第5話 一人目の幹部

「な、何だと……!?」

「お前!! 俺達を誰だと思っている!!」

「知らん。誰だお前らは? 名乗る事を許可してやろう!」


 当然の物言いで、俺は足を止めた。


「俺の名前はシガ!! スローワイル侯爵家の次男だ!!」

「ヌート!! ヒュトリ侯爵家の一人息子だ!」


 丁寧に自分の身元を明かす少年達。

 恐らく今の俺より二歳ほど年上。

 高そうな衣服に身を包んではいるが、喋り方が三下臭い。


「なるほど、侯爵家か。確かこの国ではそれなりに上の身分の人間だったな。で、そんなお前達が何故こんな所にいる?」


 俺が転生した先はサークワイドという町内の平民の家だ。

 そして食材を買いに来たこの商店街も当然平民御用達ごようたし

 間違いなく、貴族が来るような場所ではない。


「ふん! 決まっているだろ!! こいつような者を粛清しゅくせいするためだ!!」

「……どういう事だ?」


 シガの言った言葉が俺には全く理解出来なかった。


「ここ周辺には貧民街の者が盗みをする目的で沢山いるからな! 俺達はそれを防ぐために、侯爵家であるにも関わらずこうして慈善活動に勤しんでいる!!」

「ふむ……」


 なるほど。


 俺は理解した。

 そして同時に、それが嘘であると見抜く。


「嘘だな! お前達の慈善活動と言うのは方便だろう?」

「な、何を根拠に……!」

「何をと言われていても、さっきそこの女を殴りながら言っていた言葉が慈善活動をしている者の言葉とは思えんぞ」

「あ、あれは言葉の綾というか……!」

「しかも笑っていたな?」


 言葉を畳みかけ、俺は先程の光景を思い出す。


「お、おいシガ! 狼狽えるな!! 見ろ、奴は平民だぞ!!」

 

 ヌートと名乗った少年は俺の服装と手荷物を見てそう判断する。


「わ、分かっている……! だ、だが……何故か調子が狂うんだ……!!」

「ガハハハハハハ! 仕方の無い事だ! お前達如きでは俺の圧に怯むしかあるまい!」

「何だと……!! 俺たちは侯爵家の人間だぞ!! 何様のつもりだ貴様!!」

「魔王『様』だが?」

「ふざけたことを……!!」


 至極真面目なんだがな。

 どうやらそれが奴らには伝わらなかったらしい。


「俺達貴族に生意気な口を叩いたらどうなるか……その身に教えてやる!! 行くぞシガ!!」

「あぁ!!」


 おぉ……向かって来るのか。

 

 二人は拳を握りしめ、果敢にも突っ込んできた。


「ただの平民が……!! 後悔させてやる!!」

「謝ってももう遅いぞ!!」


 いや、「果敢」は違うな。


 買い物袋を地面に置きながら思う。


「よっと」

『がぁ……!?』


「無謀」の間違いだった。


 両手で二人の首を掴みながら訂正する。


「い、いた……やめ……!!」

「あ……がぁ……!!」

「まずは本当の事を言ってもらおうか!」

「わ、分かった……!! 話す……!! だから……!!」


 ヌートはそう言って俺の腕を叩く。


「そうか、喋れないのか。不便なものだな」


 意図を理解した俺は首を握る力を弱めた。


「本当は……ただの、憂さ晴らしだ!! どれだけ殴っても罪に問われない貧民は都合が良いから!!」

「お、俺達だけじゃない!! 他の貴族もやってる事だよ!!」


 苦しさを堪えるように、シガとヌートは言う。


「……実に下らないな!」


 あまりのしょうもなさに、俺は本音を漏らした。


「もう、いいだろ……!!」

「放せぇ……!!」


 シガとヌートはそんな事を言いながら俺を睨み付ける。


「よっと」


 持つのが面倒くさくなり手を離した。

 俺という支えを失った二人はそのまま地面へと落下し体を打ち付ける。

 

 よし、これで方針が決まったな!


「事情は分かった! それでは次は、俺がお前達を粛清する!!」

『……は?』


 ん、何だその意味が分からないといった表情は?


 シガとヌートのあまりにも間抜けな表情で俺を見た。


「な、何を言ってるんだ!?」

「何って……分からないのか?」

「分かるか!! 何が粛清だ!! お前のような者に粛清される筋合いなど存在しない!!」

「理由なら二つある! 一つ、ここら一帯は俺の庭だ、その秩序を乱す者を野放しにしておくわけにはいかない! というわけで俺は二度とお前達がこんな愚行を犯さないために粛清する! 分かったか!」  

「そ、そんな理屈が通るわけ……!!」

「通る! 俺は魔王だからな!!」


 俺は圧倒的な知性を以て、論破する。

 あまりの華麗な理論建てに感動しているのだろう。

 シガとヌートは開いた口が塞がらないようだ。


「だ、駄目だこいつ話が通じない!!」

「逃げるぞ……!」

「なぜ逃げる!?」


 俺の説明は完ぺきだったはずだ!! 逃げる理由などないだろう……!!


