第2話 カーテンを抜けた先

「カーテンの先はどうなってんだろうな?」


「さてな、例のユニットつけた無人観測機を何度も飛ばしては戻って来るけど肝心なデータは何一つなし。どれも漏れなく落雷に遭ったか、ちぃと焦げていたそうだ。だから直接人の目で確かめる作戦になったんだろう」


 落雷に遭おうと無人観測機が帰投するならば御の字だろう。


 落雷一つでも島内の状況を把握できる重要なファクターとなるからだ。


 もっとも箱の中身は蓋を開けるまでわからないように、島に着くまで島の現状はわからない。


 有名なシュレディンガーの猫の話だ。


 科学を学ぶ者ならば、一度は話を聞いたことがあるだろう。


「中は案外、自立型オルゴノイドがひしめいていて、第一次調査隊はそれが原因で全滅していたとか」


 三〇年前、黒薙島は激戦区であった。

 破壊を免れたオルゴノイドが活動を続けていてもなんらおかしくはない。


 オルゴノイドは自立型・有人操作型に二分される。

 特に自立型は、オルゴニウムさえ補充できれば問題なく自立稼働を続けられるだろう。


 子供や成人男性サイズだろうと、一〇メートルを超える巨大であろうと、オルゴリアクターと呼ぶオルゴニウムを動力炉に組み込んだロボットは、オルゴノイドであると国際標準規格により定められている。


 頭部がなかろうと、下半身が戦車だろうと、脚が蜘蛛のような多脚だろうと、オルゴリアクター搭載であるならば、オルゴノイドである。


 自立稼働型には所有許可書が、有人操縦方式には操縦免許証が必要とするのを交通条約により定められていた。


 専用機操縦を目標とする私もまた職務の合間に、操縦する機会のないオルゴノイドの操縦免許証を自前で取得していたりする。


 さて上官として部下たちに少し釘を刺しておくか。


「あなたたち、憶測で物を語らない。ヤマが外れでもしたら痛い目程度では済まないわよ」


 予測は大事だ。


 どう動くか、どう反応するか、仮説を立て、実証するための実験を重ねていく。


 だが、戦場にリハーサルはなく、失敗イコール死。


 戦場は実験室や演習場と違うのを彼らはまだ理解しきれていない。


 まあもっとも私もだけどね。


「し、失礼しました!」


 身を正して非礼を詫びる部下に私は敢えて顔を逸らしては何も言わなかった。


「重ねて失礼ですが、紙谷中尉はどうお考えですか?」


「着いてから考えるわ」


 素っ気ない返答は予想外なのか、部下は口を気まずそうに開いている。


 島がどうなっているからこそ、下手な考察は自殺行為。


 直に見て判断、行動する。


 上からの命令に行動するのは軍人の鉄則だが、臨機応変に行動するのもまた軍人だ。


「ん?」


 強風に煽られたのか、輸送機が揺れる。


 乱気流?


 いやこの場合、一際強い重力が輸送機に当たったが、適切だろう。


 そう思った瞬間、地震のような一際大きな揺れが襲う。

 

