第3話 早すぎるオワリ、突然のハジマリ

「っ……!? あ、がぁ……!!」


 血を吐き、ディアゴはその場に膝をつく。


 何だ……? 何が、起きている……?


 あまりにも予測外の事態に、ディアゴは頭の処理が追い付いていない。


「良かったわ。油断してくれて」

「どう……いう事だ……。ナーザ……!!」


 ディアゴはナーザを見上げ、睨み付ける。


「どうもこうもないわ。全ては私の計画のため。あなたは私の計画を忠実に遂行するための操り人形だったの」

「な……に……?」

「簡単に言えば、魔王になるのは……あなたじゃないという事よ」

「何を、言ってる……!! 残った魔王候補者は、俺一人……!! 俺が、新たな魔王!! 新時代の、冥域の支配者だ!!」


 呻くように言いながら、ディアゴは自身の力を発動しようとする。

 いくら体が疲弊しているとはいえ、まだ多少の力は残っている。

 つまり自身のスキルを行使できる……そのはずだった。

 

「な、何で……だ? 力、が……!」

「私があなたに刺したそれは『絶対否定の短剣ディス・タガー』。刺された対象はその力の一切を使えなくする。特級呪具よ」

「何だ、と……!?」


 ディアゴは自身の心臓に刺さった短剣を抜こうとする。

 だが、抜けない。

 剣を引き抜く力が足りていないのではなく、何か特殊な力が働いているために抜けないのだ。


「はぁ……、はぁ……!!」

「やはり心臓を刺しても中々死なない。しぶといわね」

「当たり……前だ……!! 俺は、『魔王』だぞ!! こんな所で、死ねるものか……!!」

「確かに今のあなたは『魔王』ね。でも、それもすぐに終わる。恐らくだけど、あなたが魔王の最短任期よ。ディアゴ」

「黙ぇ……!! 何故だ、何故俺を騙した……!! お前の目的は、一体なんだ!!」


 今のディアゴには何もかもが分からない事だらけだ。


「いいわ。あなたはどうせ死ぬ。なら少しだけ教えてあげましょう。あなたを利用したのは、あなたなら邪魔な他の魔王候補者を殺せると思ったから。私や彼じゃあ相性の悪いのが何人もいたのよ」

「か、れ……?」

「そしてこれがもう一つの理由」

「……なっ!?」


 その光景にディアゴは目を見開く。

 それもそのはずだ。

 何故なら、はディアゴが先程自らの手で殺したのだから。


「エルパード……!! 何でお前が……!!」


 数刻前にこの世を旅立ったはずの彼の名をディアゴは口にした。


「俺のスキル、続く世界ノー・コンテニューは復活不可能な攻撃を食らっても、そのルールを無視して復活する。お前の攻撃も、例外では無い」

「ナーザ、お前まさか……!! エルパードと共謀してたのか……!!」


 ここまでの状況から、ディアゴはそう判断する。

 いや、そう判断せざるを得なかった。


「その通りよ。さぁひれ伏すがいいわ。『あなたの次の魔王』に」

「がぁ……!!」


 底の厚い靴で頭を蹴られ、無理やり地面に顔を接しさせられるディアゴ。

 

「ふ、ざけるな……!! 俺はぁ……!!」


 体に力を籠め、頭を上げようとするが一向に上がる気配はない。

 横目で見上げる先には、二人の魔族がディアゴを見下ろしていた。


「……ナーザ!! 俺とお前はここまで共に夢に向かい歩んだ仲だろう!! それなのに、どうして……!!」

「だってあなた……賢くないもの」

「あぁ……!?」


 当然の事のように語るナーザに堪らずディアゴは声を上げる。


「それに同じ場所で育ったって、私は別に……あなたの事を友人とも、家族とも思った事は無いわ。あなたのような混じり者は」

「混じり……? 何だと……?」

「……はぁ、もういいわ。エルパード」

「あぁ」


 ナーザの言葉に応えるように、エルパードは拾い上げた魔剣でディアゴの両腕を斬り落とした。


「……っ!!!」

「今のあなたじゃあ腕を再生させるだけの力はないでしょ? まぁあったとしても、『絶対否定の短剣ディス・タガー』の効果で出来ないけれど」


 腕の両断は、万一の可能性を考慮してディアゴに反撃させないための措置だ。

 つまり、それほどまでにナーザは彼を確殺する気なのである。


「どう、して……だ。俺は……お前を、信じてたのに……!!」


 涙を流し、ナーザを見る。

 しかし幾ら悲観的な表情を見せても、彼女の表情は変わらない。

 

 どうしてだ……? どうしてこうなった?


 地面の匂いを鼻腔に入れながら、ディアゴは思考する。


 こんな所で、終わる……のか? 俺が、俺の夢……野望が……?

