第二章 学院事件編

第16話 波乱の入学式

「ガハハハハハハハ!! 遂に来たぞ!! この俺の野望を果たすための学び舎に!」

「はい。ここであれば、きっとイブル様の野望を体現できると思います」


 勇者学院の正門で笑う俺と、隣に立つネスティ。

 何故か周囲の目線を感じるが、今はそんな事よりもこの感慨に浸っていたい。


「それにしても、母さんと父さんはやはり泣いていたな」

「仕方ありません」


 俺とネスティは三日前、サークワイドの町を発つ時の事を思い出した。



「いい? 夏休みには帰ってきてね二人共!」

「向こうで友達作ったら絶対連れて来るんだよ!?」


 そう言って母さんと父さんはとても名残惜しそうな顔をする。


 勇者学院は全寮制だ。

 つまりそこに通う俺達は、この家を出なければならない。

 前回の入学式を受けるために王都へ向かったのとは訳が違う、長期的な別れ。


 二人がそういった顔をしているのはそれが理由だ。


「イブル、ネスティちゃん。向こうでも精いっぱい頑張ってね!」

「辛くなったら何時でも帰ってきてもいいから!」


「ありがとうございます。お母様、お父様」

「ガハハハハハ!! 安心しろ!! 俺が辛くなることなど万に一つもないわ!」


 そう言って、俺達は一か月ぶりの馬車に乗る。

 両親にしばしの別れを告げた俺達を乗せて、馬車は走り出した。



「ま、二人の言ったように……ここで手に入れる新しい幹部でも連れて行くとするか」

「そうが良いでしょう」


 そう言って、俺とネスティは学院内の敷地に足を踏み入れたのだ。



「ただいまより、勇者学院第千三十期生の入学式を執り行う!!」


 新入生は学内の受付に案内され、大講堂と言う施設に案内された。

 どうやら学生全員が一堂に会すための場所であり、入学式などの催しは全てここで行われるらしい。


 ちなみに今話しているのは入学試験の際も壇上で話をしていたガルムと言う男だ。


「今年の新入生は五百人!! 君達にはこれから多くの試練や困難が待ち受ける、だがそれらを仲間と共に乗り越え……高め合っていくのだ!!」


 五百人か……という事はあの試験で千五百人は不合格だったわけだ。


「……私からの話はこれくらいとしよう。それではこれより、シュヴァリア勇者学院学院長のアリシア様より式辞を賜る!! みな清聴するように!!」


 ガルムはそこで壇上から降りた。

 次いで、そこに現れたのは体格とはあまりにも不釣り合いな帽子を被った女性だ。


 まさかアレが学院長なのか……?


 俺は訝し気な目を向ける。

 女性、とは言ったもののその姿はどう見ても十歳もいかぬ程度にしか見えなかった。


「……学院長のアリシアです。皆さま入学おめでとうございます」


 ……。


「……」


 ……。


「……」


 ……。


「……何を、喋ればいいんでしょう?」


 なるほど、この学院の先が思いやられるな!!


 一分以上も沈黙を保った上に、ようやく口を開いたかと思い発した一言に俺は呆れた。


「特に話す事がないのですが……」


 そう言って首を傾げるアリシアと言う名の学院長。

 そこに先程退席したガルムが壇上へと上がり何やら彼女に耳打ちを始めた。


「あぁそうですね。忘れていました、私から言わなければならない事。それでは皆さんこれからこの学院を代表する推薦入学者の新入生五名を紹介します」


 ん? 推薦入学者……?


 何の脈絡もなく、唐突に宣言されたその言葉に俺は半眼を向ける。


「推薦入学者は学院側が事前の調査からその才能を認められた者達です。既に天職検査も終了しています。それでは、ここに出てきてもらいましょう」


 アリシアがそう言うと、舞台の袖から五人の人間が姿を現した。


「あっ!?」


 そこにいた人間の一人に俺は驚く。


「『竜騎士』カーラ・エリュシェン」

「『高位神官ハイプリースト』シス・ワード」

「『狂戦士バーサーカー』バーナ・ドロス」

「『槍騎手ランサー』ウルバ・エイトリィ」


 次々に、アリシアの声で推薦入学者が紹介されていく中……俺の視線はその内のただ一人に注がれていた。


「……『剣聖』エヴァ・ノース」


 自分とあいすくりーむを取り合った、あの少女に。


「お、おい『剣聖』って……」


 周囲が何故かざわつき始める。


 一体どうしたというのだ……?


