第120話 ヘレル村とルシエラと
ヘレル村とルシエラと
「む。おお、村が見えたぞ」
小高い丘の上には、小さな村が佇んでいた。
見ると、村は木の柵で外周を囲っており、一か所だけ木で出来た門がある。
そして、その門を二人の男が槍を立てながら談笑していた。
「ミミ殿。あの村がヘレル村、ということで良いのか?」
「……そう。あの村が、私達が育った場所」
ミミ殿は無表情にそう言い放つが、その瞳は少し熱を帯びているように感じた。久しぶりの帰郷で、興奮しているのだろう。
一方のギデオン殿はというと、心底嫌そうに顔を顰め、村から露骨に視線を反らしている。見れば、足取りも少し重いようだ。
ワシ達一行は村へと入るため、門番に声を掛ける。
門番との調整等を全てククル殿が行うと、直ぐに村へ入る許可を得た。
ワシ達が門を潜ろうとしたその時。
「あれ? ギデオンとミミか?」
「オイオイ、久しぶりじゃないか!」
門番二人に声を掛けられ、ミミ殿は表情を変えないが、ギデオン殿は居心地悪そうにしている。
「……今日は護衛の依頼を受けて、王都に向かってる最中。その途中で立ち寄った」
「何だそうだったのか! だったら孤児院にも顔を出すんだろ?」
「……勿論そのつもり」
門番達とミミ殿のやり取りの最中も、ギデオン殿は終始、外方を向いて無言を貫いている。
何だか何時もと逆の様相でちょっと面白い。
「おっと、じゃあな。二人共ゆっくりして行けよ!」
「と言っても、知っての通りこの村には何にもないけどな。ハッハッハ」
軽口を言いながら門番達は職務に戻り、ワシ達は村へと入った。
「さーて、取り敢えず村に着いたっすけど、泊るところとかあったりするっすか?」
「……村には宿屋とかはないけど、私達が暮らした孤児院ならこの程度の人数であれば受け入れてもらえる」
「っ!? ダメだダメだ! 彼処なんざ行かなくって、村長んトコに行けばいいだろうが!」
ミミ殿が宿泊先について提案すると、ギデオン殿が猛烈に反対した。
成程、どうやらその孤児院に、ギデオン殿が頑なに拒否する理由があるのだな。何だか面白くなってきた。
「ギデオン殿、迷惑でないのなら、別に孤児院でも良いのではないか? それに、ルインズの街でもそうだが、孤児院は意外と男手が足りないことも多いから、折角の機会なので何か手助け出来れば良いと思うのだが」
と、しれっとギデオン殿の退路を断ってやると、コッソリとミミ殿がサムズアップしてきた。
「テメエッ! シード裏切りやがったな!?」
「何を言うか。世話になるついでに孤児院の手伝いをして何が悪い。寧ろ積極的に手を差し伸べて行くべきではないのか?」
「う、うぐ……」
はい論破。
「ということで、二人が過ごしたという孤児院に向かおうではないか。で、孤児院との交渉は、ギデオン殿とミミ殿に任せて良いか?」
「……勿論、任せて」
「…………………………………………ケッ」
うわあ、ギデオン殿、その態度はカワイくないぞ?
良いか? イケメンに胡坐をかいていると、そのうち女子から相手にされなくなってしまうのだぞ?
