐怖が足を震えさせる。


 確かに私は軍人だ。


 けれど技術者寄りであり、戦闘訓練は必要最低限しか受けていない。


 いざという時に銃の引き金を引く覚悟を教え込まれようと、突発的な出来事に対処に長けた兵士ではない。


 これが機械のトラブルなら対処できたけど……それはただの言い訳だ!


「ああ、もうなんで無線が通じないの! 妨害されているの?」


 私は何度も何度も腕時計型端末で部下たちに呼びかけようと、応答はノイズだ。


「きゃっ!」


 稲光が空を覆ったと同時、落下してきた物体が輸送機の左翼に激突、へし折ってしまう。


 落下物の正体は移動用のジープだった。


「これじゃ……飛べない」


 機械知識に長けているからこそ、輸送機の損壊が更なる絶望を私に知らしめる。


 設備があれば話は別だが、補給路が確保されていない地において、エンジンと翼を潰された輸送機はただの鉄塊だ。


「オルゴノイド出るぞ、前を開けろ!」


 輸送機のカーゴハッチが開かれ、全長五メートルにも満たない人型機動兵器が緊急出撃しようとしていた。


 一見して戦車を人型に鋳造し直したような外見が特徴の搭乗機械。


 硬い装甲に、大火力武器を難なく携行し使用できる性能。


 人間のように器用に可動する五指。


 荒れ地を走破するため脚部裏には戦車でお馴染みの履板があることから、人型戦車の異名を持つ。


 オルゴニウムを動力源としているため、機体の小型化と出力向上に一役立っており、オルゴニウム抜きで同性能の人型機動兵器を製造しようならば、二〇メートル級のデカブツができあがってしまうほど。


 戦車が元であるため、乗り心地も継承されている一方で、改良されたオペレーティングシステムにより、本来の戦車運用に必要な四名・車輌指揮の車長・操縦を行う操縦手・主砲を照準し射撃を行う砲手・砲弾の装填を行う装填手を全て一名で行える。


 並び立つように出撃した機体は四。


 各々が戦車並の火砲を携え、竜巻と雷の中を足裏の履板を唸らせながら、装甲に物を言わせて突撃する。


 蹂躙を繰り返す侵入者二人に向けて携えた火砲を発射した。


「くっ!」


 私は咄嗟に身を屈めては、轟く砲声に耳を塞いで口を開いていた。


 砲撃により生じた衝撃波が私の身体を激しく打ち付ける。


 オルゴノイド四機による一斉砲火。


 ただの人間に火砲の使用は大問題だろうと、櫛を折るように統合軍兵士を蹂躙する光景を見せつけられれば使用はやむを得ない。


「やったの!」


 渦巻く竜巻が着弾により生じた爆炎を吹き飛ばしていく。


 風圧と稲光が増したのを肌で感じた私は輸送機の壁面にしがみつく様で戦局をのぞき見ていた。


 爆炎が揺らめいた時、オルゴノイドの筐体が木の葉のように宙を舞う。


「な、なんなのよ、あれは!」


 オルゴノイド四機が竜巻の轟音に負けず圧壊音を響かせながら潰されていく。


 脱出することすらままならず、ただの鉄塊として落雷に焼かれていた。


「おい、次を出せ! 後がつかえて出られないだろう!」


「さっきジープが落ちてきた衝撃でパイロットが負傷した! この機体は出せないぞ!」


 輸送機の中から怒号が響く。


 私は震える足に喝を入れれば、開かれたハッチから格納庫に乗り込んでいた。


「おい、紙谷中尉! あんたなにする気だ!」


「なにって、迎撃に決まっているでしょうが!」


 顔見知りの整備兵が私の行動に気づいて制止しようとするがもう遅い。


「有人操縦の免許は取得しているんだから問題ないわ!」


 オルゴノイドの一機が頭部を前方に倒してコクピットハッチを露出させている。


 私は制止する整備兵を避けては、その一機に飛び込んだ。


「とはいったものの、実戦は始めてなんだけど!」


 搭乗するなり私は即座にコクピットハッチを閉じる。


 私は緊張した趣でシートベルトで身体を固定しながら、前面のタッチパネルに指を走らせる。


 起動待機中だからこそ、左右のコンソールから延びる操縦桿を握りしめ緊張を誤魔化した。


 改良に改良が重ねられた操縦システムは、誰が乗っても操縦しやすいよう調整が施されている。


 だから私のようなペーパーでも操縦することができた。


「ペーパーだろうと台座の代わりにはなるでしょう!」


 私は機体に張り付いて制止しようとする整備兵に向けて、オープン会話で怒鳴り飛ばす。


 観念して離れたのを確認すれば、武器コンテナから速射による面制圧を重視したミニガンを機械の五指で掴み取った。


 複数の銃身を束ね、モーターで高速回転させて弾薬を送り込むタイプの銃火器だ。


「紙谷ユウミ中尉、緊急発進します!」


 ペダルを深く踏み込み、加速Gでシートベルトを身体に食いこませながら、私搭乗オルゴノイドは輸送機を飛び出していた。


「さあ、来るなら来なさい! 蜂の巣にしてやるんだから!」


 初めての実戦に高揚するほど私は子供ではない。


 機体に搭乗したのも銃火器を構えたのも死にたくないからだ。


 生きたいからだ!