 

 受け入れられない現実、しかし刻一刻と時は迫っている。 


 最も信頼していた者に裏切られた。

 騙され、蹴落とされ、その命のともしびは消えかけている。


 全く何という道化だ、俺は……。 


「っ!!」

 

 自分の首に力を籠めるディアゴ。

 次の瞬間、彼はナーザの足を跳ね飛ばし、上半身を起こした。


「ガハハハハハハ!!! 許さん……!! 許さんぞナーザ……!!」


 涙を流し、酷く歪んだ表情で笑いながら『現魔王』は幼馴染を睨み付ける。


「殺す!! 殺してやる……!!」

「やはり気持ちが悪いわ。その野蛮な顔」


 変化の無かったナーザの表情は、まるでゴミを見る表情へと化し侮蔑の視線がディアゴに注がれる。


「俺は決して……挫けない!! たとえ死んでも、アンデットとなって……必ず殺しにいく!! せいぜい首を洗って待っていろ!!」

「健気な遺言ね」


 言いながら、ナーザはエルパードに目配せする。

 それを見たエルパードは、ディアゴの首元に向かい魔剣を放つ。

 絶命する最後の瞬間まで、ディアゴはナーザを睨み続けた。

 その目に、怨恨の炎を灯しながら。


 そして、『魔王』になったばかりの男の首はいとも容易く切断された。

 落下する首……「死」まで後一秒も無いだろう。


 ……俺は、魔王だ!! 野望は、必ず実現する……!!


 意識が途切れる最後の寸前、彼はそんな意気地を見せながら息絶える。


 こうして『魔王ディアゴ』は四十歳にしてその人生に終止符が打たれた。

 魔王にしても、ただの魔族にしても早すぎる死だ。



 ん……? 何だ、この感覚は……?


 あまりにも馴染みの無い感覚がディアゴを襲う。


 というか、ここは……何処だ? 俺は、あの時……。


 そう思いながら、彼は自分の思い出せる最後の記憶を呼び起こす。

 魔剣が首の肉を断つ感触と、目が最後に見た光景を。


 そうだ……。俺は、死んだ。死んでしまった。


 自分の生が終わった事を、ディアゴは再確認する。


 なら、何だここは……? あの世、か?


 死んだ者が行くという世界。だがそれにしては違和感があった。


「可愛いなぁ」

「そうねぇ~。ずっと眺めていたい寝顔だわ~」


 ん? 何だこの声は……?


 全く以て聞き覚えの無い声に、ディアゴは反応した。


 いや、待て……。俺、今抱き抱えられてないか?


 そしてようやく、ディアゴは自分が一人の女性に抱かれていると認識する。

 しかし認識したところで、混乱は増すばかりだ。


 どうなっている……。これは、俺の体なのか……?


 視界は薄明るい。

 それが瞼を通して外界を見ているものだと分からなかったが、ディアゴは反射的に目を開けた。


「あ、起きたみたいだよ!」

「本当! 起きまちたか~? ママでちゅよ~!」

「僕がパパだよ~!」


 あ……?


 目を開けても、ディアゴは状況を理解出来なかった。

 目の前に映る女性と男性は見た事が無いし、自分のいる場所にも心当たりがないのだ。


「ちょ、ちょっと抱っこさせてほしいな」

「え~、いいけど乱暴にしないでよ」

「分かってるよ」


 女性と男性がそんなやり取りをした直後、ディアゴは女性の手元を離れ、男性によって抱えられ上げた。

 

「お~よしよし、可愛いでちゅねぇ~!」


 む……!? おい何だやめろ……!! 顔を近付けるな!!


 そう言おうとしたが、


 喋れない……だと!?


 ディアゴは口を開いても発声が満足に出来ない事に驚愕した。


 くそ……!!


 仕方なく首を捻り、男性との顔面接触を避けようとするディアゴ。

 だがそんな事をしたところでどうにかなる訳も無く……。


 うぅ……。


「お~よちよち!」


 ディアゴは見ず知らずの男性と頬を擦り合わせる結果となった。


 何だ……本当にどうなっている…。何だこの状況は……!!


 そう思いながら、男性の頬ずりに耐えているディアゴの視界に入ったのは鏡だった。

 鏡、そこには当然男性に抱えられている自分の姿も見える。


 いや、いやいやいやいやいやいやいやいやいや。


 その光景に、ディアゴはますます混乱する。


「ほんっとうに可愛いなぁ~。ずっとこうしていたいよ~」


 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!!


「この子はどんな風に育つんだろうなぁ~。今から将来が楽しみだよ!」

「私とあなたの子供よ。可愛い幼少期を経て、将来はとってもイケメンになる事間違い無し!」


 男性と女性……いや、父と母は生まれた我が子の将来の展望を期待する。


 何だこれはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???


 赤子になったディアゴは、内心でそう叫んだ。

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