第124話 尾行と顕現と

 ワシ達は夕食後、藁を詰めた袋で出来たベッドで横になると、旅の疲れからか直ぐに眠ってしまった。


 ……ワシを含めた一部を除いて。


 ワシはシーツを顔まで被りながら、皆(正確にはギデオン殿とミミ殿)の動きを注視する。

 暫くすると、のそり、と動き出し、広間を出て行く。

 どうやら、ギデオン殿のようだ。ルシエラ殿と待ち合わせをしているのだろう。


 さて、あと一人が動けば、ワシも行くとするかな

 更にベッドの中で息を潜めていると、二人目がベッドから出て後を追い始めた。

 よし、ミミ殿も行ったな。


 ワシもゆっくりと身体を起こし、物音を立てないようにそろり、そろり、と広間を後にする。

 ふむ。ミミ殿達はどっちの方角に向かったかな。

 ワシは右眼を[梔子の眼]に切り替え、周囲を見渡す。お、アッチの方角か。

 では……。


「……シード、何処に行くの?」


 ぬお!? 誰だ!?

 ワシは慌てて振り返ると、其処にはライラとメルザがいた。


「お、お主達、寝ておったのではないのか!?」

「ううん、その、ちょっと寝付けなくて……」

「私もそうです……」


 二人は目を逸らしながら、気まずそうにそう言い放った。

 あ、多分嘘だこれ。


「そ、そうか。な、なら明日も朝早い故、早く寝てくるのだ」


 ワシはギデオン殿達を追いかけたかったので、敢えて二人を問い詰めずに、ベッドへと戻るよう促した。


「ええー、ヤダ。シードが何処に出掛けて、何をする気なのか言ってくれたら、気分次第で戻っても良いけど」

「私は説明までは求めません。その代わり、私もご一緒しますが何か?」


 こ、此奴等、自分のことは棚に置いて、ワシには詰問するのか!?

 ぬう……そうこうしているうちに、イベントが始まってしまったらどうするのだ!?


「……ハア、仕方ない。ワシも時間が惜しい故、ちゃんと言うことを聞くのであれば、付いてきても良い……」

「「勿論(です)」」


 チクショウ、良い笑顔しおって。あれだろ、いざとなったら言うこと聞かぬつもりだろ。


「……フウ、ではコッチだ」


 ワシは二人を引き連れ、ギデオン殿達の後を追った。


 ◇


 ワシは[梔子の眼]のまま、ギデオン殿達の様子を窺いつつ歩みを進めて行くと、ギデオン殿は村外れの谷で立ち止まった。

 どうやら、その谷が待ち合わせ場所のようだな。

 そして、その様子を離れた木陰から覗き見るミミ殿がいる。その表情からは窺い知れないが、心中穏やかではないだろう。


 ふうむ、出来れば声も拾いたいから、二人に気付かれないようにもうちょっと……。


「ねえシード、それで、一体何をしようとしてるの?」


 おっと、そういえば二人にまだ目的を説明してなかったな。


「うむ……実は今夜、ギデオン殿がルシエラ殿に告白するのだ」

「「ええっ!?」」


 ワシは事の仔細を二人に説明する。


「……そうだったんですか……」

「それで、シードは二人……ううん、三人の行方を見守りたい、って訳だね」

「ああ……」


 出来れば、全て上手く行く方向に納まって欲しいが、こればかりは、本人達次第であるしな。

 そしてそれ以上に、告白イベントを見過ごせる程、ワシは愚かではないということだ。

 何といっても、ワシはその経験を血肉として、ワシの“リア充”達成のための礎としなければならんのだからな!


「……シード、心配する気持ちは解るけど……」

「ええ、私達は只、行方を見守りましょう……」


 ん? 何故かライラとメルザがワシを気遣ってくれるのだが……はて?

 まあ悪い気はしないので、そのままにしておこう。


「ということで、もう少し近付くぞ」

「うん」

「はい」


 ワシ達は気付かれないよう、ギデオン殿とミミ殿が目視出来る場所まで静かに移動した。

 すると。


「(あ! ルシエラさんだ!)」


 ライラがそっと指し示した方へ目を向けると、確かにルシエラ殿がギデオン殿の元へ歩いて行くのが見える。


 そして、お互いの距離が目と鼻の先まで近付いた。


「あらあら、待たせちゃった?」

「……いいや」


 お、何時ものギデオン殿らしからぬ、緊張した面持ちである。

 ギデオン殿はゆっくりかぶりを振ると、シスターの前へと向き直った。


「その……シスター……」

「………………………………」


 シスターが静かにギデオン殿を見つめ、次の言葉を待つ。


「(い、いよいよですね……!)」

「(う、うむ)」


 ワシ達三人は、二人の様子を固唾を飲んで見守る。

 イカン、喉が渇く!


