第4話 メーデー! メーデー!

 発見は私にとっても、誰にとっても蒼天の霹靂だ。


 消息不明の第一次調査隊のメンバーが早速発見された。


 保護されたのは二〇代男性。

 所属は火砲による支援攻撃を行う砲兵部隊。


 保護された当時は心神耗弱が激しく、会話困難でドッグタグもないことから身元を把握できなかったが、ライブラリに登録された生体認証バイオメトリクスが見事に一致したことで身元が判明した。


「保護された第一調査隊隊員の話、聞きましたか、紙谷中尉」


「まあ、それなりにね」


 工具片手に損壊した端末を慎重に解体する私は投げやり気味に返す。


 輸送機より運び出した解析機材を狭いテント内に所狭しと並べたお陰で、電源コードが木の根のように広がり足の踏み場がない。


 頼むから動き回ってコードに足ひっかけないでよ。


「未知が溢れる世界で如何にして生き残ったか興味はあるわ」


 保護された隊員は衰弱と心神喪失が激しく、今なおまともな会話が行えない。


 ただ譫言のように、虚ろな目でと繰り返すだけだ。


 一人助かった理由を調査するため、件の隊員が身につけていた腕時計型端末の解析命令が私たちの小隊に回ってきた。


 曰く『紙谷中尉なら見事にやってのけるでしょう』と隊長のお墨付きである。


 その腕に全幅の信頼と期待を寄せられるのに悪い気はしない。


 ただ、事の真相の手がかりとなるが故に、各小隊長たちが無言で放つプレッシャーは自制して欲しいものだ。


「ん~これは酷いわね」


 黒焦げたカバーを工具で剥がして内蔵機器を確認するも、惨状に私は顔をしかめるしかない。


 回路は高圧電流がかかったかのように焼き切れ、焦げ付いていいた。


 データを保存する記憶媒体部も同様の有様であり、上に悪いがデータ復元は望み薄だろう。


「まあ、やるだけやってみるけど」


 剥離工具を決意新たに握りしめる私は、あれやこれやと慎重な手つきで記憶媒体の取り外しに成功する。


「流石です、紙谷中尉」


「どうも」


 慎重と精密さを必要とする作業をものの数分で終わらせる上官の姿に感銘を受けたのか、部下から賞賛が飛ぶ。


「いったい、どれほどの電圧を受ければここまで焦げるのかしらね?」


 私は技官として損傷具合に疑問を抱く。


 統合軍正式採用の腕時計型端末は軍用故に過酷な環境下での使用に問題ないよう過剰なまでの運用テストが行われ、実用にこぎつけている。


 爆発物の耐久テストにおいて、人間の耐久度を模倣したダミー人形が木っ端微塵に吹き飛ぼうと、腕時計型端末が無傷のまま残り問題なく動作していた話は技術者の間で有名な話である。


 なにより設計・開発は黒部・草薙の二博士であるからこそ、安価でありながら性能は規格外までに折り紙付きであった。


「とりあえず、覗けるなら覗いてみますか」


 私は左手を動かしてキータイピングの音を奏で出す。


 不幸中の幸いにも記憶領域に物理接続する部位が一部だけ残っていた。


 中のデータが電子的に死んでいなければ回収できるはずだ。


「よし、これなら!」


 データサルベージ準備完了との文字がディスプレイに映る。


 ほんの一拍置いて、記憶領域から据え置きの端末へとデータの吸い出しが開始された。


 後は組み込まれた復元システムがサルベージデータを自動修復してくれる。


 そしてディスプレイに映像が再生されるなり、私たち小隊全員、食い入るように視線を集中させた。



「メーデー! メーデー! 統合軍総司令部、応答! 応答してくれ!」


 銃声と爆音をバックコーラスに、作戦指揮官は通信機を片手に救援を求めていた。


(この顔、第一次調査隊の隊長!)


