第116話 出発と野営と
荷物の積み込みを終え、ワシ達は無事、王都を出発した。
ラーデン殿とギデオン殿の二日酔いやちびっ子の闖入の所為で、少々出発が遅れてしまったが、王都までの旅程に影響が出る程ではないだろう……道中、何もなければ、だが。
「うわあ! これが街の外なんだね!」
「だね!」
カイとルイが荷馬車の幌から顔を覗かせ、嬉しそうにはしゃぐ。
うむ、見ていてほっこりするな。
なお、荷馬車の御者はククル殿がしており、ラーデン殿とギデオン殿は荷馬車の中でくたばっている。
そして、ミミ殿は幌の上に乗って辺りの監視、エイラとちびっ子の二人は何故か荷馬車の中でふんぞり返っている。百歩譲ってちびっ子は一応領主だからまだ理解出来るが、何でエイラまで!?
で、ワシとライラとメルザで荷馬車周辺を歩きながら護衛している。
ふむ。偶にはこんなのんびりとした旅も良いものだな。
辺りの景色を眺めながら、荷馬車に合わせテクテクと歩いている。
まあ、街道自体が綺麗に整備されているので、魔物の姿も見当たらない。
それに、まだ昼間でもあるので、当然盗賊も現れる気配がない。
うん、長閑だ。
「しかしククル殿。これなら冒険者を態々五人も雇わなくても良かったのではないか? これからの道中、魔物や盗賊に到底出くわすとも思えんのだが」
ワシは荷馬車に並行しながら、御者席で手綱を握るククル殿に尋ねた。
「ええ、そうっすね。実は、若旦那が大旦那に会いたくないから、少しでも気を紛らわせるために、皆さんに一緒に来てもらった、っていうのが本当の目的っすから」
「そうなの?」
「そうっす。そうでなければ、さすがに領主様達まで一緒に、って話にならないっす。ちゃんとその辺は弁えてるっすよ」
成程、要はワシ達はラーデン殿の我儘に巻き込まれたということか。
ま、それはそれで悪い気はしないがな。
何せ。
「わー見てみて! あれってホーンラビットだよね!」
「だよね!」
「もう! あまりはしゃいで、荷馬車から落ちないようにするんですのよ!」
「「はーい」」
うむ。皆、楽しんでいるようで何よりだ。
ワシがちびっ子達の様子を眺めながらニヨニヨしていると、何時の間にか、隣にライラが来ていた。
「エヘヘ。シード、ありがとね」
「ん? 何がだ?」
はて? 特に礼を言われるようなことはない筈だが……。
「ほら、あの子達が一緒に付いて来てもいいよって言ってくれて、ククルさんに掛け合ってくれたりしたじゃない。それって、あの子達が喜ぶからってのもあるけど……私のためでもあるよね?」
ほほう? ライラの奴、少々自意識過剰ではないか?
