第123話 ギデオン殿と想いと
ミミ殿との話を終えた後、ワシ達は皆の場所へと戻った。
テーブルの上の料理は、最早殆ど残っていなかった。でしょうね。
だって、未だに手の動きが見えない程の勢いで胃袋に流し込み続ける姉妹がいるんですもの。
「あ、シード、どこ行ってたの?」
「ああ、ちょっとな」
「ところで、シードいないしもういらないと思ったから、シードの分は私が残さず食べておいたよ」
勝手に食うな。そして遠慮しろ。
すると、ススス、と左側から料理が盛られた皿がそっと置かれた。
「念のため、取っておきました。このままだと、ライラとエイラさんが根こそぎ食べてしまいそうでしたので……」
おお! メルザよ、何と気が利くのだ!
「す、すまん! 本当にメルザは優しいな!」
「え、えへへ。シードさんに褒められてしまいました……」
はにかむメルザから皿を受け取ると、ワシは料理を口に運ぶ。うむ、美味い。
だが。
「な、なあメルザよ。料理のラインナップ、何だかやたら肉肉しくないか?」
「やっぱりシードさんもそう思いましたか? そうなんですよね、野菜二お肉八ってくらいの割合なんです」
うーん……そういえば、今日の料理はハンナが作ったのであったな。
ワシはチラリ、とハンナへと目を向ける。
「ね、ねえギデオン兄! きょ、今日の料理どうだった……?」
「ん? ああ、美味えぞ。何つっても肉が多くて野菜が少ねえのが良いな」
「! 良かった! まだあるから、どんどん食べてよね!」
はあ、成程。
だがギデオン殿よ、もっと野菜を食え。健康に悪いぞ。
「ま、まあ、気持ちは解らなくはないですが……」
何やらメルザがもにょもにょと言っている。
だが。
「いや、メルザとは違うと思うぞ。勿論メルザもワ……相手の好みを考えて料理するが、それでも、やはりメルザは相手の健康も含め、色々考えた上で作ってくれる。少なくとも、ワシはそれをありがたく思っておるぞ」
「ふ、ふあああああああああ!?」
い、いや、そんな奇声を上げては……ホラ、皆が此方を見ておるぞ。
だが、確かにワシは何時もより素直に言い過ぎたかもしれん。
どうにも、ミミ殿のあの言葉が耳から離れんのだ。それ程、ワシの心に突き刺さってしまった。
「……ちょっとシード、メルザに何を言ったの……?」
「いや、大したことではない。ワシが何時もライラに感謝していることと、同じことを感謝の言葉として告げただけだ」
「へえー……それってどんな?」
ワシは、メルザに告げた言葉を一言一句違わずライラに伝えた。勿論、ライラにも同じように感謝している旨も含めて。
「ふ、ふえええええええええ!?」
だ、だから、そんな奇声を上げては……ホラ、皆が此方を凝視しておるぞ。
「ね、ねえメルザ!」
「え、ええ! これは、私達の想いが叶う日も近いかもしれません!」
ライラとメルザが手を取り合いながら、顔を上気させて見つめあっている。
ワシは、敢えての言葉を聞いていない振りをした。
◇
■ギデオン視点
食事を終え、みんなが既に寝静まっている今、俺は村のはずれにある谷にいる。
俺には好きな人がいる。
そして今日、この場でその人に告白するのだ。
俺は待ちながら、その人との出会ってからの出来事を思い出す。
◇
物心つく前に此処とは別の孤児院に預けられた俺は、周りに馴染めず、孤立していた。
孤児院の神父やシスター達の言うことは聞かず、同じ孤児達にケンカを吹っかけてはボコボコにされ、次の日もまたそれを繰り返す。
そんな毎日を送っていれば、当然孤児院の連中からも疎まれ、やがて孤児院から厄介払いされ、別の孤児院へと移る。
そんなことを何度も繰り返し、孤児院を転々としていた俺は、十歳の時に此処、ヘレル村の孤児院へとやって来た。
そして——シスタールシエラと出会った。
当然、これまでいた孤児院と同様、シスターの言うことを聞かず、迷惑を掛けるような真似ばかりを繰り返して来た。
だが、シスタールシエラは、「あらあらまあまあ」と言うばかりで、全く俺のことを咎めようとはしなかった。
調子に乗った俺は、その迷惑行為もエスカレートして行き、何時の間にかヘレル村だけでなく、その周辺にも知られる程、札付きとなっていた。
だけど、それでもシスターは「あらあらまあまあ」と言うだけだ。
それが無性に腹が立ち、余計に悪いことに手を染め、同年代の村の子ども達に暴行、恐喝を繰り返した。
そして、シスターが被害を受けた相手とその親に頭を下げて回るのが何時もの光景となっていた。
そんな折、この孤児院にミミがやって来た。
俺はミミに立場を解らせようと、早速脅しを掛ける。
だが、ミミは怯える素振りも見せず、飄々として俺のことを相手にしない。
その様子に腹を立てた俺は、今から考えると最低だが、ミミに暴力を振るおうと、拳を振り上げた。
ところが。
ミミはその拳をあっさりと躱し、逆に俺に殴り掛かって来た。
そして、俺は年下のミミにボコボコにされ、気が付けばミミに足蹴にされていた。
この時を境に、周りは掌を返すように俺のことを馬鹿にし、俺が何かしても嘲笑うだけだった。
そんな自分が惨めで、俺は村のはずれの谷で一人で蹲るのが日課になっていた。
