第6話 久方ぶりの温もり
「帰ったぞ!」
「お帰り~。ちゃんと買って来た~?」
「あぁ!」
そう言って俺は買い物袋を母さんに手渡す。
「えぇ~と、モノスの肉にジャガイモ、ヨスバキ草、キャベツとエントウキノコに知らない女の子! うん完璧ね!」
「そうだろう!」
「えぇ! ってんな訳あるかぁぁぁ!!??」
「いてぇ!?」
俺の隣に立っていたネスティを見た母さんは流れるように俺に手刀をかました。
「何をする!?」
「それはこっちの台詞よ!! こんな可愛い子一体何処から連れて来たの!? あんたその年で誘拐なんてやめなさい!」
「誘拐ではない! 俺が勧誘し、ここに連れて来たんだ! 同意の上だ! というか息子に対し真っ先に誘拐という発想が出るのは母親としてどうなんだ!?」
「大丈夫? 痛い事されなかった?」
「話を聞けぇい!!」
俺を他所にネスティの心配をする母さんに俺は堪らず声を上げた。
◇
「大変だったわねぇ~ネスティちゃん!」
「もう大丈夫だよ! 僕達が付いてるからね!」
その夜、俺たち家族はネスティを含め夕食の席を囲った。
母さんと帰って来たばかりの父さんに俺が彼女の身の上を離すと涙を流し家に家族として迎え入れる事を快諾した。
最初は『覇者の眼』の使いネスティを家族と認識させようとしていたが杞憂だった。
考えてみれば当然だ。
この気の良い家族が、ネスティを受け入れない訳が無い。
「ほ~らネスティちゃんの分! 食べて食べて!」
母さんは腕によりをかけて作った料理をネスティの前に差し出す。
「だ、大丈夫……い、いらない……」
小さな声で言うネスティ。
しかし料理から発される湯気と匂いが、ネスティの鼻腔をくすぐる。
ぎゅるるるるるるるるるる
その直後、ネスティの腹が可愛らしい音を立てて鳴った。
「……」
顔を赤らめ俯ける彼女に対し、母さんと父さんは顔を見合わせ笑う。
「ほら。食べよ、ネスティちゃん」
「遠慮なんてしなくていいんだよ?」
「………………い、いただきます」
両親の言葉に乗せられるように、ネスティはスプーンを手に持ち料理を食し始めた。
「はむっ……んむ……!」
余程美味いのだろう。
俺達には目もくれずに料理を口に運び続ける。
「うぅ…………む……うん……!!」
何故か、彼女は食べながら泣き始めた。
「な、何だ……! 何故泣く!? まさか、母さんの料理が不味くて……!!」
「何てこと言うのあんたぁ!!」
「ごほぉぅ!?」
母さんに頬を殴られた俺は強制的に離席させられる。
「こらこらイブル、駄目だろそんなこと言っちゃあ。母さんの料理は昔は酷かったけど今はとても上手になったんだから」
「お父さん?」
「あ……」
自分の失言に気付いた父さん、そこから次の行動に移行するのはとても素早かった。
「逃げるんだイブル!! 捕まったら終わりだよ!」
「分かっている父さん!」
「待ちなさい二人共!」
俺と父さんは追いかけてくる母さんから逃げるように食事机の周りを走り回る。
「うぐ……うぇ……んむ」
そして、一人泣きながら食事をするネスティの周りを囲むように走り回る俺達という……非常に奇妙な構図が出来上がった。
◇
食事が終わった後はネスティを含め家族で風呂に入った。
寝間着は用意出来ていないため俺ので代用するしかなかったが、ネスティは特に不快感を示す事なくそれを着用した。
風呂を出た後、他愛の無い談笑をする。
徐々に緊張が解れてきたのか、ネスティも僅かだが自発的に言葉を発し始めた。
そして、夜が深くなり就寝時間がやってきた。
父さんと母さんはネスティを一先ず俺の部屋で一緒に寝させると決めた。
一応使っていない部屋があるにはあるが、物置になっているためとりあえずの処置としてだ。
こればかりは仕方ない、俺は了承しネスティと一緒のベッドで寝る事になった。
「じゃあおやすみ~」
「ゆっくり休んでね」
父さんと母さんはそう言って俺の部屋の扉を閉める。
「よし、寝るか! とりあえず今日は疲れただろう!」
そう言って俺は自分のベッドにダイブした。
「え、あ……あの……えー、と」
「何だ? お前も来い。一緒に寝るぞ!」
「で、でも……」
ネスティは何処か遠慮がちな態度を見せる。
「いいか? お前は今日からこの家の一員になったのだ。だから遠慮する理由など何処にも無い!」
「な、何で……?」
「ん?」
絞り出すように彼女は言う。
「な、何で……私に、こんなに優しくしてくれるの……? あなたも、あなたの家族も……」
この期に及んで何を言っているんだこいつは?
