第2話 俺が新たな魔王である!

 ロムルス暦 六百三十年


 世界が分かたれ、魔王がこの世を旅立ってから四十八年後。

 冥域では次の魔王を決めるために、日夜にちや選定が行われていた。


 前魔王が定めた選定方法……それは力に我こそはと自信のある者達が名乗りを上げ、互いに殺し合い、そして最後に生き残った者が魔王となるというものだった。

 この選定で生き残った者はすなわち、高い闘争心と野心、戦闘力があるという事になる。

 つまり前魔王が望んでいた、傍若無人で力のある者が魔王になるという訳だ。


 名乗りを上げた魔王候補者は総勢百名。

 彼らは時に軍勢を率いて殺し合い、時に一対一の勝負で殺し合った。


虚構零アブソーバー・ゼロ……!!」

収束漆黒ブラック・コンバージェンス


 魔王候補を名乗るだけあり、とてつもない力のぶつかり合いが繰り広げられる。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 その中でも、ひと際目立つ者がいた。


「死ねぇぇぇぇぇぇい!!!!」


 野蛮な雄叫びを上げながら、その魔王候補は他の追随を許さない圧倒的な力を見せ続ける。


 彼の名はディアゴ。

 魔王に憧れ、魔王を目指す魔族だ。

 魔族の中では三十八歳とまだ若いが、それでもその戦闘力はトップクラス。

 更に数百年掛け習得できる技をたった十年で極めるなど、その才能は常軌を逸している。


「若造が……!! 舐めるなぁぁぁぁぁ!!」

「ガハハハハハ!! いいぞいいぞ!! もっと俺を楽しませろぉ!!!」


 血を吐き、絶命寸前の魔王候補者が吠え、ディアゴに襲い掛かる。

 彼はそれを楽しむように迎え撃った。



 ディアゴが名乗りを上げ、魔王選定に参加して早三十年。

 百名いた魔王候補者は棄権した者を含めると既に九十人以上が脱落していた。


「ガハハハハハハハハ!! やはり俺は強い!! 俺最強!!」


 悪魔のように笑いながらディアゴは、屍の上に立つ。


「ディアゴ」

「おぉ!! ナーザ!」


 そんな勝利の余韻を堪能していたディアゴに声を掛けたのは、ナーザと呼ばれた女性だった。

 足元に迫るほどに伸びた美しい黒髪に、整った美しい顔立ちはまさしく魔性の女性と呼ぶに相応しい。

 ディアゴは主人が帰って来た飼い犬のように無邪気な笑顔を浮かべた。

 百九十センチにも達しようかという身長に、筋骨隆々な体格のディアゴは屍の山から飛び降りてナーザの前に立つ。


「これで何人目だ?」

「あなたが倒したのは四十人目よ。そして残りの魔王候補者はあなたを含めて後五人」


 微笑み、ディアゴに進捗を報告するナーザ。

 それを聞いたディアゴは体を震わせた。


「いよいよ俺が魔王になる時が近付いてきたな!」

「えぇ、そうね」


 先程と同じように、ナーザは微笑む。


「ガハハハハハハ!! これもナーザ、お前のお陰だ!」

「あら、私は大した事はしてないわ。ここまで来たのは、あなたの実力よ」

「謙遜するな! 戦闘以外の業務は全お前が行っている。お前の情報に助けられた事も一度や二度ではない。それに、お前はここまで俺の野望のために付いて来た! 同郷の馴染みと言えど、容易に出来る事ではない! 流石は俺の副官よ!!」

「そう? なら良かったわ」

「あぁ!」


 ナーザの言葉にディアゴは即答する。


 ディアゴの言う通り、彼とナーザは幼馴染だ。

 冥域内の僻地へきちにある村で共に育ち、共に同じ時間を共有した。

 同じ年の子供は珍しかったため、ディアゴとナーザは特に仲が良かった。

 そしてディアゴが魔王になる夢を語った時、彼女は言ったのだ。

 

