第5話 雷嵐の前の静けさ

 私は足早に本部テントに急いでいた。


 無意識に険しい顔をしていたのと銃声響いたテントにいたことも重なってか、すれ違う兵たちの誰もが足を止めて私を凝視している。


 中には事情を問いたださんとする者もいるが、普段浮かべぬ表情により躊躇していた。


 ふとあるテント前を通りかった時、布越しに声が聞こえてきた。


 ああ、確かこのテントは野外病院だ。


 中には保護した第一次調査隊メンバーがいるテントのはずだ。



「ひ、奴らが、奴らが来る!」


 悲壮な叫びがテントから響くなり、ゾクリとした怖気が私の足を縫い留めた。


 ただの叫びのはずだ。

 急がなければならないのに、どうして私の足は止まっている?


「大丈夫だって。さっきのは銃の暴発だって」


 軍医の声ではない。

 同僚か友かはさておき、その声は相手を落ち着かせようとしていた。


「そ、そう、なのか! そうなんだな!」


「ああ、だから落ち着け。ここは安全だから、今はゆっくり休んでいいんだぞ」


「あ、ああ、うん、そう、安全、か、うん、うん!」

 

 何度も何度も頷いた後、まるで付き物が落ちたかのように、安らかな声に戻っている。


「こういう時は音楽でも聴いて、気分変えようぜ」


 相手は陽気に笑いかけるような声であった。


「有給とって二人でよくアイドルのコンサートに行っただろう? もしお前と再会した時にさ、祝い歌として流そうと音楽プレイヤーにお前の好きな曲、容量限界まで詰め込んできたんだぜ」


 胸中が複雑なのは声音から安易に聞き取れる。


 第一次調査隊ただ一人の生存者。


 もちろん可能性はゼロではない。


 散り散りとなりどこかで生きている者もいるはずだ。


「う、歌?」


「そう、歌だ。お前の好きな歌、たっぷり詰め込んでいるぜ」


 音楽プレイヤーは携帯スピーカーと接続したのか、テントの外まで音楽が漏れ出している。


 この際の音漏れは救助者の精神を落ち着かせるために必要不可欠故、通り過ぎる誰もが黙過する。


 けれど何故だろう。


 気分を盛り上げる陽気なポップスのはずなのに、反比例して不安が私の中でこみ上げている。


 ここに立ち続けてはいけない。


 今すぐ動け、今すぐ行動しろ。備えろ!


 本能が警鐘を鳴らす。


 ――殺されるぞ!


「う、歌っ!」


「えっ!」


 陽気な歌声を突き破るようにテント側面からが飛び出し、鮮血に染まっている。


 私は一瞬だけ理解が追い付かなかった。


 テントの裂け目より覗くのは保護した隊員が兵士の胸部をその右手で貫いているあり得ぬ光景。


 いやいや、生身で貫けるなんて漫画か!


「歌、歌、歌あああああああああああっ!」


 男の叫びは頭上から直撃する落雷により消失する。


「きゃっ!」


 私の身体は落雷の衝撃にて弾き出され、草原たる天然のクッションに受け止められる。


 テントは中にいた人間共々消失し、焦げ跡が落雷の威力を物がっている。


 もう少しテント近くにいれば私もまた落雷に巻き込まれ、死んでいた。


 全身に走る怖気と痛みに苦悶していた時、耳鳴りが響き、視界が夜空で渦巻く雲を映し出した。


「雷と、嵐……?」


 保護した兵がうわ言のように繰り返していた言葉が脳裏を走る。


 第六感が警鐘付きで鳴らす。


「まさか敵の襲撃!」


 既にキャンプ地には落雷と竜巻が吹き荒れていた。



「汚染度七三%、こりゃどいつもこいつも手遅れだな」

「そのまま楽にしてあげよう」

「おうよ、せめてもの慈悲だ。別に暴れる口実じゃねえぞ」

「誰も聞いてないし、言ってないよ」

「目は言っているがな」

「はいはい」

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