第1話 第二次黒薙島調査隊

 漆黒の嵐――


 と形容される重力の暴風雨の中を大型輸送機が飛行する。

 雨風とは違う、あらゆるものを押し潰す超重力の中を飛行可能とするのは、超重力緩和ユニットと呼ぶ重力を無効化する特殊なユニットを搭載しているからだ。


 私、紙谷ユウミはカーゴベイの中でシートに背中を預ける一〇〇名のうちの一人だ。


 寝ている者・談笑している者・時折響く外からの音に怯える者など様々。

 誰もが軍属であり、今回の作戦に抜擢された各分野の精鋭たちだ。


 私もまた技術士官としてこの作戦に参加している。


 ここで自己紹介をしよう。


 統合軍所属・第二マテリアル研究所技官・紙谷ユウミ中尉。

 

 恋人なしの二四歳、独身。

 やや癖っ毛のショートの髪に、化粧っ気がなくとも艶やかな肌、垂れ目がちな目尻と、一見軍人には見えぬ顔つきだと民間企業勤めの友人からよく言われる。


 軍人となったのは一社長に仕えたくないからでも、国際社会に貢献したいからでもない。

 

 私はただ自分専用のロボットを作り操縦したいがために入隊した。


 民間企業では工業用の作業ロボットを製造するのが関の山。

 下手をすれば図面すら引かせてもらえないだろう。


 夢追う私にとって設備の整った統合軍は最良の就職先であり、統合軍もまた優秀な技術者を求めていた。

 世界の頭脳と呼べる天才二人を失ったことで世界は技術停滞を招いていたからだ。

 

 もっとも入隊しようと主な仕事は機械の組み立てや整備である。

 ロボット操縦だってもっぱら作業用に搭乗する程度だ。

 後、時折ある戦闘訓練が面倒なくらいか。

 最新技術の塊に触れられるからこそ辛くはなかった。


 専用機を作りたいが故に入隊した者。


 暇さえあればシミュレーターで操縦訓練をする変わり者。


 変わり者の技官と陰で囁かれようと、整備した機材は調子が良い。

 パイロット一人一人の癖を見抜き、精密なマッチングを行う。


『頼むなら紙谷中尉が一番だな』


 それが周囲からの私の評価だった。


『はい、総員、そのままでいいから聞いてね』


 隊長たる男の気軽な声が天井備え付けのスピーカーから響く。

 カーゴ内の空気は一瞬で張りつめ、寝ていた誰もが目を覚ました。

 部隊を率いる者の声故に誰もが顔と背筋を無意識のまま引き締めている。


『後三〇分もしたら目的地である<黒薙島>に到着します』


 黒薙島――太平洋上にある無人島。


 今の世界を維持するのに必要不可欠な<波動鉱石オルゴニウム>が唯一採掘される特異点。


 されど、この島は三〇年前の戦争にて突如出現した超重力カーテンに遮断された。


『あの戦争から三〇年あまり、当時の私も一兵卒として参加していました』


 昔、善の科学者と悪の科学者の戦争があった。


 生まれていない私からすれば戦争などテキストの一ページでしかない。


『世界を復興と発展に導いた二人の科学者のうちの一人が自ら作り上げたロボット軍団を率いて世界に宣戦布告をしました』


 世界征服のために。


 男ならば一度は夢見るであろう絵空事を悪の科学者は自らの頭脳とオルゴニウムを用いて実現せんとした。


 ロボット軍団の強大な力の前に各国の軍は惨敗を重ねていく。


 立ち上がったのは善の科学者だ。


 平和と自由を何よりも愛する善の科学者は、心を痛めながらも対抗するためロボット軍団を開発する。


『一丸となって占領された各都市を奪還、黒薙島まで追いつめました』


 戦争資料によれば、悪の科学者はオルゴ発電炉がある地区を重点的に占領していた。


 ライフラインたるオルゴネットワークの要を抑える意味では効率的な戦略であったが、一方で今日の歴史家が首を傾げる点もある。


 戦死者よりも行方不明者の数が圧倒的に多いのだ。


 それも兵士など軍に携わる者ではなく、行方不明の誰もがオルゴ発電炉稼働に関わる者たちばかり。


 一部では人体実験の末、廃棄処分されたとの声もあるが真相は今なお不明のまま。


『ですが勝敗はつきませんでした。超重力カーテンに包まれたからです』


 当時の黒薙島は命のないロボットが命を奪い合う激戦区。


 各国の軍を一つにまとめた統合軍が大規模な上陸作戦を展開させていた。


 ロボットではなく、人間の部隊である。


 出現した超重力カーテンはあらゆる介入を拒んだ。


 一歩踏み入れようならば、超重力が容赦なく圧壊させる。


 超重力カーテンの発生原因は?


 上陸した部隊はどうなったのか?


 生存が絶望視されてから三〇年、事態は急変する。


『今より一年前、難攻不落のカーテンの奥より一隻の空母が現れました』


 統合軍に登録されていた識別コードにより、上陸作戦で旗艦として運用されていた空母だと判明する。


『調査により判明したのが船内に昨日できたような争った痕があったこと、艦内システムの日付が超重力カーテン発生時だったこと、艦内に誰一人いなかったことです』


 争いの痕跡だけでなく、食堂には淹れたてのコーヒーがあり、ランドリールームでは洗濯機が音をたてて洗い物を行っていたなど生活の痕跡すらあった。


 突如として船員が消えたメアリー・セレスト号のようだと空母を調査した誰もが口を揃える。


 メアリー・セレスト号とは何か? 


