第3話 発見・骨と空き缶

「では調査隊の報告を聞きましょうか」


 野営地に設営された一際大きな天幕は作戦本部である。

 今この中で、周辺地域を調査した小隊長の報告が行われようとしていた。

 均等に並べられたパイプ椅子には各隊の士官が集い、私も士官の一人して参加していた。


「はい、周辺を調査しましたが、一言でここは異常です」


 時間停止を筆頭に異常なのは誰もが把握している。


 お陰で作戦行動に支障をきたす弊害を抱える羽目となった。


 幸いにも端末をマニュアルモードで起動すれば時間経過は把握できた。


 正確な時数は測れずとも背に腹は代えられない。


 問題はここがどこなのか――の詳細なる情報である。


「我々は黒薙島に向かっているはずでした。ですが、気づけば、小さな太陽が三つもある不可解な世界にいます。大気や河川の成分に異常はありません。水質に至れば検査の結果、飲料は可能です。草木などの植物は確認できましたが、地球上の存在するあらゆる種類と符合せず、また野生動物の姿は痕跡すらありません。ですが――」


 報告を聞きながら私は別方向に思考を向ける。


 まさか創作物によくある異世界オチじゃないのだろうか?


 実家の家業を継ぐと除隊したかつての部下が、その手のオカルト話が大好きで、うんざりするほど聞かされていたけど、私ユウミは生粋の技術者故、爪の先ほど信じなかった。


 超常現象やオカルトなど娯楽の一環として楽しむものだ。


 だけど、太陽が三つもあるのを目撃すれば、あり得る現実だと痛感せざるを得ない。


(今は情報を収集し現状把握に努めること。ここがどこかは結論で考える)


 私が強く思索を打ち切ったと同時、会議の空気が張りつめる。


 どうやら本命登場のようだ。


「隊長の指示により岸壁を調査したところ、頂上部にて二つの発見がありました。まずその一つをスクリーンに出します」


 スクリーンに爬虫類を思わせる白骨化した巨大生物の姿が映し出されるなり、誰もがどよめいた。


(ど、ドラゴン、なの!)


 私は一瞬だけ恐竜の化石だと思った。


 けれど、骨は真っ白で、鈍色をした化石とは違う。


 さらに恐竜ではない決定的な違いは、背面――肩甲骨辺りより飛び出た骨が蝙蝠のような翼の形をしている点だ。


 西洋竜のような形をした巨大生物の骨。


 計測では頭の先から尾を含めて一二〇メートルある。


 右腕の骨が異様なまでに肥大化し、左腕の骨と比較して優に五倍の太さがあった。


 よくよく目を凝らせば頭蓋骨に貫通痕がある。

 何が貫いたかはさておき、それが死因なのだろう。


「恐竜の化石と思えば、骨格そのものがカルシウムであり、計測では死後三〇年経過していると判明しました」


 計測機器を用いれば生物に含まれる炭素の減少具合により、死亡時期を割り出すのは容易い。


 考古学は専門外だが、確か生物が化石化するのは、え~っとなんだっけ……そうそう、死んだ生物の上に礫や砂・泥や鉱物・生物遺骸・火山灰などが長い歳月をかけ積み重なってできた積層物の重みにより、骨が石のように固められできたのが化石、のはず!


 現状を見る限りあの場で死亡し、腐敗にて骨だけが残った。


 そして調査隊が発見した。


「おいおい、ドラゴンなんてここはファンタジーなのかよ?」


 士官の誰かが現状の飛躍さに思わず口を滑らせる。


 失言だと慌てて口を閉じようと、放たれた弾丸の如く発言は取り消せない。


「ん~確かにドラゴンなど精々映画とか漫画の世界ですよね」


 隊長は特に注意することなくただ賛同するように口を開く。


「サンプルは回収しているそうですから詳しい解析待ちとして、次の発見の報告をお願いします」


 ドラゴンが実在しているのならば大発見である。

 生物学者たちが大喜びしそうだ。


(けど黒薙島にドラゴン型のオルゴノイドがいた資料はあっても、生ドラゴンがいたって資料はなかったはずよ)


 夏場の黒きGではないが、生ドラゴンの存在も否定できなくなった。


 コミュニケーションがとれれば、この異常な地を把握できる近道となるだろう。


 ただし餌と見なされれば交戦は避けられない。


 特に任務上、邂逅する確率の高い各小隊長たちの横顔は緊張に染まっている。


(ドラゴンに重火器とか通じるのかしら?)