 出立前の重要資料として目を通したからはっきりと分かる。


 どうやらサルベージデータは襲撃時の映像を保存していたようだ。


 厳つい顔から血の気が失せては脂汗が止まらず、通信機掴む手は震え続けている。


「メーデー! メーデー!」


 何度呼びかけようと返答はノイズばかり。


 作戦指揮官は呼びかけながら、何故こうなった、なにがどうなっていると震える声で自問を繰り返している。


 映像に映る兵士たちの口からもまた呪詛の如く言葉が漏れる。


 ただ調査と回収任務のはずだ。


 蓋を開ければ襲撃による交戦、奇襲による交戦。


 爆発物でまとめて削りとるように兵は瞬く間に減らされた。

 

 殺されたあいつは今度結婚する予定だったんだぞ。


 あいつは子供が生まれるはずだったんだ。


 なんでジジジ――いるんだ。あいつら人間じゃねえ。


(映像を見る限り、生存者は五名も満たないようね)


 総司令部より預かった一個師団の部隊は小隊すら組めぬほど激減している。


 それでも預かった身としてか、残存兵をまとめあげ、撤退に次ぐ撤退を繰り返し、どうにか存命できたのは優れた指揮の賜物だろう。

 

 映像に走るノイズは悲鳴の合図。


 唐突に降り注ぐ稲妻の滝。


 立つことさえままならぬ暴風の叫び。


 稲妻と暴風は残存部隊を絶望と滅亡に追い込んでいく。


「応答、応答してくれ!」


 生存を願う叫びはどこにも届かない。


 ただ近づいてくるのは絶望。


 銃声と爆音は時が経過する度に量が下がり、反比例して足音が二つ近づいている。


「く、来るな、来るな、来るなあああああああっ!」


 作戦指揮官は部隊を壊滅させた諸悪の根元に絶叫する。


 腰元から拳銃を抜かんと指を動かした時には胸部に風穴が開いていた。


「め、めーで、めー、で……」


 譫言を繰り返しながら作戦指揮官は仰向けに倒れ、物言わぬ死体となった。

 

 ここで映像は途切れノイズだらけとなる。


 ただし音声は途切れていなかった。


「ったく、よ~やくぶっ潰せたか」

「この部隊の指揮官の頭はまともでいたから、撤退指揮が上手かったな、今後の殲滅の参考にしよう」

 

 ノイズにより声の詳細は判別できずとも、言葉遣いに一〇代特有の癖があった。


 要はイキっているのだ。


 けど、この声、いや言語はどう聞いても……。


「ったく、シケたもんしか持ってねえな」

「そりゃ潰しては追いつめ、追い詰めては潰したからね、まともな物資が残っているなんて期待するだけ無駄だって」


 音声もまたついに途切れた。



「なによ、これ……」

 職務上閲覧せねばならぬとはいえ、再生された映像に私は絶句する。


 何よりショックなのは第一次調査隊の襲撃者が発する言語だ。


「日本語、だったわね……」


 耳に間違いがなければ。


「ええ、自分もこの耳でしかと聞きました」


「ドラゴンよりもヤバイのがいるのは確かなようね」


 危険なのはドラゴンという原生生物ではなく、未知の言語を持つ原住民でもない。


 銃火器を操り、部隊を壊滅させるに至る危ない人間が二人以上いる。


 言葉が通じるのは、これ幸いだとお気楽な私ではない。

 

 壊滅させられた時点で災いでしかないのだ。


「作戦本部に緊急連絡!」


 私はすぐさま緊急案件として腕時計型端末で通信を入れた。


 ノイズが走ったのは、今まさに本部と繋がりかけたその時である。


「え?」


 青白い光がディスプレイに走った直後、サルベージしたデータが喪失した。


「う、嘘、折角のデータが!」


 ミスなど微塵もなかったはずよ!

