第115話 待ち合わせと闖入者と

 次の日の朝。


 ククル殿の指名依頼を快諾したワシは、集合場所であるフロスト商会へと向かうため、宿を出ようとしたところで、


「おはようございます、シードさん」


 何故かメルザが宿の前にいて、声を掛けられた。今日もカワイイ。

 ひょっとして、ワシが宿を出るのを待っていてくれたのだろうか。それだと悪いことをしたな。


「おはよう、メルザ。態々出迎えてくれるとは、何だか申し訳ないな……次からはお主さえ良ければ、宿の中で待ってくれて構わんぞ」

「本当ですか! でしたら次回からはシードさんのお部屋までお迎えに行きますね! 約束ですよ?」


 おおう、思ったよりメルザ殿がグイグイ来た。

 いや、ワシとしても、只虚しく起きるより、メルザのような女子に起こしてもらえるなら、一日三回は寝る所存。

 しかし翌々考えると、ワシ、ひょっとして既に“リア充”と呼んでも過言ではないのではないか? ……いいや、真の“リア充”とはこの程度では済まん筈。それこそあんなことやこんなこと、キャッキャウフフとする筈なのだ!


「あの……シードさん?」


 む、イカン。どうやら妄想に耽ってしまい、メルザを置き去りにしてしまっていたようだ。


「いや、すまん。少々考えごとをしてしまった。では、遅れる訳にもいかんから、そろそろ参ろうか」

「はい!」


 そういえば、ギデオン殿とミミ殿には声を掛けなくて良かったのか? ……まあ良いか。


 ◇


 フロスト商会へと着くと、店の前では店員達が荷馬車への荷物の運び込み等、せっせと作業をする姿が見えた。

 そして、ククル殿が店員達にテキパキと指示を出していた。


「ククル殿、おはよう」

「おはようございます」

「あ! シードさん、メルザさん、おはようございますっす!」


 ククル殿が良い笑顔でトテトテと此方へ駆け寄って来た。

 やはり、とてもワシより年上とは思えんな。


「うむ。ところで、ラーデン殿はどうしたのだ?」

「あ―……うちの若旦那っすけど、昨日ギデオンさんと飲みに行ったらしくて、今は二日酔いで寝てるっす……」


 ククル殿が呆れたように肩を竦める。

 二人共、出発前に一体何をしているのだ……。


 お、噂をすれば、ラーデン殿、ギデオン殿、ミミ殿の三人がやって来たぞ。


「「うええ……気持ち悪い……」」

「……二人共、飲み過ぎ」


 うわ、二人共顔が真っ青だな。

 コレ、荷馬車に乗せたら直ぐにリバースするのではないか!?


「ハア、二人共。そんな調子で、馬車に乗っても大丈夫なのか?」

「オ、オウ、シード……身体動かしゃ、そのうち何とかなるって……うう……」


 いやはや、説得力皆無である。

 ワシも飲み過ぎには注意しよう。


「ククル……王都に向かうの、明日にしない? ……オエ」

「……あんまり馬鹿なこと言ってると、ハウンドウルフの餌にするっすよ?」

「ヒエエ!?」


 ククル殿とラーデン殿から、恐ろしい会話が飛び交っていた。

 うむ、聞かなかったことにしよう。

 それよりも。


「ミミ殿、二人が二日酔いなのは何時ものことだが、今日王都に出発すること位解っている筈であろう? なのに何故こんなになるまで酒を飲んだのだ?」

「……ラーデンさんが王都に行くのが嫌で、ギデオンとヤケ酒飲んだ結果がコレ」


 ミミ殿が二人を指差しながら、ゴミでも見るかのような冷ややかな視線を送った。

 成程、ワシも酒には気を付けよう。特に、ライラやメルザの前では。


 ◇


 そろそろ荷物の積み込みも粗方終わり、間もなく出発出来る態勢が整うのだが……未だにライラが来ない。

 ライラに何かあったのだろうか……。


「な、なあメルザ。ライラ、何か言っておったりしておらんか?」

「? いえ、私は特に……ですが、確かに遅いですね……。ご妹弟のお世話もあるので、少し遅くなるとは思ってましたが、それにしても、ですね……」


 そうか……。

 さて、そうすると、一度ライラの家に様子を見に行った方が良いか?

 かといって、入れ違いになっても困るしなあ。どうしたものか。

 などと思案していると。


「オーッホッホッホ! ワタクシを置いて王都へ逃げるなど、させませんですわよ!」


 っ!? こ、この声は!?


