第15話 合格発表

 「ふわぁ~」


 太陽が最も高く昇る昼下がり、俺は欠伸をしながら椅子に座っていた。


 そわそわそわそわ

 そわそわそわそわ


「母さん、父さん」

「な、何かしら!?」

「どうしたんだいイブル!?」

「先程から落ち着きがないぞ。一体どうした?」


 母さんと父さんは俺の周りを囲むように、歩き回っている。


「しょ、しょうがないでしょ! 今日はあなたとネスティちゃんの合格発表日なんだから!」

「そ、そうだよ! こんな緊張するなんて何時振りくらいかってくらい緊張してるよ!」


 勇者学院の入学試験が終わり、俺達がサークワイドの町へと帰還してから早五日が経過。

 今日は合格発表の日だった。


「実際に試験を受けたのは俺とネスティだろ。その俺達よりも緊張しているのはどうかと思うぞ。ネスティ」

「はい。お母様、お父様……どうぞ」

「あ、ありがとうネスティちゃん」

「あ、ありがとね」


 ハーブを煎じて作ったお茶をネスティは二人に出す。

 一先ず着席に、それを呑んだ二人は深く息を吐き、多少ながら落ち着きを取り戻した。


「安心して下さい。お父様、お母様……イブル様が不合格など有り得ません」

「そうは言うけどねぇ、ネスティちゃん」


 ネスティが宥めると、母さんはそんな声を漏らす。

 すると、一羽の鳥が鳴き声を上げながら窓際へと留まった。


「ん?」

『ツウタツ! ツウタツ!!』


 片言でそう叫ぶ鳥。

 その背中には何やら折りたたまれた紙が背負わされていた。


「これか、合格通知と言うのは!」


 俺は席を立つと、逸る気持ちで鳥からその手紙を受け取った。

 それを見届けた鳥は、何も言わず再び飛び立つ。


「よし、見るぞ!」


 紙を広げる俺、すると紙は複数枚あり一つは何やら文字が連なるモノでもう一つは魔法陣の方なモノが書かれているモノだ。

 陣の書かれている紙を机に広げ、俺は文字の書いてある方をネスティに渡した。


「読んでくれ母さん」

「え!? 私に読ませるの!?」


 そう言う母さんだったが、恐る恐るも俺の頼みを承諾し紙を受け取ると、それを音読し始めた。


「え、えーとイブル、ネスティ……貴君と貴女はシュヴァリア勇者学院第千三十期生入学試験を……合格した事を通達する……!?」


 文書を呼んだ母さんは非常に晴れやかな表情で隣に座る父さんを見る。


「お父さん!!」

「母さん!!」


 互いを呼び合った二人は歓喜に打ち震えるように抱き合った。


「良かったぁ!! 良かったわぁ!!」

「うん! うん!! 本当に、本当に良かったよぉ!!」


 まるで自分達が合格したかのように二人は喜んでいる。


「ガハハハハハハハ!! 見たか二人共!! 俺とネスティの実力を!!」


 俺は得意げに笑う。


「イブル様、改めて合格おめでとうございます」

「お前もな、ネスティ! とても嬉しいぞ!!」

「恐悦至極です。不肖ながらこの私、主の学生生活を全力でサポートさせていただきます」

「ガハハハハハハハ!! よろしく頼む!!」


 そして、今度俺は机に広げたもう一枚の紙を見た。


「そう言えば何かしらこれ?」


 母さんもこちらに意識がいったようで、そんな事を口にする。


「恐らく、こういう事だろう!」


 紙に触れ、俺はマナを流し込んだ。

 すると紙の上から瞬く間に煙が放たれる。

 煙が晴れると、紙の上には服と書類が二人分あった。


「紙に細工をし、対象の人間がマナを流す事で解除される仕組みになっていたようだな」

「あぁー入学書類! そうか、合格したんだもん保護者として書かないとね!」

「こっちは制服! イブル、ネスティちゃん! 採寸あってるか見るから着替えてきてー!」


 興奮状態の父さんは書類に目を通し始め、同じく興奮状態の母さんは服を手に取ると嬉しそうに俺達を見る。

 俺とネスティはその様子を、何処か微笑まし気に見ていた。


 合格する事は自負していたが……これは、悪くない気分だな。


 慌ただしく楽しそうにする両親を横目に、俺はそんな事を考える。

 合格した事の嬉しさよりも、それを知った両親が喜んでくれている方が嬉しいと感じたのだ。


「ふっ、これで勇者学院に……」


 改めて俺は合格通知を見た。

 すると、


「ん……?」

 

