第121話 ハンナと村長宅と

 ワシ達はルシエラ殿に孤児院の中へと案内され、寝泊まりする広間に通された。


「ここでしたら、皆さんお休みいただけると思いますが……あらあら、それじゃみんな、村長にお願いして藁の詰まった袋を、ええと、子ども達は一緒に寝るとして……十袋もあれば足りると思うからお願いね」

「「「「ハーイ!」」」」


 ルシエラ殿からの指示に、子ども達が元気良く手を挙げると、一斉に広間を飛び出して行った。


「何だか面白そうだね!」

「だね!」


 カイとルイがお互い目を見合わせると、勢い良く子どもたちの後を追いかけて行った。


「ちょ、ちょっと! お待ちなさい! ワタクシを置いて行くなんて、不敬ですわよ!」


 あれ? ちびっ子も追いかけて行ったぞ?

 まあ、普段同年代の子どもに接する機会もないから、楽しくて仕方ないのだろう。良き哉良き哉。


「シスター、洗濯終わったよ……って、誰だいこの人達」


 飛び出して行くちびっ子達をニヨニヨと眺めていたところに、年の頃はエイラと同じ位の赤髪ツインテおさげの女の子が現れた。

 ふむ、顔にはそばかすが残っており、整っているというより可愛らしいという表現が似合うな。

 恐らく孤児院の子どもの中の年長組、といったところか。


「あらあら、ありがとうね。あ、この子は“ハンナ”と言いまして、一番年長で、子ども達のまとめ役です」

「……ども」


 ルシエラ殿に紹介され、ハンナはペコリ、と頭を下げた。


「……ん。ハンナ、久しぶり」

「ん? ……あ! ミミ姉! おかえり!」


 広間の隅で背を向けながら荷ほどきをしていたミミ殿が、その手を止めてハンナに挨拶する。

 すると、それまであまり愛想がよろしくなかったハンナだったが、露骨に嬉しそうな表情になった。


「ええと、ミミ姉がいるってことは、その……」

「……(クイクイ)」


 ミミ殿の親指が指し示す方向へと目を向けると、相変わらずデカイ身体をもぞもぞさせて必死に隠れるギデオン殿がいた。隠し切れてはおらんが。


「よ、よう…」


 だが、ミミ殿の所為でハンナに見つかってしまい、バツが悪そうにそっと手を挙げた。


「! ギデオン兄!」

「うおっと!?」


 ミミ殿の時も嬉しそうであったが、ギデオン殿に対してはその嬉しさが完全に突き抜け、ギデオン殿の丸まった背中に勢い良く飛びついた。


「えへへ、ギデオン兄、ギデオン兄……」

「オ、オイオイ……って、兎に角離れろ!」


 ギデオン殿の背中に頬をすりすりさせるハンナに、ギデオン殿は苦笑するが、それを見ていたワシ達? に気付き、慌ててハンナを身体から引き離した。


「え、ええ~……」


 目に見えてションボリしたハンナに、ギデオン殿は溜息を吐くと、その頭を撫でた。

 すると、ションボリした様子は何処へやら。直ぐに機嫌が良くなって目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らしそうな勢いである。


「あらあら、相変わらずハンナはギデオンが好きね~」

「にゃっ!?」


 ルシエラ殿に指摘され、恥ずかしくなったのかハンナは顔を赤らめ、ピシッと硬直した。

 そして慌ててギデオン殿から離れると、


「きょ、今日はギデオン兄も帰って来たから、アタシが腕によりをかけてご馳走するね! た、楽しみにしててよ!」


 そう言って、赤い顔のままそそくさと広間を出て行った。


「あらあら、しょうがない子ね~」


 ハンナのそんな様子に、ルシエラ殿は頬に手を当てながら暖かい笑みを送る。

 だが、それよりも気になるのが、ギデオン殿がいたたまれないといった表情をしながら、チラチラとルシエラ殿の様子を窺っているのだ。


 アレ? これってひょっとして……?


 ……うむ。後程、ミミ殿に確認してみるか?

 だが……。


 ◇


■マルグリット視点


「こらー! 待つんですのよー!」


 な、何て足が速いのかしら……。

 先程から全力で走っているのに、全然追いつけませんわ!? それどころか、どんどん離されて行ってる気が……全く、ワタクシを置き去りにするなんて、不敬ですわよ!


 すると、カイと並走していたルイがチラリ、と此方へと振り返ると、


「ごめんカイ、先行ってて!」

「? うん、分かった!」


 そう言って、突然その足を止め、カイはそのまま走って行った。


 ワタクシは立ち止まったルイになんとか追い付き、その身体に凭れ掛かる。


「ハア、ハア……貴方達、速過ぎですわよ……」

「ごめんね。それじゃ、一緒に行こうよ!」

「ちょ、ちょっと待って、い、息が……」

「大丈夫!」


 そう言うと、ルイがワタクシの前にしゃがみ込んだ。

 ……乗れっていうことかしら?


「よ、よろしいんですの?」

「うん!」

「で、でしたら、その、お言葉に甘えまして……」


 ワタクシはおずおずとルイの背中へと寄り掛かると、彼はワタクシの脚を掴み、スックと立ち上がった。


「わわっ!?」

「大丈夫、しっかり僕に掴まって!」

「こ、こうかしら……?」


 ワタクシはそっと彼の首に手を回すと、そのまま走り出す。


「それー!」

「わ、わわ」


 ワタクシをおんぶしていますのに、ルイはワタクシの全速力よりも速く走って行きますわ!

 ウフフ、何だか楽しいですわね!