 私はディスプレイを掴めば泣き出さん勢いで揺らす。


 部下の困惑する視線で我に返った時、違和感に気づいた。


「なにこれ、サルベージデータだけじゃなく、復元システムまで消えて、る――総員配置につけ! システム確認! 侵入されてるわよ!」


 顔を引き締めた私は声音鋭利に指示を飛ばす。


 泣き言は後! 電子の世界からの襲撃よ!


「誰が、なんて後にして!」


「中尉、止まりません!」


「泣き言言う暇あるなら手を考えなさい!」


 防壁、対侵入用ウィルスが意味を全く為さない。


 侵入者はよほどの自信があるのか、防壁があろうと猪突猛進に突き進み、内部システム破壊を繰り返している。


 絶対などないとはいえ、統合軍正式採用のシステムOSはあの二博士製だ。

 強固な性能を持つはずが、侵入を防ぎ切れていない。


「シャットダウンコマンド!」


 システムにダメージは残るが、確実に侵入を阻止するにはシステムそのものを断つのが確実だ。


「シャットダウンコマンド開始――ダメです。拒否されます!」


「くっ、そこまで侵入しているというの――なら!」


 システム断てぬ苛立ちを歯噛みした私は、新たな指示を唾と共に飛ばす。


「電源ケーブルを遮断!」


「遮断します!」


 部下の一人が電源ケーブルを掴めば、綱引きよろしくの格好で力任せに引き抜いた。


「これで――どうしてよ!」


 私はあり得ぬ現象に叫ぶ。


 端末は稼働し、侵入を受け続けている。


 供給源が絶たれた以上、稼働し続けるなど異常である。


 電力無線供給のハードウェアは搭載されていない。


「こうなったら!」


 正真正銘、最後の手段よ!


 私は苛立ちを隠そうとせず、腰元に手をやった。


 復元データは侵入により既に喪失している。


 けど、脳の記憶には残っている。


 報告書製作に手間がかかろうと、損得と現状を考えろ!


 これ以上の侵入を絶対に防ぐ方法はたった一つ!


「ちゅ、中尉!」


 私は部下が止める間もなく、拳銃で端末を打ち抜いていた。


 銃声が二度、テント内に響き、硝煙の匂いが鼻につく。


(この音と匂いはあまり好きじゃないわね)


 潤滑油の匂いやモーターの駆動音が好きなのは技術者の性だ。


 端末本体には二つの銃痕が刻まれ、機能を停止している。


 侵入を確実に防ぐには物理破壊が的確なのだ。


「あ~あ~やっちまった!」


「しかも、回収した記憶媒体もぶっ飛っとんじまってる!」


「緊急事態よ!」


 握った拳銃の安全装置を慎重にかけながら私は顔面蒼白の部下に言い含める。


 技術士官であろうと、自衛のために持たされた銃器と実包が役に立った。


「さてと、ちょっと行ってくるわ」


「ど、どこにですか!」


「本部に事情を説明するのは当然でしょ?」


 通信を開きたくとも調子が悪いのかノイズが走る。


 このノイズが私の背筋に薄ら寒さの微電流を流させる。


 嵐の前の静けさというべきか、襲撃者がすぐ側まで迫っているような不安があった。


 十中八九、先のハッキングも――


「それと襲撃があるかもしれないわ。総員、装備をまとめておきなさい!」


「了解しました!」


 謎の襲撃者が私たちのアクションに気づいて行動を起こすはずだ。


 これはもう勘だ。


 生きろと叫ぶ人間の意志だ。


 幸いにも本部テントは目と鼻の先、直に報告すればいい。


 状況が状況により、すぐ隊長たちは迎撃に動くはずだ。


「なんでわざわざ手の込んだハッキングなんてしたのかしら?」


 物理的ではなく、電子的な襲撃。


 映像の閲覧阻止ならばテントに砲弾をぶち込めば軽く片が付くはずだ。


 それならば記録と記憶、まとめて処理できる。


 ええい、考えるの後!


 次のアクションまで間があるはずだと、私は急ぎ足で本部テントに向かう。


 今は事の顛末を報告する――それが映像を閲覧した私の義務だ。

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