 書いてある事を、俺は二度見した。

 母さんが読んだのは最初の序文、その後に俺とネスティの判定が端的に書かれていたのだ。


 そこにはこうあった。


 ネスティ:合格

 イブル :合格(補欠)


「何だ補欠ってぇぇぇ!?」

「あらいいじゃない補欠でも何でも! 合格したんだから!!」


 呆気らかんとした様子で母さんは言う。


「良くなぁい! この俺がギリギリ合格という事だぞ! 有り得んだろ!!」

「イブル様。これは恐らく」

「む!? 何だ心当たりがあるのかネスティ!」

「はい。思い出してください、第一試験の事を」

「第一試験……?」


 言われながら、俺は第一試験の事を思い出す。

 そして思い出した。


「あっ……」


 第一試験の自分の得点がゼロである事を。


「本来であればイブル様が補欠合格など有り得ません。主席合格でも足りないくらいです。ですが」

「な、なるほどなぁ……! すっかり忘れていたわ!」


 大事な事を忘れていたのを、俺は頭を掻きながら誤魔化した。


「どういたしますか? 今からでも抗議に」

「しない! 恥ずかしい!」


 本気で提案してくるネスティの言葉を、俺は即座に却下した。



 シュヴァリア勇者学院の大聖堂。

 何もない簡素な場所であるが、天板は凝ったデザインをしており外からの灯りがこれに反射しとても美しい光を堂内へ届けていた。


「アリシア様。合格者への通達……全て終了しました」


 ガルムはそう言って、大聖堂の中心に正座する者に声を掛ける。


「……そうですか」


 月明かりによって照らされる彼女は顔を上げる。


「『星術』によれば、今年は災厄の年……それに対抗できるのは、この学院の生徒だけです……全力で、『覇の世代』である彼らを鍛え上げて下さい」

「無論です。この国の未来のため、誠心誠意……尽力致します」


 アリシアの言葉に、ガルムは膝をつき頭を垂れて応えた。



「……なぁ、ネスティ」

「何でしょうかイブル様」


 場所は俺の寝室、そこで俺はこの前彼女にした約束を果たそうとしている。

 ネスティの約束……それは彼女の望みを何でも一つ叶えるという事だ。


 そんな彼女が言った望み……それは、 


「いいのか? こんな事で」


 俺に膝枕をしてほしいというものだった。


「はい……とっても良いです」

「そ、そうか……。まぁお前が良いならいいが、もっと大きな望みでも良かったのだぞ? 折角この俺が叶えてやると言っているのだ」


 これでは金も掛からなければ、下手すれば何時でも出来るような事だ。

 正直俺からすれば、もったいないとしか思えない。


「何時もは私がイブル様に膝枕をしてあげていましたから……そ、その……私がされるのは……経験が無かったので……」


 そう言うネスティは耳が赤くなっていた。

 

 何を羞恥しているのだ? 裸で俺のベッドに潜り込んだりしているのに。


「どんな些細な事でも……私がイ、イブル様に……何かしていただけるだけで……とても幸せなんです」

「そ、そうか……」

「っ!?」


 ネスティの体がビクリと震えた。

 理由は見当がつく、俺が彼女の頭を撫で始めたからだ。


「ふっ、お前がそれで良いのなら俺も納得しよう! ならば俺は、魔王として最上の膝枕をお前に提供するまでよ! 今日は俺の膝枕で快眠すると良い!!」

「ありがとう、ございます」


 既に微睡みに囚われていたネスティは、耐える意識の中で俺に感謝の言葉を述べた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る