 すると、あれよあれよといううちに、村長宅に着いたようですわ。

 皆さん、お年寄りのおじいさんと中年太りのちょび髭のおじさんと話していらっしゃいますわ。何方が村長ですの?


「兎に角、近くに行きますわよ!」

「ハーイ!」


 ワタクシはルイに負ぶさったまま、皆さんの元に近付きます。


「じゃあ貰っていくね!」

「ああ、麻袋も一緒に置いてあるから、それに詰めて持って行きなさい」


 おじいさんがニコニコしながら皆さんに話していますわ。

 あの方が村長のようですわね。

 お世話になる以上、貴族として挨拶しておくべきですわ!


「ルイ、降ろしていただけませんこと?」

「ハーイ!」


 ルイに下ろしてもらい、ワタクシは村長へと駈け寄ります。


「オーッホッホッホ! ワタクシはルインズ周辺を治める辺境伯のマルグリット=メレンデスと申しますわ! この度は助かったわ! 何か困ったことがあったら、何時でもルインズを尋ねるんですのよ!」

「ホッホ、そうかいそうかい。お嬢ちゃんは可愛いねえ。今、貴族ごっこが流行ってるのかい?」


 そう言いながら、村長は微笑みながらワタクシの頭を撫でます。

 ……どうやらワタクシが貴族だということを信じていないようですわね……不敬ですわよ!

 ここはもう一度名乗って差し上げませんと!


「ワタクシは正真正銘、貴族ですわよ!」


 ワタクシは誇り高く胸を張ります。

 どう? この高貴な姿。これこそが貴族の貴族たる所以ですわよ!


「ホッホ、そうかいそうかい」

「やっぱり信じてない!?」


 むうう、手強いですわね……。

 どうやったらワタクシが貴族だと気付きますの!?


「え、ええと……ひょっとして、最近世代交代したっていう、メレンデス卿……ですかい?」

「そ、その通りですわ! ワタクシがマルグリット=メレンデスですわ!」


 何者かは知りませんが、中年太りの男はワタクシのことを知っていたようですわ!

 ウフフ、さあ村長、今なら誠意ある謝罪をすれば、許して差し上げますわよ?


「ほええ、こんな小っちゃい女の子がねえ……ホルヘや、本当なのかい?」

「あ、ああ……此処に来る前、ルインズで取引先に聞いたから間違いない。辺境伯様が何でこんな辺鄙な村に……」

「辺鄙は余計じゃわい!」


 オーッホッホッホ! 驚いているようですわね!

 ですが、民を落ち着かせて差し上げるのも貴族の役目。仕方ありませんので、ワタクシが説明して差し上げますわ!


「ワタクシ達は今、王都に向かう途中でして、この先の森を抜けるのが近道と聞いて、此処に立ち寄ったのですわ。今日は村外れの孤児院にお世話になるんですのよ」

「ああー、あの子達が言ってた客人と言うのは、貴族様のことだったんですな」

「そうですわ! 他にも、フロスト商会のラーデン支店長と、それにシードもいますわよ!」

「ええと、シードって人は知りませんが、あの“流通の麒麟児”もいるんですか!?」


 あら……シードを知らないなんてモグリですわね。ですが、“流通の麒麟児”ってひょっとしてラーデン支店長のことかしら。あの変態にそんな渾名、勿体ないですわ。


「兎に角そういうことですわ! それで、ワタクシ自ら直々に村長に挨拶に来たんですわ!」

「ホッホ、そうかいそうかい」


 ……貴族と判っても、村長の態度は変わりませんでしたわね。これはシード以来のかなりの大物ですわ。


「旦那~! 商品の荷下ろし終わりましたよ~!」


 あら、村長の家の裏から、何やら男の声が聞こえましたわ?


「ああ分かった! ……村長すいません、それじゃ私達はこれで。それでメレンデス卿。私は王国で行商をしております“ホルヘ”と申します。今回お会い出来ましたのも何かの縁。今後ともよしなに……」

「分かったわ! 何時でも屋敷を尋ねると良いわ!」

「はい~!」


 ホルヘという商人は、手を揉みながら遜ってペコペコしながら使用人と一緒に去って行きましたわ。

 貴族相手ですとこれが普通ですのに、どうしてワタクシの周りは不敬な者達ばかりですの?

 ま、まあ、悪い人達ではありませんので、その、まあよろしくってよ!


「おっと、あの子達の手伝いをしませんと。ルイ、行きますわよ!」

「ハーイ!」

「ホッホ、そうかいそうかい」


 ◇


■ホルヘ視点


「いやあ、まさかこんな村でメレンデス卿にお会いするとは。しかも、何時尋ねても良いだなんて、私も運が向いてきたのかもしれないなあ! わっはっは!」


 ヘレル村を出てから、私は転がり込んできた思わぬ幸運に小躍りしてしまいそうになる。

 上手くすれば、メレンデス卿の御用聞きとなって、一旗揚げられるかもしれない。そりゃあ頬も緩むってものだ。


「お前もそう思うだろ? オラシオ」


 私は御者を務めている使用人のオラシオに相槌を求める。


「そうですね旦那。ですが、王都までの道中、何があるか分かりませんから、ひょっとしたら、あのお貴族様、死んでしまうかも~」

「止さないか、縁起でもない」


 全く、オラシオの奴……。

 ただでさえ最近のメレンデス卿周辺じゃ、キナ臭い話が飛び交ってるっていうのに。


「ま、その前に旦那自身がヤバいかもしれませんな」

「あ?」


 何を言ってるんだコイツ。


「おい……」


 あまりに不謹慎な言葉に、オラシオを窘めようとして声を掛けようとしたその時、オラシオが振り向いたかと思うと、突然目の前が真っ暗になった。

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