ある日、俺は何時ものように一人で村はずれの谷で膝を抱えていると、そこにシスターがやって来た。
「あらあら、今日も此処に一人?」
「……うるせえよ」
俺はシスターから顔を背け、鬱陶しそうに拒絶を示す。
だがシスターは俺に身体を寄せると、俺の頭を抱き抱えた。
「……ねえギデオン。私はね、本当は貴方が凄く優しいこと知っているわ? 貴方が暴力を振るう時は、孤児院の誰かが馬鹿にされた時。貴方が恐喝をするのは、孤児院の小さな子達が危険な目に遭わないようにするため」
「…………………………」
シスターが俺の頭を抱えながらそんなことを言うが、俺はそれを無視し続ける。
「だけどね」
シスターが俺の耳元で囁く。
「私はそんなギデオンを誇りに思うわ。だから、貴方はそのままで構わない。私は貴方を見続けているわよ」
その言葉を聞き、俺はガバッと顔を上げると、シスターは微笑んでいた。
シスターがそんな風に俺のことを見てくれていたことが恥ずかしくて、こそばゆくて、そして、嬉しかった。
だが。
「うるせえ!」
俺はシスターを押しのけ、その場から走り去った。
後ろからは、シスターが何時もの調子で「あらあらまあまあ」と呟く声が聞こえた。
そのまま俺は谷伝いにトボトボと歩いていると、
「……誰か」
と、か細い女の声が聞こえた。
俺は声のする方へ駆け寄る。すると、谷の壁面にしがみついているミミがいた。
「お、おい!? 何やってんだよ!?」
「……落ちた」
ミミは無表情で飄々とそんなことを言い放つ。
だが、ミミは今にも谷に落ちてしまいそうな状況で、一刻も早く助ける必要があった。
「ま、待ってろ!」
俺は谷の端から、ミミに向かって手を伸ばす。
だが、あとほんの少しが届かない。
「くっ!?」
俺は更に身を乗り出し、目一杯手を伸ばした。
すると、ミミも懸命に手を伸ばし、どうにか俺の手を掴んだ。
「こ、このまま引っ張るぞ!」
「……(コクリ)」
俺は渾身の力を込めてミミを引っ張る。
あと少し……!
その時、俺の身体が突然フワリ、と浮き上がったような感覚に見舞われた。
谷の端が崩れたのだ。
俺とミミはそのまま谷底へと落ちていく。
せめてミミだけでも……!
俺は無我夢中でミミを庇うように身体に抱えた。
だが。
突然、俺達の身体が柔らかいものに包まれ、落下するどころか、上へと昇って行く。
「あらあら、貴方の後を追って正解だったわ」
見ると、シスターが俺達を抱えていた。
そして、シスターの背中には、吸い込まれる程奇麗な漆黒の翼が生えていた。
安全な場所へと降りると、俺は思わずその翼を振るえる指で差し、シスターに尋ねた。
「シスター……その羽……」
「あらあらうふふ、誰にも言っちゃダメよ? 実は私は、正神ソクラス様の使いだったりするのよ」
「てことは、その、て、天使様……?」
「うふふ、そうね」
シスターは舌を出し、悪戯を成功させた子どもみたいに微笑んだ。
そしてその時、俺はそんなシスターに目を奪われていた。
◇
それ以来、俺はシスターを密かに想い続け、一度告白をするが、子どもの戯言と受け止められ、相手にされなかった。
だから俺は、シスターに男として認めてもらうため、十五歳を迎えると直ぐにルインズの街へ行って冒険者になり、そして、とうとう俺は一流冒険者の証であるA級冒険者に登り詰めた。
だが、断られることを恐れた俺は、孤児院を飛び出した時からヘレル村を、シスターを避けていた。
そんな時、ラーデンの旦那から王都行きの護衛依頼を頼まれ、珍しくミミが乗り気だったこと、シード達も一緒に行くことから、これを受けることにした。
するとどうだ。
ミミの野郎、シードと結託して、ヘレル村に立ち寄るように仕向けやがった。
俺も反対しようとしたが、結局はそれに従った。要は、本音の部分では俺もシスターに逢いたかったって訳だ。
だったら、俺も腹を括るしかねえ。
……何たって、ミミにあんな思いまでさせちまったんだからな。
「あらあら、待たせちゃった?」
シスターは、何時もの様子でこの場所に現れた。
「……いいや」
俺はゆっくりかぶりを振ると、シスターの前に向き直る。
「その……シスター……」
「………………………………」
シスターは黙って俺を見つめている。
俺の頭に、心臓の鼓動が喧しい程鳴り響く。
「……シスター、俺はずっと、一人の女性としてアンタのことが好きだった。いや、今も好きだ」
「……ありがとう、嬉しいわギデオン。だけど……」
そう言うと、シスターはそっと視線を逸らした。
……ああ、分かっていたさ……だが、後悔はしてねえ。
「……一応、理由だけ聞いてもいいかい……?」
「……私にはね、ずっと、それこそ生涯を掛けて愛している方がいるの」
「……そうか、ありがとう……」
俺は泣きそうになるのを抑え、ゆっくりとその場から立ち去る。
孤児院へと歩を進めると、木陰にミミがいた。
「なんだ、見てたのか……」
「……ごめん」
「いいさ」
俺はミミに近付き、その頭を撫でた。
「さ、戻ろうぜ」
「……うん」
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