 ワシは慌てて振り返る。

 すると、其処には腰に手を当て、仁王立ちして高笑いをするちびっ子と、妖しげに微笑むエイラ、興味津々なのかキョロキョロと荷馬車を眺めるカイとルイ、そして、そんな皆の様子に頭を抱えているライラがいた。


 そしてちびっ子は、トコトコと此方へと近付いて来ると、ビシッとワシを指差した。


「分かってますのシード! ワタクシは貴方が悪いことをしないか、監視しなければいけませんの! なのに勝手に王都に行くってどういうことですの! 仕方ありませんから、ワタクシ達も貴方達と一緒に王都まで行きますわよ!」


 え? なんで?

 イヤイヤ、ワシ悪いことなぞした覚えないぞ!? それと、“達”って何だ!?

 ワシがあまりのことに思考が追いつかず頭を押さえていると、ライラがそっと近寄って来て耳打ちする。


「(ゴメン! 昨日偶々家に遊びに来てたマルグリット様に今回の依頼のこと話したら、一緒に行くって言って聞かなくなっちゃった……)」

「(ぬあ!?)」


 オイオイどうするのだ!?

 一応ワシ達はフロスト商会からの依頼を受け、王都までの護衛で行くのだぞ!?

 おまけに、ちびっ子は領主なのだから、そんなホイホイ出歩いていて良いのか!?

 おまけにおまけに、ひょっとしてだけど……。


「(なあ、ライラよ……ひょっとしてだが、エイラ達も……?)」

「(うん……マルグリット様が一緒にって言って……それで、エイラも悪乗りしちゃって……ダメ、だよね…?)」


 ライラが申し訳なさそうに俯く。

 そんなもの、勿論ダ……メではないかもしれんな。よくよく考えれば。


「(……ふーむ。依頼主であるラーデン殿次第だとは思うものの、それはそれで構わんのではないか? メルザはどう思う?)」


 落ち着いて考えてみれば、そもそも、王都までの街道は整備されておるらしいから、魔物や盗賊の襲撃は比較的少なく安全であろうし、何より、幾ら何時でも【転移】で戻って来れるとはいえ、妹弟と離れてしまうのはライラとしても不安だろう。

 ……まあ、ちびっ子は領主としてどうなのかとは思うが。


「(そうですね……確かにこれだけの冒険者が護衛するのですから、マルグリット様やエイラさん達が増えても大丈夫だとは思いますが……)」


 メルザはチラリ、と、今もなお、お仕置きが続いているラーデン殿とククル殿の様子を窺う。

 ふむう……ならば、二日酔いのラーデン殿は置いといて、実質トップのククル殿に頼んでみるか。


「あの、取り込み中すまん……。その、ククル殿に少々頼みがあるのだが……」

「はい、あのどうしようもない領主様の件っすね」


 チラリ、とちびっ子を眺め、ククル殿がそう言った。

 うむ、話が早くて助かるのだが……逆に、不気味なんですけど。


「取り敢えず大丈夫っす! 今回の目的は商売ではないですから、荷物もウチ達の食糧とか生活用品だけですし。それに、旅は大勢の方が楽しいっすからね! ……ただ、やっぱりあの領主様はどうかと思うっすけど……」

「あれ? 一応僕が代表者なんだけど!? ねえ、何で僕に聞いてくれないの!?」

「……ハア?」

「ゴメンナサイ」


 うむ。ワシもちびっ子についてはどうかと思う。

 それよりも、ラーデン殿のあまりの不憫さに、同情を禁じ得ない。


 ということで。


「ライラよ、ククル殿から許可はいただいた。そうとなれば、皆も挨拶をしておこう」

「オーッホッホッホ! 当然ですわ!」

「いや、ち……マルグリット殿は少々自重すべきではないか?」


 本当にこのちびっ子は……。


「ククルさん本当にスイマセン! どうぞよろしくお願いします」

「「「どうぞよろしくお願いします!」」」


 ライラ達はというと、ククル殿の元へ駆け寄り、家族全員でお礼を述べる。

 うむ、ライラ家は仲が良くて何よりだ。


「さて。これから世話になるのだ、皆で荷を積み込むのを手伝おう」

「「「「「おー!」」」」」

「ワ、ワタクシは皆さんを指揮いたしますわ!」


 イヤイヤ、お主も手伝え。

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