第5話 5 切断/投擲

 夜、そして森。周囲を木々で囲まれた場所で焚き火を行う二人。青年=ヘンリク・ピウスツキは焚き火を見ており、時折小枝を放っていた。もう一人の青年=ハンス・ノイラートは焚き火の明かりを助けに本を読んでいた。

 そのとき、爆発音が森に轟いた。寝静まっていた動物は一斉に目を覚まし、鳴き声が響き渡る。二人は顔を見合わせた。

「今の音……戦闘か?」とヘンリク。

「こんな場所で解体工事を行うとも思えないし、そもそも今は夜だ。戦闘と考えた方がいいね」とハンスは答えた。

 ヘンリクは鞄から拳銃を取り出した。その姿を見たハンスは火を消し、辺りに置いていた荷物を片付ける。

「様子を見に行く。でないと、安心して眠れない。おまえはどうする?」

「行くよ。はぐれたら面倒だ」

 ハンスは手荷物を整理し、懐中電灯を持った。ヘンリクは頷き、爆発音の聞こえた方向へ道なりに歩き出す。爆発音は散発的に続く。戦闘者は常に移動しているのか、爆発の痕跡は一箇所に留まっていなかった。

「うわ、なんだこれ。今更怖くなってきた」

「いざという時は死に物狂いで逃げよう」

 戦闘の激しさを垣間見た二人だが、探索は中断しない。すると前方で人の声がする。男の声だ。

「よく躱す!」

 爆風が二人を襲う。ヘンリクはその場で蹲り、草木に隠れながら様子を窺った。そこには少女=リザ・シレジウムと男性=グロックの争う姿があった。グロックは爆破を二種使い分け、小爆破で相手の動きを制限し、逃げ場となる場所に大爆破を起こしていた。このように連続的に爆発の影響下にあるにもかかわらず、その対象となるリザは存命かつ五体満足の状態を維持していた。

 ヘンリクがリザを注視する一方、ハンスは少し離れた所からグロックを観察していた。

「おい! こっちだ!」と叫ぶヘンリク。彼の言葉はリザに投げ掛けられていた。その言葉に反応するリザとグロック。リザはヘンリクに駆け寄り、グロックは彼を見る。その動作に爆発の予兆を見て取ったハンスは小石を投擲し、グロックのこめかみに命中させた。グロックは呻きながら、命中した箇所を手で押さえる。皮が切れ、血を流すだけでなく、衝撃で眩暈を起こしているようだ。

「今のうちに」とハンスは二人に告げた。

 ヘンリクはリザの手を取り、この場から離れる。リザはグロックの様子を確認すると、抵抗を見せず、ヘンリクに連れられていった。ハンスはそんな二人の後を追いながら、後方を警戒していた。


 一頻り走ると、ハンスは息の上がったヘンリクに休憩を提案した。二人とも異論はなく、休憩を取ることに。暗い森の中、ヘンリクは地面に腰を下ろし、息を整える。ハンスは二人から少し離れた所で、周囲を見回している。ヘンリクはリザに向けて言う。

「俺はヘンリク・ピウスツキ。こっちはハンス・ノイラート。近くの工科学校に通っていて、今日は気晴らしにキャンプに来ていた。あんたは同年代っぽいけど、」

「ごめんなさい。素性を明かせないの」とリザは言った。

「なんか事情があるんだろうし、別にいいさ」

 ヘンリクはあっけらかんと答えた。リザは少しの沈黙の後、「とはいえ、忠告はしておく。今回のような軽率な行動はやめなさい。何の力もないのに介入するのは愚かだ。それも素性の知れない人間のためになんて」と言った。

「そうは言うけどさ、乗り掛かった船だ。ここでさよならとはいかない。あれを退けるにせよ、逃げるにせよ、俺たちは互いに協力すべきだと思うんだ。俺たちが加わったところで爆発に対抗できるかは保証できないが、個々で行動するよりかは生き残る可能性があるんじゃないか?」

