第23話 宣戦布告の昼休み

 順調に授業が進み、昼休みというものが到来した。

 つまり、


昼餉ひるげの時間だ!」


 腹の減った俺はそう言って立ち上がる。


「テディ、昼餉は何処で食える?」

「昼餉……? あぁ昼飯ね、シルバークラス専用の学食で食えるよ」

「よし、行くぞ!」

「嫌だよ。何でお前と昼食なんて……」

「拒否権は無い! そもそも俺はその学食とやらの場所が分からないからな!」

「えぇ!? っておい!」

 

 俺は強引にテディの腕を引っ張り学食へと案内させる。


「あ~じゃあ私も行く~」


 すると近くにいた女がそんな事を言い出した。


「ニュ……じゃないミュー! 良いだろう、一緒に行くぞ!」

「今なんかすっごい失礼な言い間違いしなかった~?」

「気のせいだ!」


 俺は華麗に誤魔化すと、教室を出て学食へと向かった。



「な、なぁアンタ」

「ミューで良いよ~?」

「わ、分かった。ミューは何で付いて来たんだ? 俺は無理やりだけど、コイツと一緒にいたら変な目で見られるぞ?」

「え~と、それはね~イブっちが面白いから! 私面白い人好きなんだ~」

「ほう、中々良い心掛けだ! 俺と親密になっておけば将来得をするのは確定事項!! 先見の明があるな貴様!! ……ん、イブっち?」


 突然の愛称に俺は首を傾げる。


「そう、イブルだから~イブっち! 可愛いでしょ~?」

「むぅ……可愛いものは嫌いではないが、対象が俺なのはせんな」

「え~? いいじゃんイブっち~!」

「やめい! 何がイブっちだ! 貴様がいくら呼んだところで俺は認めんぞ!」 

「あはは~やっぱりイブっち面白~い」


 そんな会話を重ねながら歩いていると、どうやら目的の場所に着いたようだ。


「ほう! ここが学食か!」


 言いながら俺は漂う匂いを嗅ぐ。

 美味そうな料理の匂いが鼻腔をくすぐり俺の食欲を更にかきたてる。


「学院の生徒はどれもタダで食えるらしいぞ」


 案内の紙を見ながら言ったテディの言葉に俺は目を輝かせた。



「……」

「すごい食べっぷりだねぇ~イブっち」


 俺の豪快なる食事の様子に二人は驚いているようだ。


「タダでこんなに食べれるとは! むしゃむしゃ……これだけで勇者学院に入った価値が、あるというものだ!!」

「おいおい口に物入れながら喋るなよ」

「むしゃむしゃむしゃ」


 テディの言葉に従い俺は無言で料理を口に運んでいく。


「ぷはぁ、食った食った!! 美味かったぞ!!」

「すごいな……一人で何皿食べたんだ……?」


 食べ終わった皿を数えながらテディは言う。


「ふむ……そういえばここにはシルバークラスの者しか見当たらんな。ゴールドクラスの者は何処で食事をしているのだ?」


 満たされた腹に満足感を覚えながら俺は周囲を見渡す。

 するとこの学食内にいる生徒は皆胸に銀賞を付けていた。

 ゴールドクラスの証である金章を付けた生徒が一人もいないのである。


「それも知らないのかよ……まぁ学食の存在も知らなかったから当然か……いいか? シルバーとゴールドは基本的に色々と差別化が図られてるんだよ。だから学食も別」

「ちなみにぃ~、出される料理もゴールドクラスの方がいいんだよ~」


 テディとミューの言葉に俺は疑問が沸き上がる。


「何故そんな面倒な事をする?」

「そりゃあ実際俺達とあっち側じゃあ差があるからな。俺達シルバークラスの職は戦闘職じゃない。つまり戦闘面じゃあほぼほぼ役に立たない、せいぜい間接的な支援が良い所だ」

「それがそんなに重要なのか?」

「重要だろ! 俺達勇者学院の生徒はただの生徒じゃない……冥域の敵に対抗するための『勇者』候補なんだから! それなのに戦闘職じゃないって……学院側に要らないって言われてるようなもんだ……」


 テディは語調が弱弱しくなりながら言った。


「実際今テディが言った事気にしている人多いんだよね~。折角小さい頃から頑張って来たのに適正が戦闘職じゃないって言われるのって……今までの自分を否定されたようなものなんだよ。だから不貞腐れる人も結構多くてさ~」