 万が一の抗戦を想定して、私は素朴な疑問を抱くも撃って確かめるしかないと早々に打ち切った。


「そしてもう一つの発見がこれです」


 スクリーンの映像は切り替わり、二つの空き缶が投影される。

 

 ただの空き缶ではない――私を含め隊員の誰もが表情を険しく引き締めた。


「刻印された製造番号から統合軍支給の缶詰であることが確認されました。また製造番号を元にデータベースに検索をかけた結果、この缶詰は第一次調査隊に支給された物です」


 痕跡の発見は第一次調査隊の安否を辿る重要な材料となる。


「内容物は二つとも鯖の水煮。缶の残留物を調査した結果、開封して一日経過していることが判明しています」


 調査隊のさらなる報告に会議の場はどよめき、鎮まりを見せない。


 つまり安否不明である第一次調査隊に生存者がいる可能性だ。


「はいはい、みなさんお静かに。まだ会議の途中ですよ」


 手の平を叩きながら隊長は興奮を抑えきれぬ部下たちをたしなめている。

 隊長とて興奮しているのは同じだが、部下の手前、悪手は見せられないようだ。


 けど、口端に喜びを隠しきれていませんよ。

 と、口が裂けても私は敢えて指摘しなかった。


 沈黙は金――なのは時代が変わろうと不変なのだ。


「というわけで我々第二次調査隊は、岸壁を中心とした調査を行いたいと思います。ですので、今より編成会議を開始します」


 隊長から各士官の端末に送信される編成表を確認した私は一つの疑問を走らせる。


 仮に第一調査隊の生存者だとしても、何故、輸送機というデカブツを目撃した時点で接触を取らなかったのか?


 野生動物どころか原住民すら存在を確認できぬ中、草原に現れた記憶ある機種に接触を取らないのは疑問である。


 ならあの時感じた視線は別の何か?


「報告します!」


 私の思索を打ち切るのは血相を変えて会議の場に駆け込んできた兵士だ。


「おや、どうしましたか?」


 誰もが突然現れた兵士に険しい視線を集わせる中、隊長は柔和な顔を崩すことなく、当然の報告を求めていた。


「だ、第一次調査隊と思われる隊員を一名、ほ、保護しました!」


 会議の場にいる誰もが緊張の稲妻を走らせた。


 緊張が鎮まる日はしばらく来ないだろうと、私は女の勘で薄々感じていた。


 その勘が現実となり痛感することになるのはほんの少し後だ。




「分かった分かった。ゴミはしっかり持ち帰るから、そう怒らないでよ」

「ん~なんだって?」

「カンカンのご立腹。缶詰をポイ捨てるなってさ。これは戻り次第、雷とゲンコツが飛ぶよ」

「おうおう、落とす側が落とされるとは皮肉なこった」

「あれは君がしとめ損ねた個体だろう」

「さ~てね、鯖の味噌煮の味は覚えている俺様だが、細切れにした敵の顔なんて覚えてないね」

「なら今度は新しく来た奴ら一〇〇人共々一匹残さず殲滅しないとね」

「お残しは許しませんで~」

「ぎゃはははは、似てないよ、へたくそ~!」

「んだと俺様の迫真の演技をコケにしやがって、ぶっ殺すぞ?」

「あんっ! どこが迫真だよ。大根役者が滑っただけだろう?」


「「死ねやおらっ!」」

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