第29話 状況変化と班決め

「何かたった二日で随分と変わったな……」


 俺の右隣を歩くテディはそう呟いた。


「ガハハハハハ! そう言うお前もな! この前までとは明らかに俺に対する態度が違うぞ!」

「ば……っ、そりゃ……そうもなるだろ。あんなもん見せられたら……」

 

 狼狽えながらも、テディはぼそぼそと口を動かす。


「ガハハハハハ!! 良い良い、変われるのが人間の美徳だからな! 許そう!」

「はいはい。ありがとうございます」


 そんな会話をしながら歩いていると、


「おはよ~! イブっち!」


 ミューが俺の隣で歩き始めた。


「おぉミュー、今日もテンションが高いな!」

「うん! イブっちが模擬戦勝ってからシルバークラスの雰囲気が良いからね~。だから改めてありがとうイブっち!」

「気にするな! 俺は俺のしたい事をしただけだからな! まぁどうしても礼がしたいと言うのであれば……」

「あれば~?」


 途中で言葉に詰まった俺にミューは無垢な表情を見せる。


「危ない危ない。つい胸を揉ませてくれなどと言うところだった」


 いや、何でもない。


「また逆になってるよ~」

「はっ……!?」

 

 お馴染みになった会話もさることながら、良く会話をするようになった俺達はシルバー3の教室へ向かって行った。



「そういえばあの日からニルトの奴学院を休んでるらしいぜ」

「マジか。まぁあんな大口叩いてあんな負け方したら恥ずかしくて来れないだろうな……」


 教室に入るとそんな生徒の声が聞こえてくる。


「そう言えば奴が俺に構って来なくなったな。俺に対する周囲の目線にも変化を感じる」


 模擬戦から二日が経過している。

 煙たがられる視線や、軽蔑の眼差しが消えた訳では無いが、明らかに減少していた。


 この変化は大きな進歩と言えるだろう。


「お前がニルトに勝った事で、ニルト派の人間は安易に俺達を馬鹿に出来なくなったからな」


 同じく教室に入ったテディが俺に言う。


「そうなのか」

「あぁ」


 テディは何処は嬉しそうだ。


「はいは~い。二人共入り口で立ってないで早く座ろ~」

「お、おう」

「そうだな」


 ミューに押されて俺達は席に向かった。



「今日は班決めをします」

「班決め……?」


 朝の授業、クルスの言葉に俺は首を傾げる。


「班決めとはこれから皆さんが一緒に任務をこなすためのグループです」


 クルスは話を続けていく。


「前にも言いましたが、この学院は冥域の者達と戦う『勇者』を育成するための施設…では『勇者』とはそれ以外の事をしなくていいのかと言うとそうではない。王都を守る警備隊や強力な魔獣の討伐にあたるのも立派な『勇者』の務めです。皆さんはこの学院を卒業しても多くの任務をこなす事になるでしょう。今回の事はその前準備と言ってもいい。あなた達はこれからいくつかの任務を課しそれを遂行してもらう……実践によって任務というものに慣れてもらいという訳です」


 淡々とクルスは言い、懐から懐中時計を取り出した。


「班は三人一組。それでは今から十分程時間を与えますので決めて下さい」


 そう言ってクルスは取り出した懐中時計のボタンを押した。


 ふふん! この前の模擬戦で俺に対する評価はうなぎ上り!! つまり俺と班を組みたい者がこぞって現れるに違いない!! 構わん、みな俺を欲するがいい!!


 ……。


「あれ来ない!?」

「この前ので確かにお前に対する見方は変わったけど、逆に不気味がられてんだよ」

「何ィ!?」


 くっ……。この俺の圧倒的な強さに委縮してしまっているという事か……!!

 どうして俺と言う奴は……これが強者のさがと言う奴か……!! 


 俺は額に手を当てて自分の強さを恨む。


「イブっち~! 私と組も~!」

「ミュー! ま、まぁ良いだろう! 俺の班に入る事を許す!」

「な、なぁイブル……俺も……」

「何を言っている? お前は最初から俺の班であろうが!!」

「えぇ!?」


 当然の俺の発言に、テディは目を丸くする。


「俺の班にお前が入る事は確定していた、俺はあと一人を募集していたのだ」

「そ、そうか……なら、良かった」

「む? 何を顔を赤くしておる?」

「あはは~、テディはイブっちにそう言ってもらえて嬉しいんだよね~」

「何? すまんがテディ、俺にそっちの趣味は……」

「そう言う事じゃねぇよ!?」


 いつもの調子で俺にツッコミを入れるテディに俺は心地よさを覚えた。


「それにしてもズルいな~テディは。私だって最初から班に入ってるぞって言われたかった~。ねぇ、イブっち。何で私は最初から入ってなかったの~?」

「そんなの決まっているだろう。お前の胸に目がいって任務に集中できない可能性があるからだ」

「すごい。遂に建前なく本音をぶつけてくるようになったねイブっち」



「くそ……!! くそ……!! くそ……!!」


 ゴールドクラスの男子寮。

 その一室でニルトは憎悪を苦悶が入り混じる表情で頭を床に打ち付けていた。


 この僕が……!! あんな男に!! 醜態を晒して負けるなど……!!

 有り得ない、有り得ない……!!


 頭だけでなく、右拳をも壁に殴りつけるニルトはギリギリを歯ぎしりを立てる。


『うん。いいですね……』

「っ!?」


 その時だった。

 ニルトの背後に突如として黒い影が現れた。


「何だ……!? 何だ貴様は!!」


 ニルトはその影に向かって叫ぶ。

 するとその影は徐々に人の形に変化し、最終的には黒いローブを被った人間へと変貌を遂げた。


「初めまして。ニルト・ヒューグさん。私は貴方に力を授けに来た者です」

「な、何……?」


 突然の発言に少しばかり困惑するニルト、しかしそれに構う事無く男は話を続ける。


「先日の戦い、見ていました。何とも無様で滑稽な醜態を晒してしまったものですね」

「き、貴様ぁ……!!」

「おぉっと」


 怒りに任せて殴りかかって来たニルトの拳を飄々ひょうひょうと躱しながら言う。


「危ないですね。いきなり襲い掛かって来るなんて」

「黙れ……!!」

「言ったでしょう。私は貴方に力を授けに来たと……いいんですか、このままイブルに惨敗したままで」

「っ!?」


 黒いローブの男の言葉がニルトの心に突き刺さる。


「貴方の抱いている悔恨、憎悪の感情はとても素晴らしい。それがあればこれから私が授ける力を大いに発揮する事が出来るでしょう」


 ニルトは無言になった。

 だが、今度は殴りかかる事もなくなり……ただ少しばかり俯いているだけである。

 そして、顔を上げた彼は次の瞬間、こう言った。


「その……力とやらがあれば、イブルを殺せるのか……?」

「私の言う通りにすれば、貴方の望む力を与えましょう」


 男はローブで顔は確認できないが、その声音は確かに笑っているものだった。 

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