第一章 学院入学編

第4話 ディアゴからイブルへ。転生六年目の春

 赤ん坊の姿に俺自身が驚愕してから、早六年が経過した。


 最初はあまりにも動揺した……というかしない奴などいないだろう。

 しかし、現実は現実。

 どうしようもなく受け入れがたかったが、事実を受け入れた。


 俺は、人間に転生したのだと。


 原因は分からない、だが俺は転生した。

 ……二度目の生を受けたのだ。

 知りたい事、分からない事はまだ山ほどある。

 だが、それらは今些末な事。

 今の俺がしなければいけない事……それは、


「あいてててててててて!!! おい女ぁ!! 離さぬか!!」

「誰が女だってぇ!? 母さんと呼びなさい!!」

「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 この女の拘束から一刻も早く逃れる事だ。


「不敬だぞ!! 俺を誰と心得る……!! 俺の名はディアゴ!! 魔王選定を勝ち残った真の魔王であるぞ!!」

「また可笑しな事ばっかり!! あんたの名前はディアゴじゃなくてイブルでしょ!!」

「それはお前らが勝手に決めた名だ!!」

「そうよ。親は子供の名前を必死で考えて勝手に決めるものなの!!」

「そう言う事では無くてだなぁ!?」

「もうああ言えばこう言う……! いい加減ちゃんと謝りなさい!! 夕食の分の材料一人で全部食べてごめんなさいって!!」

「うるさぁい!! 俺がいつ何をどれだけ食おうと俺の勝手だ!! お前に咎められる筋合いなどない!!」

「だぁかぁらぁ……!! 私は『お前』でも『女』でもなくあんたの母さんよ!!」

「あだだだだだだだだだ!!!」


 女は俺に背中に圧し掛かかり、俺の足を無理やり曲げる。

 俺の態勢はちょうど海老のように反っていた。


「はい、じゃあ私三秒数えるから!!私の事を呼んでみなさい!! もし、変なこと言ったら……あんたの体が更に限界を超えて曲がる事になるわよ……?」

「なぁ……!?」

「じゃいくわよ~。さーん、にぃー、いぃぃぃぃぃ……」

「わ、分かった!! 止めてくれ、母さん!!」


 最早俺に選択の余地は無かった。


「は~い。よく出来ました~」


 俺の言葉に満足したのか、母さんは俺の背から体を退かせる。


「おぉぉぉぉぉふ……」


 解放された俺は体を脱力させ、そのまま床にうつ伏せた。


「全く……せめて調理して食べなさいよ。全部生で食べるなんて……」


 呆れるように母さんは俺に言う。

 

「別に食べられるから問題ない。質より量だ」

「まぁあんたが何でももりもり食べるのは知ってるけどさ。もう少し加減ってのをね……」

「ガハハハハハ!! 加減など知らぬ!! 俺は俺のしたいようにするだけだ!!」


 母さんの言葉を聞きながら立ち上がり、両腕を腰に当て俺は言う。


「それがダメって言ってんの!」

「あたぁ……!?」


 だが母さんはそんな俺を見て頭に手刀を浴びせた。


 やはり、母さんは俺に敬意が足りぬな……。

 まぁ仕方が無い……今の俺のこの姿に威厳も何もあったものじゃないからな。


 そう思いながら、俺は近くにある鏡で自分の姿を見る。

 六年前よりは圧倒的に成長してはいるが、俺の姿は子供。

 身長は百二十センチ程で、当然の事ならがら何とも幼い顔立ちだ。


「イブル、これ」

「む、何だ?」


 自分の姿を見ていた俺に、母さんは手を出し銅貨を見せる。


 ほぅ……?


「俺への貢ぎ物か」

「違うわバカ!! これで夕食の材料買って来いって言ってんの!!」

「何ぃ!! 貴様俺に使いを頼むのか!!」

「貴様……?」

「母さん!!」


 目の前に立つ母さんからドス黒い空気を直感した俺は慌てて呼び名を訂正した。


「はいはい!! 分かったら行った行った! お父さんが帰ってくる前にね!!」


 母さんは急かすように俺の背中を押す。


「ちょ、おい!」

「ベイク商店街、場所は分かるわね?」

「わ、分かるが……!」

「よろしい! じゃあ行ってらっしゃい!!」


 その声を最後に、俺は家を出された。

 ドアがガチャリと閉まる音が後ろで響く。


「……はぁ、何故この俺が」


 溜息を洩らし、俺は目的地まで歩き始めた。



 この世界へ来て分かった事。


 まず一つは、俺が転生した場所が人域のバレンメイガスという名の国である事。

 世界が分かたれたからか、今は人域では無く人界と呼んでいるそうだがまぁ確かにそちらの方が適当な言い方だろう。

 人界で生まれた俺は当然人類種。

 それも亜人ではなく純粋な人間だ。

 

 二つ目、それは俺が冥域で死んでから千年の時が経過している事。

 人界での今の暦はロムルス暦では無くフラージ暦になっており、これは世界が分かたれてすぐに変わったらしい。

 現在はフラージ暦千五十六年。

 逆算すると俺が転生したのは千年後の世界だと分かる。


 次に分からない事。


 一つ目は世界が分かたれ千年が経過しているにも関わらず、冥域の者達が戦いを仕掛けに来ていない事だ。

 調べたが、それらしい事件も何もまだ起こってはいない。

 不干渉の期間は千年。それが切れれば制約は無くなり互いの世界を行き来出来ると思っていたのだが、違うのか……?