 ここで私は意識を強制的にブラックアウトさせられた。



「おっ、でけー鳥がやってきたぞ。堅そうだな鳥毛してんな、食えんのか?」

「原住民ボケは程々にしてよ。つきあう身にもなって」

「けどよ、中には美味いもんぎっしりだろうよ」

「まあ、変わっていれば食べ放題なのは確かだね」

「ついでに撃ち放題もだ」



「っ、ううっ、ここは……」

 薄暗い機内で私は意識を取り戻した。


 頭部に走る疼痛に顔をしかめつつ、軍人としての本能が状況を把握しようとシートから身体を立ち上がらせようとする。


「げほげほっ!」


 立ち上がろうとした私は身体を固定するシートベルトを外し忘れたことで胸元に食い込むのを許し、せき込んでしまった。


『はい、総員起きてください。起きてない人は起きている人が起こしてください。第二種戦闘配備ですよ!』


 機内放送で響く隊長の声が覚醒の呼び水となり、隊員の誰もが意識を取り戻していく。


『第一から第四小隊は装備チェック後、状況確認を行います。第一から第三整備班は機内の機材チェックを行ってください』


 淡々と指示を出す隊長に耳を傾ける私は身体に慣性を感じていないことを知る。


 つまりこの輸送機は今現在飛行していない。


「各員、自分の装備を確認後、作業に入るわよ!」


 技術士官として作戦に参加しているからこそ、私は己の役割を忘れない。


「既に完了しています!」


 行動の早いできる部下たちを持って私は幸せだ。



「お、出てきた出てきた。ゾロゾロと言うほどだが、前回を比べて少ないな」

「派遣する人員の予算をケチって削ったか、それとも損耗を抑えるために少数精鋭に変えたか」

「そりゃ後者だろうよ。おうおう、見てみろ。こりゃスゲーヤベーぞ」

「どれどれ、お~確かに、これはヤベーでスゲーな。語彙力失うほどビックときた」



「なによ、これ?」

 ハッチから輸送機の外に出た私は広がる光景に絶句する。


 ブーツが踏み締めるのは広大な草原、見上げる空は真冬のゲレンデのように白く、天に輝くのは小さな三つの太陽、眼前に広がるのは鬱蒼とした森林、波のように棚引く樹木の群を見渡すように眺めていけば、飛沫上げる滝を遠目で発見する。


「た、滝? ちょっと待って、黒薙島に滝なんて資料ないはずよ!」


 脳内に焼き付けた黒薙島の地形と視界より入る光景が一致せず、私は思考にバグを起こしかける。

 

「ここは黒薙島の、はずよ」

 

 黒薙島は、草と岩の台地しかない無人島のはずだ。


 我に返った私はすぐに腕時計型端末で現在座標をチェックする。


「GPSの信号を確認できないですって!」


 GPSは人工衛星と通信することで現在地を掌握するシステムだ。


 統合軍御用達の端末はミリ単位で現在地を示す優れもののはずが正常に作動していない。


 原因は人工衛星と通信が途絶したから。


 妨害電波? それとも端末の故障?


 それどころか、目を見張るのは時計の秒針が超重力カーテンに突入した時刻のまま停止していることだ。


 すぐさまエラーチェックをするも何一つひっかからない。


 腕時計型端末より各隊員の声が流れていることから、通信機能は生きているようだ。


 ただ何よりも私の心象を乱すのは草原に鎮座する輸送機だ。


「私たちは飛行中の輸送機の中にいたはずよ。なのに、どうして……?」


 草原には不時着した際に生じる轍が一つもない。

 輸送機もまた機体底部に擦過傷らしき傷が一つもなく、まるで割れやすい置物を優しく置いたように着陸していた。


「ま、まずはエンジンチェック。コックピット、こちら紙谷中尉です。間違ってもエンジンを噴かないでください」


 周辺状況を確認するのは別小隊の任務であり、私たちの任務は輸送機の損壊チェックだ。


 どう着陸したかの謎はひとまず置いておく。

 ただブーツ裏で踏みしめる草原の地盤は硬く、遮蔽物一つない草原は天然の滑走路としても、野営地としても利用できるのは不幸中の幸いだろう。


 水場が近くにあるのも僥倖である。


「第一班は第一エンジンを、第二班は第二エンジン、第三班は第三エンジン、第四班は第四エンジンのチェック開始」


 部下を預かる士官として私は指揮を飛ばしていく。

 まるで砂糖に群がるアリのように部下たちは担当するエンジンの確認作業に入っていた。


「ん?」


 端末片手に各方面に指示を飛ばしていく中、私はふと背後からの視線に気になり振り返る。


 当然、背後には誰もおらず、やや離れた地点にそびえ立つ岸壁を視界に映すのみ。


 気のせいだと片づけたくとも、言語化できぬ何かが私の胸の内でモヤモヤとなり引っかかる。


(隊長、少しよろしいですか?)


 後のお叱りを覚悟で私は機密通信で隊長にコンタクトをとった。


(おや、どうしましたか、紙谷中尉)


 私の声音で状況の機微を察したのか、隊長は求めるべき詳細なる理由を求めようとしなかった。


(後方にある岸壁、何かあるか確認できますか?)


(今調査小隊がその近辺で偵察用ドローンを飛ばしているから、それで確認してみるよ。ところで)


 一区切りするように隊長は尋ねてきた。


(女の感かい?)

(ええ、ずっと誰かに見られているような視線を感じているので)

(君がいうと説得力あるよ。おおっと、ごめん、ごめん、今のはセクハラではないよ)


(ご配慮に感謝します)


 会釈しながら私は機密通信を打ち切った。


 次いで胸元に手を当て考え込む。


 視線に感づけたのは、この胸のせいだ。


 同世代と比較して育つに育ったお陰で否応にも視線を集わせてしまう。


 だからか、自ずとどこの誰が視線を向けているのか、分かるようになってしまった。


『紙谷中尉、大正解だよ』


 作業に戻ろうとした時、隊長から通常通信が届けられた。

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