「言っただろう、お前は俺の幹部だ。だから相応の待遇をした。俺の両親が優しいのはあれが素だからだ。納得しろ!」
「そ、それじゃあ……納得、出来ない。だ、だって私は……」
「『貧民街の人間だから』、か?」
「っ!!」
どうやら図星だったようだ。
ネスティが肩を震わせたのが、何よりの証拠である。
「ガハハハハ! くだらんな!! 貧民だからどうした? そんなモノ俺は勿論、母さんや父さんにとっても拒む理由になりはしない!」
全く、どうやらネスティは自分の地位を気にしているようだ。
自分のような者がこのような扱いを受けていいのか、と。
「俺の幹部ながら下らぬ事で悩みおって……! いいだろう! ならば貴様に問う! 今日、俺達と過ごし……お前は何を感じた?」
「な、何を……って」
しばし視線を下に落とし考え込むネスティ、やがて彼女は自分の胸に手を当てポツリと呟いた。
「あ、温か……かった」
「それは、お前にとって良いモノか?」
俺の問いに、ネスティはコクリと頷く。
「お母さんと、一緒に居た時と……同じ、感じ……」
「ガハハハハハ! 同じだな!」
「え……?」
「俺も、父さんも母さんも、お前と同じものを感じているという事だ! 同じ時間を共有し、笑い合う……それはもう『家族』ではないのか? 少なくとも、俺はこの六年間でそう学んだぞ! 貴様はもう『貧民街の人間』ではない。『俺達の家族』であり『俺の部下』だ!」
指を差し、俺はネスティに改めてそう宣言した。
「……っ」
次の瞬間、彼女は涙を流した。
一体どんな感情が中で渦巻いているのかは知らないが、少なくともマイナスのものではないだろう。
やがて意を決したように、ネスティはこちらへ向かい歩くと……俺のベッドに入る。
「……ありが、とう」
「ガハハハハハ!! 良い顔だ!!」
ぎこちなく微笑むネスティの顔を見て、俺は満足げに笑う。
「ちょっとぉ!? さっきから五月蠅いわよイブル!! 静かにしないとネスティちゃん寝れないでしょ!!」
「ま、まずい母さんが来る! ネスティそこの灯りを消せ!!」
「う、うん……!」
言われた通りにネスティはベッドの横にあったランプを消した。
「よし!」
「……っ!?」
それを確認した俺はそのまま毛布を自分とネスティに掛け彼女と自分をベッドに押し倒す。
「イブル! ってあれ……? 寝てる……」
ガチャリと、扉を開ける音が聞こえた後母さんのそんな声が耳に入る。
「ふぅ……間一髪だったな」
再び扉を閉める音が聞こえた俺は毛布から顔を出し、事態の収束に安堵した。
「……とりあえず、寝るか」
「う、うん……」
特に話す事も無くなった俺の提案に、ネスティは同意する。
こうして、俺達はそのまま寝る事になった。
◇
ガハハハハハハ! やったぞ!! 俺の巧みな話術にすっかり心酔しおったわ!!
ネスティが寝息を立て始めてから数分後、まだ意識のあった俺は満面の笑みを浮かべていた。
そう、先程の会話も全てネスティの心を開かせるためにやった俺の作戦だったのだ!
幾ら強い部下が必要と言っても裏切られては意味が無い。
あの時の手痛い失態を二度と繰り返さぬために、寝首を掻かれないために俺は考え続けた。
一体どんな人間ならば裏切らないのか、と。
そして出た結論。
それは、「後ろ盾のない子供」!
ネスティは見事にそれに合致していた。
これから俺がしっかりと教育して絶対に裏切らない、俺の幹部に相応しい人間へと育ててやろう!
完璧な作戦! 我ながら惚れ惚れするわ!!
俺は、心の中でそう高笑いしながら眠りに落ちた。
◇
翌朝、イブルよりも早くネスティは起床した。
「……」
隣で眠る彼の寝顔をネスティは見る。
母親が死んでから、何のために生きるのか分からなくなった自分。
何のために生き永らえているのか分からなかった自分。
そんな自分を救ってくれた救世主の顔を見る。
「……」
恐る恐る、ネスティは彼の体に触れた。
「……あった、かい」
触れた体温の温かさが、彼女の心を和らげる。
「うん……」
そして、ネスティは静かに決意した。
死ぬ寸前だった自分に手を差し伸べ、光を……温もりをもたらしてくれたこの人に尽くそうと。
新たな人生の目的が、彼女にできた瞬間だった。
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