ワシがライラのためなどと、そんなことはこれっぽちも……ないとは言わんが。
「む。そんなことはない。大体、ワシ達パーティーのリーダーはライラなのだから、ワシ達はそれに従うだけだ」
「ふえ!? 私がリーダー!?」
コラコラ、一体何を驚いておるのだ。
そもそもパーティーを結成した時から、ワシは先輩であるお主の言に従って行動し、結果、充分な成果を上げておる。
それに、確かにワシはこと戦闘に関しては自信があるが、冒険者活動に関する様々な知識や技能、作戦立案や遂行力、その全てにおいてライラに勝っているものは殆どない。
それは、冒険者時代は盗賊等の賞金首の討伐を専門としておったメルザにしても同じで、ギルド職員としての経験を加味しても、ライラの方が上と言わざるを得ない。
これらを鑑みれば、ライラがワシ達のリーダーに納まるのが筋というものだ。
「うむ。ワシはお主以外にリーダーが務まるとは思わんよ。メルザ、ちょっと良いか?」
ワシは丁度荷馬車の反対側を並行しているメルザに声を掛ける。
「はい、何ですか?」
メルザが馬車を廻って此方へと来た。
「うむ。ワシ達パーティーのリーダーについて、ワシはライラが適任であると思っているのだが、お主はどう思う?」
「うーん、私も特に反対意見はないですね。ライラさんはガラハドさんに師事を受けただけあって、冒険者としての腕は確かですし、何より“神機妙算”と渾名されるだけあって、その状況判断や計画性、思考力と、どれをとっても一流ですから」
おおう。まさかのメルザの高評価っぷり。
何時もケンカしてるから、やっかみの一つや二つ言うかと思ったが、ワシが考えているより冷静であった。
「あ、ええと、その……良いの?」
「「勿論」」
恐縮仕切りのライラがおずおずと尋ねるが、ワシ達は即答した。
するとライラは困ったような、恥ずかしいような、嬉しいような、感情が複雑に入り混じった表情を浮かべ、
「うん……それなら、私、頑張ってみるね」
と、はにかみながらリーダー就任を快諾した。
「(うふふ、これでパーティーの雑務その他諸々はライラさんにお願いして、その間に私はシードさんのお世話に集中出来ます。そしてあわよくば……)」
……メルザから何か良からぬ声が聞こえたような気がするが……気にしないでおこう。そうしよう。
◇
「よし。そろそろ陽も暮れてきたから、今日は此処で一泊しようぜ。良いよな、旦那」
「うん。勿論構わないよ」
あれから漸く二日酔いが直ったギデオン殿とラーデン殿が、今日の移動の終了を告げた。
さて、では野宿する準備をせねばな。
ワシ達は荷馬車から道具等を降ろし、早速テントの設営に取り掛かる。
マルヴァン山でマグの葉採集以来、こういうこともあろうかとこっそりテント設営の練習をしてきたのだ。
フフフ、ワシが見事にテントを建てて見せようぞ!
「あ、シード、此処間違ってるよ」
ぬあっ!? 早速ライラから指摘されてしまった。
くうう、冒険者の道はなかなか険しいな……。
そして、ライラ、メルザ、エイラ、ククル殿は今晩の食事の準備をし、ギデオン殿とミミ殿は周囲の警戒、カイとルイはワシの手伝い、ラーデン殿はふんぞり返ってるちびっ子の相手をしている。
そんなこんなでラーデン殿とちびっ子以外の皆がテキパキと作業をこなしていると、
「皆さんご飯が出来ましたよー!」
食事が完成したようで、エイラが皆を呼んだ。
ふむふむ、しかし腹が減ったな。
ワシはクンクン、と匂いを嗅ぐと、美味そうな香りがワシの鼻を擽った。
うむ! 今日はシチューだな!
ワシは逸る気を抑え、サッサと席に着く。
皆もそれぞれ席に……って、エイラよ引っ付き過ぎではないか? それではワシが食事し辛いのだが。
「ちょっとエイラ! それじゃシードがご飯食べにくいでしょ! もっと離れる!」
「えー……」
ライラに叱られ、エイラが渋々ワシから離れた。
で、ちびっ子よ。ワシの膝はお主の椅子ではないぞ?
「マルグリット様も! 行儀悪いですよ!」
「むー、ですわ……」
ちびっ子もライラに叱られ、すごすごとワシの膝から降りた。
一応あんなだけど、領主に対してああも見事に叱るとは……やるなライラ。
「ワハハ、モテモテじゃねえかシード!」
警備を終え、ギデオン殿とミミ殿が輪に加わる。
で、何故ギデオン殿の右手に酒瓶があるのだ?
「ミミ殿、あれ、良いのか?」
「……大丈夫。後で処すから」
処す!? 処すの!?
ワシはガクブルしていると、カイがシチューを運んでくれた。
「おお、すまんなカイ」
「えへへ」
シチューを受け取り、カイの頭を撫でてやると、カイは嬉しそうに目を細め、頬を緩めた。
そして、皆にシチューの入った器が行き届くと、ライラが手を合わせて、
「それじゃ皆さん、いただきます」
「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」
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