第122話 ミミ殿と想いと
子ども達が村長宅から藁の入った麻袋を貰って戻って来た。
それを、皆で手分けして広間に並べるのだが……。
「ウフフ、シードさん此方の隅の方が良く眠れますよ? 勿論、隣では私が貴方のお世話をさせていただきます」
「何言ってるのメルザ。私が隣に寝るから、シードのことは心配しなくて良いよ」
「「ハア?」」
……相変わらず仲が良いな。
「はあ、寝る場所であんなに揉めるなんて、浅ましい。ねえ、お兄ちゃん。あの二人は放っておいて、晩御飯まで私と一緒に村を散策しよ? 勿論二人っきりで」
イヤイヤ、まだ皆で作業をしているところだろうが。
子ども達が頑張っておるのに、大人のワシ達がさぼってはいかんだろう。あ、エイラはまだ子どもであったか。
「はあ。ライラ、妹の躾がなってませんよ?」
「仕方ないよ。あの子は妹の皮を被ったケダモノだもん」
メルザとライラが仲良く肩を竦める。
だが、その余裕に見える態度が癪に障ったのか、エイラが二人に突撃した。
「……ちょっと待ってください二人共。何で上から目線なんですか。言っておきますけど、私が一番若いんですし、来年には私も成人です。そうなったら、お兄ちゃんは誰を選ぶのかなあ?」
「「!?」」
メルザとライラが驚愕の表情を浮かべる。
「な、何言ってるの? ほ、ほら、私は来年になってもまだ十九だし? 丁度良いと思うんだけど?」
「わ、私は、寧ろ成熟した大人の女性ですし? お子様とは色香が桁違いですから?」
「クスクス、必死過ぎてウケますね」
その瞬間、ライラとメルザが修羅と化した。
エイラよ、お主は言ってはならんことを言ってしまったようだな。
「うふふ、エイラさん……向こうでお話ししましょうか?」
「そうだね。エイラには一度キッチリしておかないといけないよね? ね?」
「ヒイイ」
うむ、自業自得だ。合掌。
◇
「みんなー、ご飯だよー!」
ハンナが鍋の底をおたまで叩きながら、夕食の合図をする。
そういえば、広間はワシ達が占拠してしまったから、食事は何処でするのだ?
腑に落ちないまま、ワシ達は声のする方へと向かう。
すると、孤児院の庭にテーブルが用意されており、其処には数多くの料理が並べられていた。
「おお、何だか豪勢だな! ……だが」
以前、シスターメリンダに聞いたのだが、孤児院は、一部寄付金等もあるが、大半は本拠であるパルメ大聖国から受け取る僅かな運営費用で生計を立てているとのこと。
ならば、この孤児院もそれ程裕福ではない筈。
だが、このテーブルに並べられている料理の数々を見ると、孤児院の運営費が逼迫してしまうのではないかと危惧してしまう。
ワシはそっとミミ殿に近付いて耳打ちする。
「(ミミ殿……このように歓待してもらうのはありがたいのだが、その、孤児院の運営に支障が出たりは……)」
「……私は分からないから、シスターに直接聞けば良い。おーいシスター」
チョ!? ワシが小声で尋ねた意味がないではないか!?
「あらあら、何かしら?」
「……こっちのシードがこの孤児院、お金大丈夫かって心配してるから、教えてあげて」
ミミ殿!? それ、ワシ失礼な奴みたいになってる!
しかも、ワシどう話せば良いの!? 凄くドキドキするんですけど!
「あらあら、大丈夫よ? この孤児院の運営費用は、私個人の資産と、とある匿名からの寄付金で賄えてるの」
イヤイヤ、個人の資産で何年も賄える程の資産て。一体どんな金持ちなのだ!?
それに匿名の支援者って……パトロンか!? 噂に聞く、あのイヤらしい系のパトロンか!?
「そ、その、ふふ普通は、あの、こ、孤児院は、パルメ大聖国から、その、う、運営費を、その……」
「あらあら、良くご存知ですねえ。そうなの。本当ならパルメ大聖国から運営費を貰うんですけど、うちの教会、ソクラス正教じゃないの」
へ? 西方諸国の宗教はソクラス正教しかないんじゃないの?
「そそ、それはどういう……」
「あらあらうふふ、うちの宗教は“ソクラス真教”、ソクラス正教より遥か以前から連綿と続く、正神ソクラス様の本当の教えを正しく導く正当な宗教よ。パルメ大聖国みたいな、正神ソクラス様を冒涜するような邪教とは違うわ。勿論私は、生まれてからずっとソクラス真教の信者よ」
ルシエラ殿はフフフ、と真っ黒な笑顔でそう言い放った。怖っ!
