第119話 提案とギスギスと
ふむ、今日も清々しい朝だ。
テントから出て来たワシが顔を洗いながらそんなことを考えていると、
「お兄ちゃん、ご飯よー」
と、エイラが声を掛けて来てくれた。
「ふむ。昨夜はライラとメルザが警護だった故、まだ寝ているのではないか? そうすると、誰が朝食を作ったのだ?」
「誰だと思う? お兄ちゃん」
ワシが尋ねると、エイラが含みのある煽情的な笑みを浮かべる。
うん。どうせ作ったの、エイラだろう。
何だ、自慢したいのか? カワイイところがあるではないか。
だが、エイラ的にはサプライズを演出したいと考えている筈だから、ここは敢えて間違えるのが正解か?
ならば。
「うーむ。ククル殿ではないか?」
「もう、なんで間違えちゃうの! そんなの、私に決まってるじゃない!」
などとエイラはプンスカ怒っている振りをしているが、その顔はしてやったりと言わんばかりに、ニタア、と口角が上がっている。
「本当にお兄ちゃんはしょうがないんだから……罰として、今度お願いを聞いてよね?」
そう言いながら、エイラはズイ、と覗き込むように下から顔を近づける。あざとい。
だが、何となく解って来た。此奴、何処ぞの兄妹ラブコメプレイがしたかったのだな。
まあ、ワシとしても一度経験してみたかったから、こんなプレイもやぶさかではない。
とはいえ、ワシは倫理を愛する男。せめて成人を迎えてから出直してくるが良い。
「ハイハイ。では朝食の席へと向かおうか」
「むうー、お兄ちゃんのバカ……」
何時まで続けるつもりだ!?
◇
席には既にミミ殿とククル殿、ちびっ子、カイ、ルイが着いていた、のだが……。
ラーデン殿とギデオン殿が、地面に手をつき、おでこを擦り付けながら、見事な土下座スタイルを敢行していた。
何があったのか、などと野暮なことは聞くまい。
寧ろ、当然の報いであろう。
「で、では、いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」
合掌をして朝食を食べ始めると、カイとルイが、スープの入った器をトコトコとラーデン殿、ギデオン殿の前に置いた。
今日は土下座のまま食え、ということなのだろう。あれ? フォークやスプーンは?
「……犬に道具は必要ない」
「犬みたいに舐めて食べると良いっす」
氷の刃で切り裂くかのような低く鋭い声が、二人から発せられる。
ラーデン殿とギデオン殿はお互い顔を見合わせると、静かにスープを舐め出した。
うう……見ているコッチの胃が痛くなってきた。
とまあ、殺伐とした状況で朝食を食べる最中であるが、先ずは約束を果たしておくか。
「そ、そうだ。実はラーデン殿とククル殿に相談があってな」
「相談? 何っすか?」
ワシは徐に口を開くと、応えたのはククル殿だ。ラーデン殿は土下座スタイルのまま微動だにしない。恐らく、発言すら認められていないのだろう。
「う、うむ。実はな、昨晩、偵察がてら上空……」
「上空?」
ってオイ!? ワシ、危うく魔術のこと話しそうになったではないか!?
イヤイヤ、ククル殿もエイラもカイ、ルイも、ワシの魔術を知らんのだぞ!?
どうしよう……。
ワシはチラリ、とミミ殿に助けを求める。
すると、ミミ殿はそっと視線を反らし、黙々とスープを飲んでいる!?
この! 裏切者!
さて、どうするどうする!?
「ああ、アレっすか? シードさんが空を飛んで辺りを監視してくれたっすか?」
アレ? 何で知ってるの?
「ああ! そうよお兄ちゃん! 聞いたら、お姉ちゃんは空の散歩に連れて行ったらしいじゃない! 私も連れてってよ!」
エエ!? エイラも知ってるの!?
「ええと……どういうこと……?」
ワシはわなわなとククル殿とエイラに指先を交互に向け、漂わせた。
「ん? ウチは若旦那から酔っぱらいながら自慢げにシードさんの話を聞いたっす」
「私は姉さんがその時のことを嬉しそうに語るものだから……さすがにあの時は殺意を覚えたわ」
うん。皆、口軽すぎ。
何なの? 皆、ワシが元大魔王であることバラして、ワシをルインズから追い出したいの?
兎に角。
「……言いたいことは山程あるが、取り敢えず話を続けるぞ。それで、上空から周辺を偵察した際、街道から少し外れたところに、小さな村があった。そしてその先には森が」
「ふむふむ。それで?」
「うむ。どうやら街道は森を迂回するように通っているようでな。ならば、村から森経由で抜けた方が、王都に早く着くのではないかと思ってな」
勿論嘘である。
ただ、ミミ殿が森を抜けた方が王都への近道と言っていたので、それっぽい理由をでっち上げただけである。
なので、そろそろミミ殿に助け舟を出して欲しいのである。もう帰りたい。
「……その村と森なら私が知ってる」
「ミミさん、本当っすか?」
「……(コク)」
ククル殿がミミ殿に尋ねると、ミミ殿は無言で頷いた。
「オ、オイ!? ミミ!」
これまで土下座を貫いていたギデオン殿が、頭をガバッと持ち上げ、ミミ殿に食って掛かる。
「……ギデオンは黙って。その村の名は“ヘレル村”。私とギデオンが育った場所」
ミミ殿がそう告げると、ギデオン殿が苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。
ふむう、昨夜もミミ殿はギデオン殿が絶対反対すると言っておったが、ここまで露骨に嫌な顔を見せるとは。やはり、その村には何かあるのか……。
「なあんだ。それでしたら、何も問題なさそうっすね。だったら寄らない手はないっす。良いっすよね、若旦那?」
ククル殿は和やかに言うが、ラーデン殿に向けられたその言葉は、有無を言わせない程の迫力があった。
そして、ラーデン殿は只それを無言で頷くことしか出来なかった。
「では、準備が済んだらそのヘレル村に向かうとしよう。と、その前に朝食を済ませてしまわねばな」
「はいっす」
「「「はーい」」」
◇
その後、ワシ達は手早く朝食を済ませ、一路ヘレル村へと向かう。
ライラとメルザは、既に起きてはいるが、朝まで警護していたこともあり、今は荷馬車で休んでもらっている。
ということで、現在荷馬車の護衛は、ワシ、ギデオン殿、ミミ殿の三人で行っているのだが……。
「おいミミ! コイツは一体どういうことだ!」
「……ギデオン五月蠅い」
「アア!? アレだろ! テメエがシードに頼んで、ああいう風に言わせたんだろうが!」
「……気に入らないなら、今からククルさんに言って進路変更してもらえば良い」
「クソッ! ククルさんに言える訳ねえだろうがよ……!」
ずっとあの調子である。
ハア、そんなやり取りを聞かされるコッチの身にもなって欲しい。
言っておくが、お主達の会話、ククル殿にも丸聞こえだからな?
「ハア、痴話ゲンカは他所でやって欲しいっす……」
「同感である……」
ククル殿とワシはお互い顔を見合わせ、盛大に溜息を吐いた。
◇
そんな具合にギスギスした状態のまま、ヘレル村を目指してから二日目。
「む。おお、村が見えたぞ」
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