第118話 女子会と二人と
深夜になり、辺りを静寂が包む。
あれから見回りをしたり[紫煙の眼]で確認したりしたが、小さな魔物がポツポツ見つかる程度で、何の問題もなかった。
ミミ殿も先程の会話以降、特に変わった様子もなく、偶にワシを揶揄いながら飄々と警護をこなしていた。
うむ、そろそろ交代の時間だな。
「……じゃあ、メルザとライラを呼んでくるから、それまで待機」
「うむ。承知した」
ワシは焚火の前で体育座りをして大人しく待つことにしよう。
…………………………。
……………………。
………………。
…………。
……。
…………………………来ないな。
むう、三人共一体何をしているのだ?
アレか? 実はメルザもライラも寝起きが悪いとかそういうのか?
兎に角。
さすがに様子を窺いに行く訳にもいかんし、待つことしか出来んのだが。
などと考えていると、漸くミミ殿、メルザ、ライラの三人がやって来た。
「すいません、遅くなりました」
「ホントごめんね」
何だろう。二人共あまり悪びれてないように感じるが。
「……二人に激詰めされて大変だった」
「「ちょ!? ミミさん!?」」
むむ、一体何があったのだ!?
ワシは二人へと目を向けると、何故か気まずそうに視線を反らされた……ナンデ?
「ま、まあ良いか……それではワシ達も寝てくる故、後は頼んだぞ」
「……(コクコク)」
ワシとミミ殿は二人に向かってサムズアップしたのだが、二人はその反応に戸惑って、サムズアップしようかどうか逡巡している。ノリ悪いな。
ま、寝起きにそこまで求めても酷か。
明日も朝が早いのだ、歯磨きしてサッサと寝ることにしよう。
◇
■メルザ視点
「……行きましたか?」
「……行ったね」
私達はシードさんがテントに入って行くのを確認する。
そう、これから私とライラは大事な話があるのだ。
「さて……テント内ではお二人の様子が気になって、結局話が出来ずじまいでしたが」
「うん、これで心置きなく話せるね」
さて、では何から話しましょうか。
「それじゃ、先ず最初に“協定”についておさらいしておこう」
「そうですね。現状確認の上でもそれが良いかと」
ライラの提案に、私も首肯する。
「先ずは……」
シードさんに救われたあの日、私とライラでシードさんに関する“協定”を結んだ。
その内容はこうだ。
・私達はシードさんのことを最優先に行動する。
・卑怯な手を使って抜け駆けをしない。(正々堂々と抜け駆けするのはOK)
・シードさんに色目を使う女性は徹底的に排除。
・シードさんを絶対に裏切らない。
「……と、今のところこの四つだけだね」
「ええ。逆にこれ以上増やすと、私達自身の首を絞めかねないですから」
そう言って、私はこの四つを心の中で反芻する。
うん。やっぱり正々堂々なら抜け駆けが可能なのが大きい。
後は、ライラの行動を抑えつつ、どうやって出し抜くか、ですね。
今ではライラのことは信頼していますが、シードさんのことに関しては話は別。
私は少しも譲るつもりはありませんからね?
「うん。で、次なんだけど、ちょっと協定にも関係する話なんだけど……」
「……勿論私もそこは気に掛かっています。『シードさんに色目を使う女性は徹底的に排除』ですよね……?」
「……うん、そう」
そうなんです。
困ったことに、シードさんのことが気になっている女性が、私達二人の他にいることなんです。
ミミさんは私達“二人しかいない”と言ってくださいましたが、そうなりそうな女性が、現時点で三人もいるんです。
「ふう、今回の王都行きの間に、彼女の熱が少し冷めていると良いんですが……」
私は、その彼女がいるルインズの街の方角へと目を向ける。
この前様子を窺いに教会を覗いたら、シードさんとのことを子ども達に揶揄われて、怒りながらも耳まで赤く染めながら口元を緩めていた彼女がいました。
彼女は私達の中で一番辛い思いをしてきたから、これからは絶対に幸せになって欲しいと思っていますし、彼女が他の男性のことを好きになったのなら、有無を言わず全力で応援するんですけど……。
はあ、よりによって……本当に厄介です……。
ライラも同様に頭を抱えていますね。
それもそうでしょう。何せ、彼女が最も大切にしている妹が、自分の好きな人に横恋慕しているんですから……って、まだ別にシードさんがライラと付き合っている訳じゃないですから、その表現はおかしかったですね。
ただ、彼女自身も姉に遠慮しているのか、シードさんに絡むものの、一歩引いているようにも感じるんですよね。
そういうところもあって、ライラさんも悩んでいるんでしょうけど。
最後の一人は……うーん、シードさんのことを憎からず思っていることは間違いないんですが、良く分からないんですよね。
シードさんに好意を持って接しているのは解るんですが、それが恋愛感情なのか、また別の意味があるのか、判断に迷うところではあるんですが。
……いずれにせよ、一度面と向かって話をした方が良いような気がします。
「兎に角、さすがにあの三人を力尽くで排除、とは行かないでしょう……私達にはとてもそんな真似出来ませんし……」
「それに、仮にそんなことしたら、絶対シードに嫌われちゃうよね……」
「ええ……」
はあ、溜息ばかり吐いてしまいます。
「だけど、不思議なんだよね」
「? 何がですか?」
ライラが徐に呟いた言葉を不思議に思い、私はつい尋ねてしまった。
「うん。ほら、シードって、基本的にモテないよね? 慣れてないから緊張して、女の子と話すの苦手だし、それに、その、か、顔もカッコイイと思う、んだけど、不思議と女の子達はシードを見ると露骨に嫌そうな顔をするんだよね」
「ああ……そういえばそうですね……うーん、何ででしょう?」
「さあ?」
私の男性の趣味が悪い、何てことは億に一つもないですし、それはライラも同じです。
それどころか、あのシードさんの、その、カ、カッコイイ顔やお姿が理解出来ないなんて、怒りを通り越して憐れでしかありませんが。
「あ、ゴメン、話が逸れちゃった。それでね、私が言いたいのは、あの三人がどうしてシードを好きになったか、なんだけど」
「え? それこそシードさんの素晴らしさに気付いたからに決まってるじゃないですか」
「うーん……上手く言えないんだけど、何だかそんな単純な話じゃないような気がするんだよね……」
? どういうことですかね?