「なにを根拠に」

「現に此処で会話できている。さっきの戦闘の延長で勝てたって言うのは無理があることくらい、分かるな? それとも足手まといと切り捨てて各個撃破されるのが望みか?」

 ヘンリクの言葉にリザは咄嗟に口を開くが、言葉は出てこなかった。

「分かった。協力関係については認める。あなたもそれでいい?」とリザはハンスに訊ねた。ハンスは「構いません」と答えた。

 話が纏まったところでヘンリクは笑みを見せた。リザに対し、「よろしく」と手を差し出す。彼女は溜息の後、手を取った。


 リザは咳払いした。ヘンリクとハンスは彼女を見る。

「あなた達も承知の通り、先程の男は能力者。主に爆発を使うようだけど、反応速度を見るに肉体強化も扱える。少なくとも、弾丸程度は容易に躱せるでしょう。だから、私は逃走を提案する。あなた達も、彼と戦いたいわけではないでしょう?」

「ま、そうだな」

 ヘンリクは持っていた拳銃を見ながら、彼女の提案に同意した。

「確認しとくが、あんたも能力者なのか?」

「ええ。私も異能を使える。けど、留意してほしいのは分かりやすく戦闘向きでないということ。肉体強化もあるけど、一般人相手ならともかく、同じ能力者が相手では心許ない」

 リザの説明の後、二人は自分たちの戦闘能力について話した。といっても、ヘンリクは銃の扱いを知っている程度で、ハンスについては先程の行為が偶然の産物に過ぎないというものだった。

「やっぱり……今からでも一人で逃げようかな」

「ま、待ってくれ。手数は多い方が良いから! だよな、ノイラート!」

 同意を求められたハンスは「そうだね」と相槌を打った。

 それから、ヘンリクとリザはルートについて簡単に話し合い、出発した。


 三人は森の中を走る。一列に並んだ状態で、先頭はヘンリクだ。その後ろにリザ、最後尾はハンスとなる。進路は土地勘のあるヘンリクに任されており、リザは彼に追従する。

 キャンプセットは脱出を優先したために放置と相成った。また、リザが言葉少なに既に相手方に身元が割れている可能性が高いことを示唆し、持ち物を放っておいても直ちに影響はないと語ったのも一因だ。

「散開!」

 リザの掛け声に従い、その場から飛び退く二人。空中から飛来した物体は地面に激突し、土煙が舞う。物体は奇怪な形態を持つ生物で、四足歩行の犬に近しいながら、一つ目であった。それは最も近い位置にいたハンスに襲い掛かるが、彼は木を盾にすることで攻撃を無力化した。そして、遠くから呼び掛けているヘンリク、リザを追い掛ける。

 走る三人の後方では猟犬めいた生物が追加されていた。計六匹の追跡者は走力に於いて人間に勝り、瞬く間に距離を詰める。一匹が最後尾を走るハンスの無防備な背中に爪を立てんとする間際、振り向きざまにリザが手を振るう。その動作に対応して、飛び掛かってきた獣は胴体を両断された。

「なんだよ今の!」

「説明は後! いいから前見て走って!」

 ヘンリクは背後で起こった出来事に驚愕する。だが、リザは悠長に取り合う真似をせず、疲労の滲んだ表情を取り繕い、懸命に駆けている。獣達は損失を気にせず、尚も追跡を続行する。


 三人の前方には開けた空間があった。木の葉の帳はなく、星空と月光によって明るい場。その先に潜む男を目視した途端、ハンスは一息に速度を上げ、前を走る二人を抱えると力技で屈ませた。ほぼ同時に前方で大爆発が起こる。爆風は木々の隙間を駆け抜け、異形の獣共は呆気なく後方に投げ出される。一方、地面にへばり付くハンスが塞き止める形となり、ヘンリクとリザの二人はその場に留まった。

