第2話 女装男子とちょっと不器用ガール
帰りのホームルームも終わり1年1組の教室から慌ただしく生徒が出ていく。
入学式からすでに二週間経っており当然通常授業は始まっている。放課後の校舎では仮入部の期間が佳境へと差し掛かっていてにわかに独特の雰囲気に包まれていた。
新入部員(特に容姿に恵まれた異性の)が欲しい部員、もうすでに決めて部活のメンバーとして勧誘をする新入生、ピンとくるものがなくてやや焦燥する新入生、それぞれの思惑が交差し、ツンツン頭右手異能者の物語は始まったりはしないもののやはりどこか色めきだっている。
「むぅ」
すでに部活を決めている黒髪ツインおさげの少女
麗葉の座席から一時の方角、教卓前左側の列、前から二番目の座席。
男子生徒でありながら亜麻色の髪を丁寧に編み込み後ろで一つに束ねハーフアップにしている少年(?)
玉鬘蓬。
麗葉が授業中黒板を見やる度、自然に、必然的に視界に入ってしまう彼という異常事象。
既知と未知の関係に置いて、未知が既知に至る時、新たな未知が現れるという構図は知識の果てまで続く方程式であり、それは『玉鬘蓬』という人物にも例外なく当てはまる。
明らかに女の子っぽいのになぜか下半身は男物(ズボン)。結局男子なのか女子なのか。その疑問は自己紹介の段階で判明した。
彼は男である。極めて女の子っぽいが紛れもなく男である。戸籍上、あるいは名簿上は確実に。
果たして未知は既知へと至った。教室の生徒たちはほっとした。
だが同時に新たな疑問が浮かぶ。
じゃあなぜそんな格好をしているのか。
教科書類を鞄にしまいながら麗葉は彼の背中を睨む。手帳になにかを記していた彼は、視線にくすぐられたように丸い背中をピクピクと震わせた。
クラスメイトとは言え入学式から一貫して女装を続ける男子生徒なんて女子高生の麗葉にとって不審者と言って差し支えないだろう。
麗葉が彼に抱く感情は『キモい』みたいな不快感や嫌悪感ではなく。
どちらかと言うと
『怖い』
もっと根源的な、恐怖の感情に近かった。まあとは言っても悪寒するほどではなくせいぜい中身のわからない『?ボックス』に手をつっこむ時くらいの程度なのだが、自ら危ない橋を渡ろうとも思わない。
ただの趣味か。
なにかの罰ゲームか。
あるいは某秘密結社の陰謀か!
黒板を写す度にそんなことが頭の中が何度も何度もよぎり授業に集中できない。
(ちゅーか、他の人は気になんないのかな)
それはさだかではないが。
でも少なくとも自分は直接訊く勇気はない。
できることはこうして不思議なほど艷やかな亜麻色の髪を後ろしか眺めることしかできない。
もう彼が気になって気になってしょうがない。
心の絶対値だけ鑑みて乙女チックに言うならば、麗葉の頭の中は蓬でいっぱいだった。脳内ストックホルムシンドローム。
そんな状態が意志を持った偶然を生み出す。
「やっちゃった」
蓬を見つめすぎてか鞄に押し込もうとしたクリアファイルが床に落ち紙が散らばる。ため息混じりに腰をかがめると、
「あ、手伝うよ」
「……ありがと」
それに気付いた蓬が同じように腰をかがめ手を貸す。
麗葉はなんとなく彼のことを見られなくて、手元に集中していると、淡い香りが鼻孔を掠める。
(お花っぽいけどきつくなくほわってした匂い…。高めのシャンプー? そういえば髪めっちゃさらさらだったし玉鬘くんの?)
そう思って顔を上げる。
亜麻色の前髪が左右にさわさわ揺れながら教室の照明を照り返していた。
(肌とかもちょーつやつやだしほんと男の子っていうのが嘘みたいに見えちゃうなあ)
「――!」
ぼぅっと見ていると顔を上げた蓬と目が合う。
「拾い終わったよ」
「……ありがと」
麗葉は笑顔を作って応えるが少しぎこちなくなっていたかもしれない。
「じゃあ、ボク帰るから」
「ぇうん」
蓬は立ち上がりズボンのシワを伸ばすと鞄を手に持ち教室を後に――
「ちょっと待って!」
「?」
するのを麗葉が呼び止める。
「なに?」
「えーと」
くるりと踵を返す蓬に麗葉は口を尖らせる。困った時の彼女の癖である。
(なにって決まってるじゃん!)
なぜ女装をしているのか。
訊きたいのはそれだけなのに。
「ちゃ、ちゃんと挨拶してなかったからさ―。じゃね―」
(やっぱ訊けない……!)
そんな心情を知る由のない蓬はぱっと目を見開く。
「! うん。さよなら藤野さん!」
「そんな感激した顔を向けないでよ―。ちょ大げさ―。きゃはははは」
「いや、クラスメイトに声かけられたの初めてだったから!」
「あ、そうだよね―。そんなかんじする―」
内心―とーを間違えるくらい動揺していた麗葉だったが、なんとなくそれを悟られたくなかった。
「あのさ、藤野さん」
そんな心情を知る由のない蓬はなにやらもじもじし始める。
画的には女生徒が女生徒に恋愛相談をしようとしているような、発情期真っ只中の入学ホヤホヤ高校一年生の放課後でよく見かけるごくありふれたものである。
しかし片方が実は女装男子というのがなんとも度し難い。
しかも、もじっている方が男子高校生なのである。その済度のし難さたるや釈迦も自ら垂らした蜘蛛の糸を切ること間違いない。
さっきから蓬にあたりが強いのは華奢な黒髪おさげガールと彼が会話していることに筆者が羨んでいるわけではない。決して。
「にゃ、にかしらん?」
「……これからも挨拶していい?」
「ぉおう。ちょーどんとこいってやつですよ」
(ちゅーか、わざわざ覗き込む視線になるように前かがみになっちゃってるし。こういう女子いるよなあ。完成度高い……)
「ありがとう! じゃあ、こんどこそ、また明日!」
そんな心情を知る由のない蓬はにこっとはにかんでパタパタと走っていった。
(結局訊きそびれちゃったし)
一人残された麗葉はクリアファイルを鞄に突っ込みながら口を尖らせる。悔しい時の彼女の癖である。
(ちょっと動揺しちゃってたのもあるけどなんとなく訊きにくいんだよなあ。なんちゅーの? 踏み入っちゃいけない領域みたいな)
(まあ進展したしね。もうちょっと仲良くなったら訊けばいっか。怖い人ではなかったし……。悪い人でもなさそうだし。まだ不審者ってところだけど)
(それにしてもほんとちょー丁寧な編み込みだったなあ)
幾つかの思索の果にそのことを思い出した麗葉は、自分のツインテールを一本掴む。
(私も女子の端くれだし……!)
ぐっと気合を入れて髪をわちゃわちゃし始めるが、次第にしぼむように肩が下がっていきしまいには乱れた髪を手放した。
「ま、まあちょっと苦手かもしれない。それは認めよう。でもそのためにあの部活に入ったわけじゃん? うん。うん。きゃはきゃはは、はあ」
誰もいない教室で呟き笑い出しため息をつき、蓬にも負けない不審者的振る舞いをした麗葉は、トボトボと教室を後にした。
――と思ったが引き返してわざわざ教室の証明を消しにした。
彼女もまた悪い人ではなく、ともすればいい子に違いなかった。
ちなみに。
そんな出来事を知る由のない蓬は、目に見えてるんるんだった。
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