だって、人を好きになるって、そういうことだと思うんですが。
「えーと、多分なんだけど、シードを好きになるっていうか、シードと真面に話せる女性って限られるんじゃないかなって」
「? はい?」
一瞬ライラの言っている意味が解らなくなり、呆けてしまった。
「あ、うん。ホラ、シードって女性の前だと緊張して上手く話せなくなるでしょ? その所為で変なオーラというか、威圧するというか、そんなのがあるんじゃないかな……」
「まさか……ですが、それでしたら何故その三人は大丈夫なんですか?」
「そこなんだけど、三人に共通しているのが一定の実力がある女性だってこと。つまり、そのシードの威圧に耐えられるからだと思うんだ」
「あ……!」
確かにライラの言う通りです。
シードさんと繋がりのある女性は全員、相応の実力のある人達ばかりです……リサを除いて。
「で、ですが、それだとマルグリット様はどうなるんですか? あの方は貴族ではありますが、そうではないですよ?」
「それは、マルグリット様が子どもだからじゃない? 多分、シードが良く言う“女子”と認識してないからだと思う」
「成程……」
合点がいきました。
ですが、これは私達にとっては非常に都合が良いですね。
だって、相手に実力がなければ、シードさんが女性に言い寄られることがないんですから。
「それは良いことを聞きました。つまり、今後はそういった実力者だけを警戒して行けば良い、そういうことですね?」
「うん……といっても、あくまで私の予想でしかないから、確証はないんだけど」
「いえ、充分です」
ウフフ、これは明日からは実力のある女性は遠ざけるよう配慮しませんと。
取り敢えずこの話は一先ず置いといて。
私は居住まいを正してライラへと顔を向ける。
「さて。話は変わりますが、その……貴女達は大丈夫、なんですか……?」
私は、エイラさんが眠っているテントへと目配せした。
「あ、うん。エイラも私も、アッチとは関わらないようにしてるし。この前も何か言われたらしいんだけど、「凄んでやったら諦めたみたい」って飄々としながら言うんだもん」
「ウフフ、そうですか……ですがライラ」
私は少し目を細めてライラを見据える。
「もしもの時は、貴女一人で抱え込まないでくださいね? 私だっていますし、それに、シードさんも」
「……うん。勿論メルザは頼りにしてるし、それに、何たってシードだもん。どんなことだって解決してくれるよ」
「ええ」
私達は微笑みながら頷き合う。
「だけど、ライバルが三人かあ……ねえメルザ、もし、もしだよ? シードが……」
「ライラ。シードさんが私とライラ、その何方かを選ばないなんてことは有り得ません」
私はビシッとライラを指差した。
だってそうでしょう? シードさんはメリンダとは未だに真面に話も出来ませんし、エイラさんやククルさんの場合は、実際の年齢と見た目の年齢が対象外……ですよね? ね!?
「と、兎に角そういうことですから!」
「あはは、うん……じゃあさじゃあさ、何方かがシードの選ばれた場合は?」
ライラは少し揶揄うようにそんなことを聞いた。
「ライラが選ばれた時は、心の底から悔しいですが、仕方ないので祝福してあげますよ。但し、貴女宛に刃物の入った手紙が届くかもしれませんが」
「えー、何それ。だけど、メルザが選ばれたら勿論私も祝福するよ。但し、メルザ宛に針が入った手紙が届くかもしれないけど」
へえ、意趣返しですか?
ですが、これは手紙に気を付けなければいけませんね。だって、選ばれるのは私ですから。ですよね?
「えーと、じゃあ次は……」
「まだあるんですか!?」
何だか女子だけの場で恋愛話で盛り上がるみたいになってきましたね……。
ま、まあ、ライラとでしたら、嫌いじゃないですが。
「……シードが私とメルザの両方を選んだら?」
「そんなの決まってるじゃないですか。私達三人で目一杯、それこそ世界一幸せになりましょう」
「エヘヘ」
「ウフフ」
静かな夜の中、私達はその時を想像しながら、お互い笑い合った。
だけど。
「……ごめんね、メルザ……」
そんなライラの呟きは、私の耳には届かなかった。
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