 爆発は二度、三度と続いた。連続的な爆破が終わると、リザは顔を上げた。

「私が注意を引き付ける。二人はその間に逃げて」

 と言うと、リザは返事を聞かずに飛び出す。彼女が前に出た途端、爆発が生じる。しかし、彼女の肉体は木っ端微塵にはならず、隠れ潜むグロックへ向かっていく。

 残された二人、特にヘンリクは怒りに身を震わせていた。リザを見つめるその瞳は鋭く、手元の拳銃は強く握られていた。

「俺は彼女を助ける。ノイラート、おまえも手伝ってくれないか」

「わかった」

 ハンスは周囲に視線を配り、丈夫で先端の尖った木の枝を拾う。

「え、それで戦うのか?」

 嘘だろうと言わんばかりのヘンリクに対し、ハンスは「他に武器がない」と簡潔に答えた。ヘンリクはポケットからキャンプ用のナイフを取り出し、「後で返せよな」と言って渡した。ハンスは感謝するとともに視線を前に向けた。ヘンリクが飛び出し、ハンスもこれに続く。

 爆発はリザに追随する形で生じている。二人は直接グロックを目指す。グロックはヘンリクに気付き、どこからともなく現れた獣を向かわせた。向かってくる脅威に対し、ヘンリクは拳銃で応戦する。弾丸はまるで当たらず、地面や木の幹に吸い込まれていく。ハンスは横合いから飛び出し、体当たりで獣の前進を中断させた。地面に倒れ込むと、その首筋にナイフの刃を立てた。獣は弱々しい鳴き声を出し、その体からは力が抜けていった。


 先んじて攻撃を仕掛けていたリザは二人の介入に気付きつつも、対峙するグロックとの戦闘で手一杯だったため、救援は難しかった。というのも、彼女の得手となる能力=空間操作は精密な処理を要請する。現在はリザ・シレジウムと周辺の空間に干渉を行うことで、空間断絶という状態を起こしているため、他の事に手を回すだけの余力がなかったのである。

 眼前で獣を打ち倒したハンスに感謝し、グロックに接近するヘンリク。グロックはリザによる空間の切断を躱すことに意識の大半を傾けているため、獣の妨害を超えてきたヘンリクの銃撃は直撃した。一発の弾丸はグロックの胴に命中し、流血は衣服を血染めにし、彼の動きを著しく鈍らせた。リザはここぞとばかりに空間切断を行い、座標上の物体=グロックの片腕を落とすことに成功する。出血は激しく、後退もままならない。グロックは強化を施した肉体で、滞空中に地面付近に爆発を起こす。リザはヘンリクを抱えるように飛び退いた。

 土煙が晴れる。草むらに隠れるハンスはヘンリクに肩を貸して走り去るリザを見つけた。戦闘の行われた場所にはグロックが残っていた。彼は両膝を付き、片腕を押さえている。ハンスはそっと彼に近付いた。

「仲間のことは気にならないのか? 私も大概だが、爆発を受けたあの子も相当だ」

 グロックはその負傷に反して、言葉を流暢に紡いだ。

「彼女がついている。僕がいたところでどうにもならない。であれば、ここで後顧の憂いを断つ」

「君は学生だろう。人殺しになってもいいのか? いや、そもそも状況を把握しているか?」

「いえ、把握しているとは言い難いです。とはいえ、あなたを放置することは二人のデメリットになることくらいは分かります」

「私は抵抗するぞ。ここで退いてくれるなら、」

「僕の命一つで助けられるなら、」

 グロックの傍に現出する大男。筋骨隆々で、手には戦斧を持つ。極度の興奮状態にあるのか、目は血走っていた。

「いけ、」

 号令を受け、大男は唸り声を上げた。戦斧を豪快に振るう。ハンスは屈み込むことで斧を躱し、足に力を込め、駆け出す。大男は懐に潜り込もうとするハンスを寄せ付けないように動きを最小限に留めた。それを見たハンスは回避を取りやめ、ナイフの投擲を行う。その予備動作は大きく、大男の戦斧はハンスを両断するが、ナイフは背後に隠れていたグロックの頭部に突き刺さった。

 倒れ込む二つの体。大男は姿を消し、森には静寂が戻った。

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