 両手で携えたミニガンの照準をメインモニター越しに映しながら目視による索敵を行う。


 竜巻か、稲妻かの影響かはさておき、有視界センサ以外使い物にならない。


「いた! 正面!」


 あろうことか、侵入者二人は歩くような速さでこちらに接近している。


 距離は一キロメートル。


 面制圧に重視したミニガンであろうと、この距離ながら放てば当たる。


「何者か知らないけど、好き勝手に暴れ過ぎなのよ!」


 不用意な接近は自殺行為に繋がりかねない。


 私は操縦桿のスイッチカバーを親指で弾き、ミニガンの安全装置を解除、機械の指を引き金に添えてターゲットに照準を合わせた。


 ターゲットの歩行速度に変化なく、ミニガンは円形に並べられた銃身を唸らせ無数のビーム弾を吐き出していた。


「ってこれ、ビームなの!」


 近場にあった武器を掴んだからこそ、コクピット内の私は発射反動よる振動に身体を揺らされながら心を揺らされる。


 だろうと、気を引き締めては操縦桿を今一度強く握りしめる。


 暗闇を駆ける無数の閃光は収まらず、吸い寄せられるようにターゲットに命中する。


 一分で約八〇〇〇発の弾幕を生身の人間が受ければ肉片すら残らない。


 厚き戦車の装甲すらフレーム残さず撃ち貫く速射威力に恐れ慄け侵入者!


「な、なんでよ!」


 確実に命中したビームの驟雨が水飛沫のように飛散している。


 原因は、ビームの驟雨を受けながら真っ正面から迫る二つの影。


 不可視の壁でもあるのか、ビームの群れは飛散粒子として草原を焦がしている。


「ちょ、直撃のはずよ! なんで、止まらないの!」


 ビームであって実体弾じゃない!


 熱量を持って金属弾を弾くのだとしてもビームが飛散する原因がさっぱり分からない!


 ミニガンはなおビームの群を吐き続ける。


 侵入者二人は歩く速度を徐々に上げて駆け足となる。


「来るな、来るなっ!」

 

 私はコクピットの中で恐怖のあまり叫ぶ。


 無我夢中でミニガンを放ち続けようと進軍は止まらない。


「きゃああああっ!」


 正面モニターに稲光が走ったと同時、ミニガン持つ機械腕が両断されて宙を舞う。


 間髪入れず脚部が揃って吹き飛び、コンソールから青白いプラズマが走る。


 後方に倒れ込む慣性を肉体が感じた時には私搭乗のオルゴノイドは達磨となっていた。


「ひっ!」


 メインモニターに人影が映るなり、私は恐怖のあまり両腕で顔を覆ってしまう。


『むっ――汚染率0%だと! おい聞こえるか!』


 接触通信で年若い声がコクピット内に響く。


 この声はサルベージデータにあった声の一つだ!


『一〇数えるまでに脱出しろ! じゃないとコクピットを潰すぞ!』


 ただの脅しではないと、戦い慣れした声が私に強制脱出用ハンドルを引っ張らせる。


『一の一〇!』


 搭乗オルゴノイドの頭部が爆発ボルトで吹き飛び、中のコクピットブロックが射出された。


 同時、目映き雷光が搭乗機に風穴を開ける。


 というか、一〇数えるまで言っておきながらいきなり一〇とか子供か!


「ぐっ、ぐううっ!」


 地面と水平にコクピットブロックが射出されたことで横転する衝撃に中の私は悶えていた。


 ただただこの瞬間が終わるのを願った。


 シートベルトで身体を固定していようと、生じた衝撃は強く、揺さぶられた意識は朦朧とする。


「う、歌?」


 意識が失われる寸前、可憐な歌声が私の鼓膜を震わせた。




「さ~て、片づけたのはいいが、こいつらどうする?」

「汚染率0%じゃ、殺す理由がないしね」

「そのままお帰り頂くのは面倒だし、放置しておくと汚染するからクッソ面倒! よし、ぶっ殺しとくか?」

「まあそれが手っ取り早いよね。誤射ってことにしとけば……はい、うるさい通信と――あ~はいはい、分かった分かった」

「あ~なんだって~?」

「例の緩和ユニットを今度こそ回収して帰ってこいってさ。ついでにこいつらもね。帰投の暁には次なる出撃を約束するってよ」

「ま~た出撃かよ! 俺様に有給寄こせ!」

「そうだ、そうだ! 僕たちは機械でも社畜でもないぞ!」

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