『ディアゴが『魔王』になるのなら、私はそれを補佐する『副官』になる』と。


「この選定ももうすぐ終わる! そうすればお前はディアゴ副官から『魔王』ディアゴの副官となる! どうだ光栄だろう!!」


 高らかに述べるディアゴの手をナーザは握る。


「えぇ。一緒に……冥域のいただきの景色を見ましょう」

「うむ!」


 満足げに笑い、ディアゴは頷いた。



 二年後、魔王候補は残り二人となった。

 当然その内の一人はディアゴだ。


「お前が最後の一人か。名を聞こう!」


 快活な様子のディアゴは目の前にいる殺すべき対象に名を訊く。


「……エルパードだ」


 名を訊かれた男は自身をそう名乗った。


「残った魔王候補者は俺とお前だけ。つまり、この戦いで生き残った方が……晴れてこの冥域を統べる魔王になる!」

「……そうだな」

「む……。何だ貴様、その乗り気ではない感じは」


 エルパードの口調からそう判断したディエゴはそれをそのまま口から漏らす。


「気にするな。粗末な事、さぁ……最後の戦いを始めよう」

「う、うむ……そうだな!」


 そう言い羽織っていたマントを外すディエゴ。

 何処か調子が狂う感覚を味わう彼であった。



 ディエゴとエルパードの戦いは半年を経ても続いていた。

 流石はここまで生き残った魔王候補者同士、お互い一歩も譲らない。

 凄まじい力と力のぶつかり合いが繰り広げられていく。

 山が消え、変化した地形の箇所は数え切れない。

 どちらが勝つのか、観客としてこの戦いを見ていたのならば固唾を飲まずにはいられないだろう。

 両者は実感していた。

 何故相手がここまで昇って来れたのか……その強さを。 


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「……!!!!」


 一進一退の攻防の中で、互いの体内のマナと体を酷使するための体力は確実に削られている。

 状況は、どちらかが少しでも先に甘えた攻撃をすれば敗北に直結するような事態にまで発展していた。


 そして……そのときが来た。


「……」

「……」


 刺し違えるようにディエゴは拳を、エルパードは魔剣で相手の体を貫く。

 互いの攻撃は間違いなく目の前の魔王候補者に命中した。

 攻撃を食らった箇所からの流血が、氷解して滴る水のように地面へと落下する。


「……俺の、負けか」


 そう呟いたエルパードは魔剣から手を離し、ディエゴの拳を抜くように自分から体を離した。


「お前は強かった。俺が今まで戦って来たどの魔王候補者よりもな」


 何時もは陽気に傲慢な態度を見せるディエゴだが、この時は何処か達観した様子で死闘を繰り広げたエルパードを見据える。


 エルパードはディエゴの心臓目掛けて魔剣を刺そうとした。

 しかしすんでのところでディエゴが体を捻り、刺される箇所を心臓から少しズレた所にさせたのである。

 対して、ディエゴの拳はエルパードの心の臓を正確に貫いていた。

 エルパードはディエゴの攻撃につられ、それに乗ってしまったのだ。

 甘えた攻撃をしたのは、エルパードだった。 


「……そうか。それは、光栄だ」


 そう言うエルパードの表情は、薄っすらと笑っていた。

 


「……勝った」


 倒れたエルパードをその目に焼き付けるディアゴは、ゆっくりと胸部に刺さっていた剣を抜きその場に投げ捨てた。


「こ、これで……俺が……!!」


 そう、魔王候補者はもういない。

 ディアゴが生き残った最後の一人。

 つまり、彼が正当な『魔王』になったのである。


「ハハハ、ハハ……ガハハハハハハハ!! やった、やったぞ……!! 俺は、遂に!!」


 体を激しく動かして、喜びに浸りたい衝動に駆られるディアゴだが……マナも体力も底を尽きかけている。

 加えて勝利した事によって緊張の糸が切れたため、体がほぼ動かない。


「ディアゴ!」

「お、この声は……!」


 自分の名を背後から呼ぶ声に、ディアゴは喜びを覚える。


「ナーザ!」


 数十年一緒に過ごして来た彼女の名を呼びながら、振り返るディアゴ。

 そこには普段よりも嬉しさを滲ませた表情で近寄って来る彼女の姿が見て取れた。


「やったぞ……! これで、俺が『魔王』! お前は晴れて……この俺の、『魔王の副官』だ!」

「えぇ……! 本当に、長かったわね!」

「あぁ……! だがこれはまだ始まりにすぎぬ!! 『魔王』になった俺は、これから数々の伝説を残していくのだ!!」


 体は限界に来ていた。

 一刻も早く休みたい衝動に駆られるディアゴだが、副官のナーザに無様な姿を見せまいと、気力と根性で立っている。


「ディアゴ」

「む……!? 何だ?」


 自分の内なる疲労感と戦っている中、名前を呼ばれたディアゴはそれを悟られぬように返事をする。

 ディアゴの様子に気付いているのか、気付いていないのか……判断できない表情でナーザは言った。


「死んでくれないかしら?」

 

「……あ?」


 気付けば、ディアゴの心臓には……一本の短剣が突き刺さっていた。

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