と、兎に角、宗教問題は戦争にも発展しかねんからな。触らぬのが無難だ。
「そ、そうな、んです、か……」
「ええ、ウフフ」
うむ。聖母のようなルシエラ殿の意外な一面を見た。
そして分かった。多分この人、怒らせたらコワイ。
「あらあらそうそう、そういえばシードさん、でよろしかったですわよね?」
「う、うむ……そ、そうです、が……」
ア、アレ? ワシ、何か怒らせるような真似でもした!?
背中から嫌な汗がダラダラと流れてくるんですけど!?
「貴方のことは、ミミからの手紙で伺っています。何時もギデオンとミミがお世話になって、ありがとうございます」
ルシエラ殿は深々とお辞儀をしながらお礼を述べる。
い、いや、取り敢えず怒られる訳じゃなかったので良かったが、何やら勘違いされてるようだ。
「いいいいや、その、む、寧ろ、こ、此方が、その、二人にお世話になっておるので、そのあのその!」
「……そうそう。お世話してるのはお姉ちゃんのこの私」
「あらあらまあまあ」
いや、そうだけども。お世話になってるけども。お姉ちゃんではないよね?
「お、おお! 何か楽しそうにしてるじゃねえか!」
何ギデオン殿、その登場の仕方。
普段豪快なくせに、何故か緊張しまくりではないか。
「……別に楽しい話をしてる訳じゃない。ギデオンは邪魔」
「な!?」
「あらあらまあまあ」
ミミ殿からの邪魔呼ばわりを受け、ギデオン殿が縋るような目つきでワシに訴えかけてくる。
だけど……はあ、やはりそうなのか。
「いや、取り合えずワシの話は終わったのでな。混ざりたいのであれば、別に構わんぞ?」
「ぬあ!?」
「あらあらまあまあ」
フフフ、何時もワシを弄る仕返しだ。
「ギデオン兄! 何してるの、コッチで一緒に食べようよ!」
「お、おお……」
ハンナがやって来てギデオン殿の腕にしがみ付き、そのまま引っ張って行った。
ギデオン殿は明らかに後ろ髪を引かれるような表情をしていたが。
「で、では、ワシも席に……」
「……シード(チョイチョイ)」
む。ふと見ると、ミミ殿が何やら手招きをしておる。
ワシはミミ殿の元へ近付くと、「……コッチ」と言って、後について来るよう促す。
ふむ。取り敢えず従うか。
後ろから「あらあらまあまあ」という声が聞こえたが、気にせず行こう。
ワシはミミ殿の後を追うと、辿り着いた場所は孤児院の裏だった。
あれかな? ワシ、シメられるのかな? 何か悪いことしたかな?
「……多分、シードも気になってると思うから」
「……ルシエラ殿と、その、ギデオン殿のことか?」
そう言うと、ミミ殿は頷いた。
「ふむ。では、やはりそういうことなのか?」
「……うん」
ミミ殿には少々聞きづらいが、こうなっては聞くよりほかない。
それよりも、だ。
「だが、その……お主は良いのか……?」
「……ギデオンはね。子どもの頃からシスターのことが好きだった」
ミミ殿がポツリ、ポツリ、と話し出す。
「……だけど、シスターは私達のこと、子どもとしか思ってない」
……ンン?
あれ? ルシエラ殿は二人と同じ位の歳なのではないのか?
いや、確かに言い回しが妙に年代を感じるというか、何というか、といった感じはあるが。
「……だから、ギデオンはシスターに振り向いて欲しくて、冒険者になった。冒険者になって有名になれば、富も名声も手に入る」
むお!? まさか冒険者になった動機がワシとほぼ同じではないか!
思わぬ親近感。
「……そして、改めて向き合って、一人前の男としてギデオンはシスターに告白するつもり。多分今夜にでも」
「そうか……」
ワシは少し居た堪れなくなった。
只でさえ経験がゼロの元ぼっちなのに、そんな知り合いの恋愛相談的なもの、ワシでは何一つ答えを見出せん。
くっ! ワシはなんと無力なのだ!
「……さっきのシードの質問だけど、私はギデオンは告白するべきだと思ってる。結果はどうあれ、そうしないと前に進めない。ギデオンも、そして私も」
「………………………………」
ワシは、何方を望むべきなのだろうか。
ワシが初めて出会った人族で、今では兄のように慕うギデオン殿の恋の成就か。
それとも、このお節介で何時も姉のように気に掛けてくれる、ミミ殿の幸せか。
すると。
「ぬあ!?」
「………シード」
ミミ殿が突然ワシの両頬を手で挟んだ。
「……貴方が気に病むことはない。だけど、貴方には感謝してる。貴方のお陰でこの村に来れて、私達は前に進める。だから」
ミミ殿が何時になく真剣な眼差しでワシを見つめ、感謝の言葉を告げる。
そして。
「……今でなくて良い。貴方も真剣に考えて、悩んで、苦しんで、そして、答えを出してあげて欲しい。あの二人も、きっと待ってるから」
ミミ殿は今まで見たことがない程、吸い込まれそうな微笑みを見せた。
——うん。分かったよ。“お姉ちゃん”。
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