『全く、何よ『なし』って。私達より酷いじゃない』

『本当にな。良かったぜ、俺より下がいて』


 あれはそう言う事か。


 ミューに言われ、俺は今日の自己紹介で俺に向けられた言葉を思い出す。


「その割に、ミューはあまり気にしてないようだな?」


 今しがたの発言で、テディは多少ながらも自分がシルバークラスである事に劣等感を感じているようだがミューは特にそれを感じている様子は無かった。


「ん~、私はそんなに頑張って来なかったからなぁ~分相応っていうかむしろ受かってラッキーって感じ?」


 えへへ、と笑いながら彼女は言う。


「ふむ……」


 色々と面倒なのだな……。


 初めて知った実情に、俺はそんな感想を零した。


「お、おい……あれ」


 そんな時、近くにいた生徒の一人がそんな声を漏らす。


「ん……?」


 俺はその生徒の視線の先を見た。

 誘導された視線は学食の入り口、そこには十数人の金章を胸に付けた者達がいた。


「な、何でニルトの奴らがここに?」

「何しに来たんだろ~?」


 テディとアーシャもその団体を見て言葉を漏らす。


「というか随分と大人数だな。何だあれは?」

「ニルトはこの王都の中でも上の貴族だからな。奴の傘下に入ってる貴族は結構いるんだ、それがあの周りにいる貴族さ」

「主義も結構過激でねぇ~。下級貴族は馬鹿にするにシルバークラスになった貴族にも差別的な事言ったりする人が多いらしいから私はあんまり好きじゃないなぁ~」

「ほぅ」


 随分と仲間が多いのだな。

 見れば見る程有象無象の集まりにしか見えんが。


「いたな……」


 俺がそんな感想を抱いていると、ニルトがそう呟き、真っすぐに俺達の方へと向かって来た。


「お、おい何でこっちに来るんだよ……」


 テディは不安そうに俺を見る。


「見つけたぞ、イブル」

「おぉ、何の用だ?」

「き、貴様何と不敬な……!!」


 俺の言葉に、ニルトの取り巻きがそう言い放つ。

 だがその男を手で制し、ニルトは俺を見た。


「今日は貴様に用件があって来た」

「用件?」

「あぁ……イブル、俺は貴様に模擬戦を申し込む」

「はぁ!?」


 ニルトの言葉に驚いたのは俺ではなくテディだった。

 そしてその場にいた銀章の生徒もざわつき始める。


「模擬戦? 何だそれは?」

「言葉の通りさ……僕と戦うんだ、学則によれば教師の立会いの元であれば生徒同士の戦闘が許可されている。日時と場所は僕が決めるから問題ない」


 はっきりとニルトは俺にそう告げた。


「そ、そんなの無理だろ……! シルバー3の人間が、ゴールド1に勝てる訳が無い!」

「ふん、シルバークラスになった落ちぶれ貴族は黙っていろ」

「なっ……!?」


 ニルトの言葉に、テディは目を見開いた。


「例え下級貴族だろうと、お前達は教育を受けて来た人間だ。その結果がシルバー3、そんなもの……そこらにいる平民と変わらないだろう?」

「……っ!!」


 テディは、何一つ言い返せずに唇を噛み締める。

 見ると他の生徒も何やら悔しそうだった。

 

 まぁそんな事はどうでもいい。


「いいだろう!」

「っておい!?」


 ニルトの申し出を受諾した俺にテディの声が裏返る。


「何言ってんだよ!? お、お前さっきの俺の話聞いてたか!?」

「無論だ! そして俺は論理的に思考した……つまり、勝てばいいのだろう?」

「何をどう論理したらそうなるんだお前はぁ!?」

「模擬戦成立、という事でいいな?」

「あぁ構わんぞ!」

「話を聞けぇぇぇぇ!!!」


 テディの絶叫が学食中に響き渡った。



「はぁ……」

「何を溜息を吐いているテディ?」

「お前の間抜けっぷりに怒りを通り越して呆れてんだよ! 本当にどうするんだ! 模擬戦するなんて約束して!!」

「でも実際マズイよイブっち。相手はゴールド1、天職のランクは少なくもA以上だよ?」

「ランク? 何だそれは?」

「あぁ~えっとね、天職にはランクがあって、Dから始まってC、B、A……一番上がSって感じでぇ、このランクが高い程良い天職って事なんだよ~」

「ほう」

「つまりランクDどころかランク外のお前じゃあ絶対に勝てないって事だ……」


 分かりやすく事実をテディが要約する。


「なるほどな……」


 俺は腕を組む。

 そして満を持して口を開いた。


「まぁ大丈夫だろう!」

「ちっとは危機感を持てお前はぁ!!!」

「安心しろ!」

「だから何を根拠に……!」

「俺が、最強だからだ!!」

「っ!?」


 自信満々に俺が笑顔を向けるとテディは少し目を見開き気圧されるように一歩後ずさった。



「いやぁまさか本当に受けるとは、とんだ愚か者ですね奴は」

「ふん……まぁお陰で模擬戦を行う事になった。奴の莫迦ばかさにも感謝しないとな」


 ニルトがそう言うと、周囲の取り巻き達が笑い出す。


 彼は戦いの申し出をイブルが断らない性格である事をこの二日で理解していたのだ。


 これで俺が奴を徹底的に蹂躙し、絶望と恥辱にまみれさせた顔面を見せれば……ネスティも奴に愛想を尽かすだろう……。

 

 そんな事を考えながら、ニルトは軽快な足取りで廊下を歩いた。 

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