 私は五〇〇年以上前の歴史をライブラリーから紐解くことなるが、ここで語るのは割合とする。


『そして、重要なのは艦長室にあったメモリです』


 有人調査を可能とするデータが封入された記憶媒体メモリだった。


 その中身データは超重力カーテン突破を可能とする超重力緩和ユニットの設計図。


 設計図のサインにより設計者が誰なのか判明する。


(設計者は草薙ミツオ博士)


 私は脳内でその名を反芻する。


 今世では善の科学者と呼ばれ、世界復興の礎を築いた一人。


 彼の、いや彼ら二人の開発したオルゴ発電炉は世界復興の要であり、慢性的なエネルギー不足からの脱出を現実とした。


(けど、草薙博士は戦争に巻き込まれて……)


 資料によれば亡くなったのは二九年と一一ヶ月前だ。

 世界の頭脳を失ったことで誰もが嘆き悲しんだと記録されている。


『草薙博士が生前残したのか、それとも敵の目を欺くために死を偽装していたのかは不明です。ですが今回の第二次調査で事実を明らかにすることもまた我々の目的です』


 何より今回の調査隊派遣は二度目。

 半年前、第一次調査隊が派遣されるも、救援信号を発して消息を絶っている。


 断片的な情報により何者かの襲撃を受けて壊滅した。


 以上を踏まえて、第二次調査隊は損耗を抑えるため人員を絞り、少数精鋭で構成されている。


 襲撃者が不明瞭な点もあって保有戦力もかなりのものだ。


 ただ私個人として作戦の裏に思うことはあった。


(部隊救出は建前で本音は草薙博士の生存確認、生きていれば救出でしょうね)


 もし存命ならば御年九〇歳は越えている。


 色々と統合軍内で鍛えられたお陰で、私ユウミは大人のいじましさ、汚さを受け入れ、流す程度の器量が形成されていた。


 大人は夢と現実の板挟みとなり、現実に浸食されて夢を失うのかと何度思ったことか。 


(換えの利く兵士と換えの利かない博士、どちらに価値があるか明白よ)


 もちろん島内に生存者がいれば救出する。

 統合軍上層部は超重力カーテン内に取り残された人々の救出と大々的に報道している。

 こちらの生存者は薄氷の望みだろうと、一人でも救出者がいれば御の字だろう。


 しかし、穴馬で悪の科学者が生きていたら目も当てられない。


(黒部イサオ博士)


 今世において悪の科学者と呼ばれていた。


 世界征服は男のロマンとロボット軍団を率いて戦争を引き起こした悪の科学者。


 けれど、彼もまた世界復興の礎を築いた一人だ。


 こちらの生死もまた三〇年経っても判明していない。


(箱の中身は希望か、絶望か)


 超重力カーテンを抜けた先にあるのは――。


 私は技術寄りの軍人であるため、荒事は専門ではない。


 それでも一通りの戦闘訓練課程はクリアしているし、今回の調査部隊に抜擢されるだけの実力者だと自負している。


 加えて今回の調査任務を達成すれば実績となり、己の夢に一歩近づける。


(草薙博士と黒部博士は竹馬の友と呼べるほどの仲だった)


 脳内データを想起させた私は再認する。


 ロボット工学にこの二人あり。


 いやインターネット工学・生物工学・遺伝子工学の権威がこの二人だ。


 各分野を学ぶならば、必ずやこの二人の論文を目にすることになる。


 学生時代、彼の二人の論文を食い入るように読み漁ったのは記憶に新しい。


 天才の中の天才。彼らなくして世界なし。


 研究を巡って激しく衝突をするも互いに認め合っている節があり、プライベートで釣りに出かけるなど親交は深い。


 世にあるものをさらに発展させ、使いやすく教え広める技術開発に長けた草薙博士。


 世にないものを突拍子もなく作り、目的の分野で無意味になろうと他の分野で活用を見いだす技術開発に長けた黒部博士。


 性格も正反対であり、草薙博士は温厚だが、黒部博士はエキセントリックな面が目立つ。


 発明失敗で落ち込んだ草薙博士を黒部博士が発破をかける時もあれば、発明品で暴走する黒部博士を制止するのが草薙博士であった。


(世界征服ね……)


 世界を一つに。


 一つになれば奪い合うことも殺し合うこともない。


 ただ世界を征服した後で黒部博士は何がしたかったのか、私は疑問を拭いきれない。


(資料とか研究データを見る限り、言動はアレでも悪人とは思えないのよね)


 歴史家はオルゴニウムの独占ではないかとの見解を立てていた。


 確かに今の世界、オルゴニウムなしでは成り立たない。

 

 だから個人的に疑問なのだ。


 黒部博士個人が持つ特許だけでも、億万長者になれるだけの使用料が発生している。


 世界にケンカを売る理由が一切見えてこないのだ。


(女だから、男のロマンがわからないのかしら?)


 ジェンダー意識に囚われているわけではないが、男と女、相容れぬナニカがあるのだけは理解できた。


『では到着まで各員は油断せず気を引き締めるように』


 隊長の長い話はいつの間にか終わっている。

 黙考していたお陰で退屈を流せたから良しとした。


 ふと、部下たちの会話が私の耳朶を揺すぶった。


「カーテンの先はどうなってんだろうな?」


「さてな、例のユニットつけた無人観測機を何度も飛ばしては戻って来るけど肝心なデータは何一つなし。どれも漏れなく落雷に遭ったか、ちぃと焦げていたそうだ。だから直接人の目で確かめる作戦になったんだろう」


「中は案外、自立型オルゴノイドがひしめいていて、第一次調査隊はそれが原因で全滅していたとか」

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