第31話 茶会

「はい。試験終了です、答案用紙を回収します」


 クルスのそんな声を共に後ろの人間から前の人間にと、答案用紙が渡されていく。

 最前列に集まった容姿の束をそれぞれの列から回収してまとめた彼は枚数を確認した。


「全員分の用紙を確認出来ました。それでは本日はここまで、明日の班別試験に備えて英気を養っておいてください」


 そう言ってクルスは俺達の答案用紙を持って退出した。


「どうだった~、イブっち?」


 テストが終わるや否や、ミューが俺にそんな事を言う。


「……赤点は、無い……と思う」

「うわ……何だよその自信の無い声は」


 テディはジト目を向けた。


「五月蠅い! これでも頑張ったんだ!」

「まぁ~、でも流石に大丈夫でしょ。あれだけやったし」


 その通りだ。

 俺はこの一週間、放課後ネスティ達にみっちりと座学を教えてもらったのである。

 これで赤点を取ったら正直とても悲しい。


「ふ、ふん! 終わった事を気にしていても仕方の無い事だ! それよりも今は明日の事だ!」

「明日の事って言っても班別試験って事しか分かって無いからな。残りは全部当日説明らしいし」

「そだね~。クルス先生の言ってた通り本当に英気を養うくらいしかする事無いよ~」


 そんな話をしていた折、突然教室の扉が開いた。


「失礼します」

「え……っ!?」

「ありゃ、珍し~」

「む、誰だ」

「ちょっとイブっち~、入学式の時紹介されてたでしょ~? 推薦入学者のカーラだよ~」

「カーラ?」


 そう言えばそんなのもいたな。


 俺は一か月ほど前の記憶を掘り起こす。


「イブル君……はいるかな?」

「俺に何か用か?」


 どうやら奴の目的は俺らしい。


「あ、良かった。今から少しいいかな?」

「お、おい……マジかよ」

「推薦入学者直々に呼ばれたぞ……」


 他の生徒は驚く。

 しかし俺はさして驚かなかった。

 当然だ、俺という人間は何をしなくとも人を引き寄せる素晴らしいカリスマ性を秘めているからな。


「ふん。丁度テストも終わって暇をしていたところだ。いいだろう」

「それは良かった」


 俺は立ち上がり、歩き出す。


「二人共、今日は先に帰ってくれ」

「はいよ。明日必要になりそうなものでも準備しておく」

「私も行っちゃ駄目~?」

「悪いね。大事な話なんだ」

「ブ~、ケチ!」


 カーラに断られたミューは頬を膨らませた。



「で、何処に向かうのだ?」

「あぁ、特別談話室だよ」

「む? なんだそれは」


 聞いた事の無い名前に疑問符を浮かべる。


「推薦入学者だけが使用を許される休憩室みたいなところかな」

「何!? そんなものがあるのか……!? 何故俺に無い!!」

「ははは、ほら着いたよ」


 そう言ってカーラは足を止める。

 目の前には二枚扉があり、彼はその一枚ゆっくりと開けた。


「連れて来たよ」

「お、来たな!」

「こ、こんにちわ……」

「こんにちわ」

「……」


 俺を出迎えたのは他の推薦入学者達だ。


「確か推薦者は五名だったな? それが首を揃えて俺を歓迎するとは殊勝な心掛けだ! 褒めてやろう!」

「はぁ……相変わらず五月蠅い」


 胸を張って言う俺に、エヴァがジト目を向ける。


「で、今日は一体何の用だ?」


 俺は置いてあるソファにドカッと腰を降ろした。


「話が早くて助かるよ。実は僕達推薦入学者には学院の運営側のような権利が少しばかり与えられていてね。そこでイブル君に相談なんだが……ゴールド1クラスに来ないかい?」

「……何?」


 カーマの言葉に、俺は一瞬固まった。


「言葉通りだよ。僕達は一か月前のニルトとの模擬戦から君の力を十分に評価している」

「そういやアイツ最近学院で見ねぇな……、ははは! てかお前いなかっただろカーラ!」

「そう言う君もね、ウルバ……それで、どうだろう? 君は元々ゴールドクラスに入りたがっていただろ? いい機会だと思うんだけど」

「……」


 実力が認められた。

 俺の力の一端を、周囲に知らしめることが出来た。

 その影響が今ここに来て現れたという事だ。

 

 だが、


「断る」


 俺の返事はNOだった。


「理由を、聞いても良いかな?」


 少し戸惑うようにカーラは聞く。


「単純な話だ。俺は、俺の意思で上に上がる。貴様の温情など受けん!」


 俺は恵みを与える側であり、受け取る側ではない。

 それが『魔王』、俺の流儀だ。


「ははは……これは手厳しいね」

「マジかよお前。この話蹴るとか馬鹿じゃねぇのか?」

「ちょ、ちょっとウルバさん……! そんな風に言ったら……」


 推薦入学者達は口々にそんな事を言う。


「本当に、よろしいのですか?」

「あぁ!」

「……だから言った。イブルはどうせ断るって」


 するとエヴァが机に置いてあるクッキーをリスのように食べ始めた。


「何だエヴァ、貴様は俺が断ると思っていたのか?」

「うん」


 彼女は即答する。


「イブルって面倒臭い性格……けど、それとは裏腹に分かりやすい。だから予想がついた」

「ほう! 俺の事をそのように語るとは豪胆な奴よ!」


 何だかんだ言って俺はコイツとはそこまで関わっていないが、何故か親近感が湧くな。


 そんな事を考えながら、俺も机の上に置いてあった菓子を食い始めた。


「う、美味いなコレ……」

「うん」


 俺とエヴァは互いにリスのようにクッキーを頬張る。


「え、えーと……それじゃあこれからは普通にお茶の時間にしようか?」

「賛成!」

「さ、賛成……です」

「そうですね」


 苦笑しながら言うカーラの提案に他の推薦入学者達も賛同を唱えた。

 こうして、案外大事な話が一転しただの茶会へと変貌したのである。 

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