「皆さんが察している通り、『剣聖』とはかつて人界と冥域での戦争で多大な貢献を残した五英傑の一人……クルード・テンペストの天職です。千年、これまで『剣聖』の職業を得た者はいませんでした。彼女こそ、五英傑の生まれ変わりと言っても過言ではありません。これからあなた方は彼らの背中を見て、立派な『勇者』となって下さい」


 五英傑、その名は俺も知っていた。

 かつて冥域側の魔族達と互角……もしくはそれ以上の強さを誇る人間達であると。


 エヴァが『剣聖』だと……?


「それではエヴァ。首席の貴方から何か言って下さい」


 アリシアの言葉に俺とネスティ以外の新入生に緊張が走る。

 現『剣聖』である彼女が一体何を言うのか、神妙な面持ちで耳を澄ませた。


「……そうですね。じゃあ」


 エヴァはアリシアの立っていた演台の前に立つ。

 そして言い放った。


「私が一番強い。だからみんな足引っ張らないで」


『……』


 一瞬で空気が凍り付いた。 


「以上」

「待てぇい!!!」


 ただ一人、俺を除いてな。


 俺の大声に、壇上の人間は勿論……周りにいた同じ新入生までもが俺に視線を向ける。


「おいおい誰だよアイツ……」

「知らねぇ。何処の恥知らずだ?」

「なんて無礼な。礼儀も何もあったもんじゃないな……」


 周りにいる奴らは口々にそんな言葉を放つ。

 だがそんなものは関係ない。

 今の俺が気になっているのは『剣聖』の少女ただ一人だ。


「……あ」


 気付いたのか、俺を見たエヴァはそんな声を漏らした。


「イブル。新入生なんだ」

「あぁ! 晴れて俺もこの勇者学院の生徒だ! ってそんな事はどうでもいい! エヴァ!! 今何やら聞き捨てならない言葉を吐いたな!!」

「……?」

「何の事か分からんような顔をするな! 『一番強い』……お前はそう言っただろ!!」

「あぁ……うん、言ったけど?」

「訂正しろ!! 一番強いのは……俺だ!!」


 そう言って、俺は自分を指差す。

 その瞬間、再び周囲が圧倒的静寂に包まれた。


 しかしそれも束の間、今度は講堂内が笑いに包まれる。


「ははははははは!! 何を言ってんだよアイツ……!! 一般入学生のくせに一番強いって……!」

「相手は『剣聖』! 身の程が分かっていないにも程があるわ!!」

「はっ!! どういう教育をしたらあんな事を言う馬鹿が育つんだ!」


 周囲から何故飛んでくるのか分からない嘲笑や侮蔑を受けながら、俺はエヴァの言葉を待った。


 だが、それが来る事は無く……何故か俺の目の前には一人の男が現れた。


「ふんふん、いやぁ~今年の一年生は威勢のいいのがいるねぇ~。俺、嫌いじゃないよ?」

「誰だお前は?」

「あぁ、僕ね。僕はフェイル・デガー、この勇者学院の教員」

「教員か。丁度いい、俺は今エヴァに用がある。取り合わせてくれ」

「はは、それはちょっと難しいかな~」

「何ぃ!?」

「あぁでも勘違いしないで? それは可能性の話……そうでない可能性もちゃんとある」

「そうでない可能性? 何だそれは?」


 フェイルの言葉に俺は首を傾げる。


「それはね、君がこの学院で上にのし上がるって事」

「……は?」

「あの『剣聖』さんは現状一年生……いや、この学院内でも三本指に入るくらいには強い。そんな人にいきなり勝負を挑めるほど、一般入学生の君はすごいって思われていないんだ。だから、君があの『剣聖』さんと戦いたいなら、これから示していくしかない。君の実力って奴をね。そうしていけばその内彼女と戦える機会があるよ」


 うぅむ……、出来る事なら今すぐに戦いたかったのだが。

 というか俺が最強なのは明白だろう! 全く、何を言っているのだこの教員は!!


 心内で多少憤慨する俺。

 

 しかしまぁ……確かに楽しみは後に取っておくのも悪くはない。


 人間に転生して、俺は好きな物を後に食べるととても美味しいという知識を得た!

 これも同じ事だ!!


「よかろう! お前の言葉に乗ってやる!」

「そうかい? いやぁ嬉しいよ~」


 心底安堵したように、フェイルは笑みを浮かべる。


「あ、解決しましたぁ! 進行して大丈夫でーす!」


 俺に背を向け、フェイルは壇上の者達にそう声を掛ける。


「そうですか。では……あぁ、これ以上言う事ないです。ガルム、後はまた任せました」


 相変わらずのトーンの低い声で学院長は副学長に全てを丸投げした。


「承知しました。ではこの後は天職検査と入学試験の結果を基にクラス分けを行う! 各自で第二講堂へ移動するように!」


 こうして、入学式は滞りなく終わったのである。


 ん……? 天職検査? そう言えばさっきも言っていたな……何だそれは?


 俺にただ一つの疑問を残して。

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