「……シスター、俺はずっと、一人の女性としてアンタのことが好きだった。いや、今も好きだ」

「……ありがとう、嬉しいわギデオン。だけど……」


 ギデオン殿がそう言うと、シスターがそっと視線を逸らした。

 こ、これは……!


「(……駄目だったみたい、だね)」

「(あ、ああ)」

「(静かに! まだ続きがありますよ!)」


 ナヌ!?

 本当だ、ギデオン殿が切なそうに唇を噛みつつも、ルシエラ殿に話し掛けた。


「……一応、理由だけ聞いてもいいかい……?」

「……私にはね、ずっと、それこそ生涯を掛けて愛している方がいるの」


 ヌオ!? 

 まさか、ルシエラ殿にそのような想い人がいようとは……これではノーチャンスではないか!


「……そうか、ありがとう……」


 そう言うと、ギデオン殿が踵を返して立ち去って行く。


 そして、木陰から見守っていたミミ殿がギデオン殿の前に姿を現す。表情は何時もと変わらないが、その瞳には複雑な感情が入り混じっており、両の拳を握り締めていた。

 そんなミミ殿に、ギデオン殿は頭をそっと撫でると、二人で連れ立って行った。


「(……凄いものを見ましたね……)」

「(うん……何だか切ないね……)」


 うわあ……明日、二人にどんな顔して会えば良いのだろうか。

 ワシの経験の糧にと思ったが、遥かに上級者向けで、初心者のワシには重すぎる。


 などと困った顔をしていると、


「あらあら、三人共覗き見は感心しませんよ?」


 ヒイイ!? バレてる!?

 ど、どうするどうする!? いっそ気付かない振りして【転移】で逃げ出すか!?

 だ、だが、明日皆の前で詰問されでもしたら、ギデオン殿とミミ殿に後をつけていたことがバレてしまい、気まずくなるのは必至。


「……ええと、出るしかないみたい、だね……」

「そうですね……」


 二人は観念するかのようにそんなことを言うが、お主達はルシエラ殿の真の恐ろしさが分かっておらんのだ!

 ワシはあの時、彼女の黒い微笑を見たのだ! あれは……刈る側の人間だ!

 だが、このまま沈黙を続けても、事態は好転しない。

 こうなれば、“八大地獄”をも超えるワシのスキル、[エクストリーム土下座]を見舞うしかないか……!?


「あらあら、シードさん?」

「ちょ、ちょっと待つのだ! ワシが今対策を……って、ぬああああ!?」


 ルシエラ殿!? い、何時の間に此処に来たのだ!?

 な、ならば!


「す、すいませんでしたああああああああああ!!!」

「あらあら」


 ワシは直ぐ様[エクストリーム土下座]を敢行し、その額を地面にねじ込むように擦り付けた。

 このスキルを使えば、将来ハゲてしまうかもしれないというリスクを負うことになるが、それでも誠意を見せるにはこれ以上のものはない。

 後はルシエラ殿の怒りが静まるまで、ひたすらこの体勢を維持するのだ!


「あらあら……シードさん、顔を上げてくださいな」

「………………………………」


 知っているぞ。ここで素直に顔を上げたら最後、刈られる、のであろう?

 ワシは騙されんよ。


「あらあら、いい加減にしていただかないと、ね?」

「ヒイイ!?」


 その言葉を聞いた瞬間、ワシの血液が一気に凍りつくかのような衝撃に襲われ、気付けば、直立不動で立ち上がっていた。


「あらあらうふふ、そんな緊張なさらなくても良いですよ? ……それで、先程の会話、聞いておられたんですよね?」


 ワシは恐怖のあまり声を発することが出来ず、只々首を縦に振ることしか出来なかった。

 他の二人も同様に、緊張からか微動だにしない。

 嗚呼……折角人界までやってきたというのに、ワシは“リア充”を手に入れることが出来ず、このまま死んでしまうのだろうか……。


「そうですか……お聞きになられたとおり、私には生涯の想い人……“正神ソクラス”様がいらっしゃいます……」


 ……アレ? ワシ達を刈るのではないのか?

 それよりも。


「そ、その……正神ソクラス、というのは……あの正神ソクラス、で良いのだよな……?」

「はい」


 ルシエラ殿がニコニコしながら返事をする。

 イヤイヤ、正神ソクラスが想い人って、さすがにそれはないであろう?

 アレか? 神に仕える身だの何だのという奴か? そんな非現実的な。


「あらあら、皆さん信じておられないようですね。でしたら……私が正神ソクラスに仕えている証をお見せしましょう」


 ハイ? 証?


 ルシエラ殿は、静かに目を閉じ、夜空へと顔を上げる。

 すると、突然背中が盛り上がった。


 そして。


 ——背中から一対の、漆黒の翼が現れた。

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