ワシのように全力で媚びを売れば、何時の日か数多の女子にモテる日が……来ると良いな。(願望)
ということで、てくてくと村の中をワシ達一行は進んで行く。
すると、村の中央に他の建物より二回り程大きな建物が見えた。
ひょっとして、これが……。
「ミミ殿、あの建物……」
「……うん。あれは村長宅兼集会所」
どうやら違ったようだ。
そして、その様子を見ていたライラが、身体をプルプル震わせ、顔を背けた。チクショウ、覚えてろ。
「で、では、孤児院は……?」
「……村のはずれにポツンとある」
そう言うと、ミミ殿は孤児院があるであろう方角を指差す。
取り敢えず、恥ずかしい気持ちを誤魔化しながら、しれっとその方角を目指して歩を進めた。
暫く歩くと、その孤児院は確かにあった。
村から離れ、ポツンと佇むレンガ造りのその建物は、何処にでもある素朴な感じで、見ているとほっこりする不思議な建物だった。
そしてその建物の周りには、笑顔で遊ぶ子ども達がいた。
「……みんな、ただいま」
ミミ殿が声を掛けると、子ども達は一斉に振り向く。
「あ、ミミ姉ちゃんだ!」
「おかえりなさい!」
「「おかえりー!」
子ども達は遊びの手を止めると、一斉にミミ殿に群がった。
「ねえねえ、今日はどうしたの?」
「どれくらい一緒にいられるの?」
「一緒に遊ぼうよ!」
子ども達が思い思いにミミ殿へと話し掛ける。その様子に、ワシは思わずニヨニヨしてしまう。
どうやら他の者達も同じようで、皆が温かい視線を向けていた。
で、ギデオン殿はというと、いたたまれないのか、子ども達に見つからないように、手で顔を隠しながら空気になろうと努力していた。無駄なことを。
「あらあらまあまあ、お客様がいらっしゃったかと思ったら」
すると、建物から二十代前半と思われる、所謂修道服を着たシスターが現れた。
そのシスターは白に近いような色の腰まで伸びる長い髪に、透き通るような白い肌、青空のように澄んだ水色の瞳を湛え、見る者を癒す聖母のような雰囲気を漂わせている。
うむ、敢えて一言で例えるなら、癒し系の超絶美人である。お近付きになりたい。
「ンッンー!」
おっと、メルザに咳払いされてしまった。
も、勿論ワシは他の女子に色目を使うような真似はせんよ? ホントダヨ?
「あらあら、久しぶりねえ」
シスターはミミ殿の元へと歩み寄り、そっと彼女の頭を撫で始めた。
「うふふ、お帰りなさい、ミミ」
「……ただいま」
ミミ殿は頭を撫でられながら、気持ち良さそうに目を細めた。
彼女と知り合ってからこれまで、あのような表情は見たことがない。
余程、このシスターがミミ殿にとって特別なのだろう。
「……で、ギデオン。貴方はこっちに来て挨拶しないの?」
「な!? お、俺は、その……あー畜生! 分かったよ!」
ギデオン殿はガシガシと頭を掻きながら、不承不承シスターの元へと歩いて行く。
そして。
「あらあら、お帰りなさい、ギデオン」
「…………………………フン」
シスターはミミ殿の時と同じようにギデオン殿の頭を撫でると、ギデオン殿は不服そうに外方を向いた。
だが、ワシは見逃さなかったぞ?
ギデオン殿は顔を顰めておったが、口元が緩んでおったのを。
まあ、お兄ちゃんの名誉のため、敢えて言わないでおくが。
「それで、今日は突然帰って来てどうしたの?」
「……実は……」
ミミ殿は、ワシ達一行が王都を目指していること、王都への近道であるロヤの森を抜けるため、この村を経由したことをシスターに説明する。
「あらあら、それは大変ね。皆さん初めまして。私はこの孤児院を運営しています、シスターの“ルシエラ”と申します。何もないところですが、よろしければ出発までゆっくりしていってください」
シスターはワシ達に向かって深々とお辞儀をした。
ほう、シスター“ルシエラ”か。シスターメリンダと被るから、ルシエラ殿と呼ぶことにしよう。
「はは、此方こそ押し掛けてしまって申し訳ありません。ご迷惑をお掛けしますが、どうぞよろしくお願いします」
と、ラーデン殿が珍しく丁寧に挨拶を返す。
「オーッホッホッホ! よろしくお願いしますわ!」
「よろしくー!」
「しくー!」
ちびっ子達三人も真似をして挨拶すると、孤児院の子ども達がワーッと三人に群がる。
「チョ、チョット、何ですの!?」
「わああ! 君、綺麗だね!」
「あ、あら……貴方、なかなか見る目がありますわね……」
……このチョロインめ。
カイとルイの時と同じではないか。
と、眺めていたら、カイとルイがちびっ子と子ども達の間に立ち塞がった。
「ダメ! マルグリット様は僕のなの!」
「なの!」
おお、二人が焼きもちを焼いておるぞ!
だが、今度は女の子が頬を赤らめながらカイとルイの腕を取った。
「わ、私、カーラっていうの!」
「「あ、う、うん……」」
ワハハ、二人共モテモテではないか。チクショウ。
「いやあ、良いものを見れたな。なあ、ライラ」
「うう、姉としては複雑……」
そんなものか?
ひょっとして、ブラコン拗らせてる訳ではないよな?
取り敢えず。
「それでは、一晩、厄介になるかな」
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