 逃げる二人を追い越し、俺はあっという間に再度二人の前に立ちはだかった。


「安心しろ! 一発だ!! 一発でもう二度とここに来ないと誓わせてやる!!」

『ふざけ……ごはぁ……!!??』


 何か言いかけていたが、面倒だったので息を吐く暇を与えず拳を二人の顔面に叩き込んだ。


「ぁ……!! あぁ……!!」

「ぅ……ぅぅぅあ!!!」


 顔を押さえ、シガとヌートはその場でのたうち回る。


「可能な限り加減はした……が、駄目そうだな!?」


 その惨状を見た俺は二人に近付くと、


「ぅう……?」

「な……ぁ!?」


 回復ヒールをかけ、顔面を元の状態へと戻した。


「あのままでは死にそうだったのでな。治したぞ! 後……やっぱり念のため、これも使う事にした」


 先程までの様子を見て、この二人が家に帰って俺の事を口走りそうだと判断した俺はもう一つ力を使う事を決意する。


覇者の眼ドミネート・アイ


 覇者の眼、簡単に言えば相手を洗脳するスキルだ。

 発動条件は自分の目で相手の目を見る事。

 だが呪いによってこのスキルには制限が掛けられているため簡単な命令を下す事しか出来ず、ある程度の強さを持つ者には効かない。

 しかしまぁ、こいつらなら問題無いだろう。


「今日の事はすべて忘れろ。そして、二度とここへは来るな」

『は……い』


 虚ろな人形のようになった二人はそのまま立ち上がり、ゆっくりと歩いて裏路地を後にした。



「さて、と」


 事態を収束させた俺は改めて座りこけている少女に向き直る。

 年齢は俺と同じくらい。

 アルビノ色の長い髪に、藍色の透き通るような瞳で顔立ちも非常に整っている。

 人類種の中でもかなり美しい部類に入るのではないか?


回復ヒール


 このままではまともに喋る事すら出来ないだろうと考えた俺は、全身に回復を施した。


「どうだ。これで話せるだろう!」

「え……あ、あの……」


 混乱している様子で全快した人間の女は俺を見る。


「俺の名はディアゴ……じゃないイブル! お前、名は?」

「わ、私は……ネスティ」

「ネスティ! 良い名だ!! お前はここに何をしに来たんだ?」

「……た、食べ物……を盗みに……来た」

「ほう? いつもやっているのか?」

「色んな……場所に行って、バレないように……してる」


 なるほどな。

 つまりさっきの人間共、目的は全く違ったが本質的にはこういった人間たちを取り締まっていたという事になる。

 なまじ嘘では無かったという訳か……まぁいい!


 罪悪感を一切感じる事無く俺は話を進める事にした。


「生きるためにした事か?」


 彼女はボロボロの衣服を着用している。

 それが、無一文だという事を如実に表していた。


「……」


 俺の問いに、ネスティはコクリと頷く。

 

「身寄りは? 両親はいないのか?」

「お母さんは……い、一年前に……死んだ。お父さんは……見た事も、無い……」


 なるほど……つまり、完ぺきに条件が揃っているじゃないか!!


 ネスティの言葉を聞いた俺は矢継ぎ早に言葉を放った。


「ネスティ! 貴様をこの俺の幹部として迎え入れる!! 光栄に思え!!」

「……え?」


 む、何をキョトンとしているんだコイツは? 俺がこんなにも素晴らしい提案をしているというのに……。


 俺がわざわざこんな裏路地まで足を運んだ理由。

 それは、コイツを『魔王』である俺の幹部として迎え入れる事ためだ。


 この数年、俺の憎悪と野心は一向にして衰えてなどいない。

 むしろ年々、強まってすらいる。

 俺は俺を貶め、失脚させたナーザを許さない……俺は奴に復讐を遂げ、改めて魔王の座に就く!

 そのために必要なのは戦力だ。

 今の俺では仮に冥域へ行けたとして、一人ではまともに太刀打ちできないだろう。

 最低十人……それもある程度の強さを持つ奴が必要。


 そう結論に至った俺は忠実な部下を集める事にしたのだ。

 そしてその記念すべき一人目が、このネスティという訳である。


 先程のマナの波動、原因は間違いなくコイツだ。

 本人は全く自覚していないようだが、鍛えれば相当のモノになる……。


「い、意味が……分から……ない」

「まぁまだ分からなくても良い! 後でゆっくり話してやる! とりあえず、お前が俺の幹部になるのは確定事項だ! 付いてこい!」


 そう言って俺はネスティの手を取り、彼女を立たせた。


「か、確定……って」

「いいか。先程あの二人に言っただろ、『粛清する理由は二つある』と。奴らは逃げようとしたから一つ目しか話せなかったから二つ目を教えてやる! 二つ目は、『お前が俺の部下だから』だ!」


 彼女の手を引きながら、無理やり歩かせる。


 こうして、今度こそ俺は帰路に就いたのだった。 

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