 そして二つ目、それは俺の体に掛かってる十個の呪いだ。

 当初の俺は、すぐにでもこの国を制圧しナーザへの復讐をするための足掛かりにする予定だった。

 だがそれはすぐに不可能と言う結論に至る。

 この呪いによって使えるスキルが限られ、マナ量と身体能力にも著しく制限が掛けられてしまっているのだ。

 具体的には、俺は今力の千分の一程しか出せない。

 呪いの解呪も試みたが、駄目だった。

 一体誰が、何のために掛けたのか……全く以て不明だ。


 だが勘違いしないでほしい。

 例え力がどれだけ制限されていようと、俺は十分に強い。

 転生した俺を産んだあの母さんにだって負ける訳はない。

 

 本来ならばだ。


 しかし、何故だろうか……。母さんに対しては全く以て手も足も出ない。

 力を振るおうとしても、何か心にブレーキが掛かり最終的に母さんの為すがままになってしまうのだ。

「母は強し」という言葉を転生してから知ったが、これがそうなのだろうか。

 そんな事を考えながら首を傾げていると、俺は目的の場所に到着した。


 ベイク商店街。

 平民達が愛用する商店が立ち並ぶ商店街だ。

 母さんはよくここで買い物をする。

 大声で本日のおすすめを紹介する中年の男、店先で談話する人間たち。

 それらの喧騒が俺に耳に入り込む。


「さっさと買い物を済ませるか」


 俺はそう呟くと、自分が食した材料を思い出しながら道を歩いた。



「よし、これで全部か」


 母さんの命令通り買い物を済ませる。

 袋に入れた食材を見た俺は、帰路に付こうとする。

   

「……ん?」


 だが、そこで足が止まった。

 目にしたのは、裏路地への入り口。


「……」


 これは……マナの波動か。


 マナとはスキルを使用する際に使うものだ。

 これは何処にでもある。

 大気中に、体内に存在しているのだ。

 ある程度マナの扱いを覚えると大気のマナの揺れや動きを敏感に感じる事が出来るようになる。

 まぁ呪いが掛けられている今、観測範囲は僅かだが。

 しかし何はともあれ俺は今、それを観測した。

 ……転生してからこれ程のものは目にしていない。


「よし」


 釣られるように、引き寄せられるように俺は裏路地へと足を踏み入れた。



「はぁ!!」

「死ね!! 貧民街のくずが!!」


 腹を蹴られる。

 顔を殴られる。


 痛い、痛い、痛い……。


 少年二人に暴力の限りを尽くされている少女は諦めたような表情で、それを受け入れていた。


 後どれだけ耐えれば終わるんだろう……?


 少女は虚ろな目で、少年達を見ながら思う。


「はははは!! お前のような貧民に!! 俺達に殴られるって価値を与えてやっているんだ!! ありがたく、思えっ!!」

「そうだ!! 嬉しいだろ!! 何とか言ったらどうだ!!」

「は……い……ありが、とう……ござい、ます」


 最早少女の声は掠れ……絞り出すようにか細い声しか出せなかった。

 このままでは、耐え切れない。

 このままでは、命に関わる。


 少女はそれを実感した。


 だ……れ、か……。


 薄れゆく意識の中、少女は助けを求める。

 誰も来ないと分かっているのに。

 誰も助けてくれないと分かっているのに。


 少女は、光を求めずにはいられなかった。


「死ねぇ!!」


 少年の内の一人が少女に向かい、今まででもっとも強烈な拳を放つ。

 しかし、それは不発に終わる。


「……え?」

「な、何だよ……これ」


 二人の少年はその事態に困惑する。

 少年の拳が触れたものは少女の体では無く、二人を隔てるように出現した半透明の壁だったからだ。

 

 ど、どう……なってるの……?


 当然困惑したのは少女もである。

 一体何が起こったのか、理解出来なかった。


「間に合ったか」


 その時、三人の耳にそんな声が入る。

 二人の少年はそれに反応し振り向いた。


「だ、誰だお前は……!!」

「これをやったのはお前か……!!」


 口々に言葉を発する少年たち。


「五月蠅いな。もう少し静かに喚けないのか?」


 それを一蹴するようにディアゴ……いや、ディアゴ改めイブルは少年たちに冷徹な眼差しを向ける。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る