第113話 局長と事情と 

「タハハ、参った参った」


 ワシとアイリン殿で二人を宥め賺して、何とか男を解放すると、男は苦笑しながらポリポリと頭を掻いた。

 あんな目に遭ったのに、よくキレぬな。

 しかし、ワシならカワイイ女子にあんな真似をされてしまったら、次はどんな風に罵られたり痛めつけられたり、あんなことやこんなこと……イカン、何だかドキドキしてきた。


「それで、貴方は何者なんですか?」


 メルザが高圧的に男に詰問する。

 ワシは既にアイリン殿から素性を聞いているので、静かにそのやり取りを傍観している。


「いや、良くぞ聞いてくれた! 私はアドラステア王国運営管理局で局長をしているビセンテ=コスタと申す。一応、王国からは侯爵位を戴いている」


 男……ビセンテ局長の言葉に、ライラとメルザは驚きの表情を浮かべた。……って待て待て!?


「(アイリン殿、侯爵位を持つような者が単身でこのような辺境の街に来て良いものなのか!?)」

「(マサカ! 普通有り得ないワヨ! 只、ギルド本部からはビセンテ局長が来ることは予め聞いてたから、もっと大勢で来ると思ってたんだけど)」


 イヤイヤ、知っていたのならば教えぬか!?

 すると、ヒソヒソ話をしていたワシ達にビセンテ局長が声を掛ける。


「いや、先程は他の者がいるような場であのように声を掛けてしまい、申し訳ない。部下達からも良く叱られておったのだが……」


 成程、普段からアレなのか。部下の“清掃員”達も大変そうだな。


「申し遅れた。ワシはシード=アートマン、お主も知っての通り、元大魔王だ」


 うむ。バルバラの所為で王国に良いイメージはないが、仮にも相手は侯爵位であるからな。相応の対応をするのが大人というものだ。

 だから二人共、ビセンテ局長を威嚇するのはヤメロ。


「……ふむ、魔王……いや、失礼。シード殿は礼を弁えた御仁のようだ。改めて、ビセンテ=コスタと申す」


 そう名乗り、ビセンテ局長は右手を差し出したので、ワシも右手を差し出し、握手で応える。


「うむ。では、コスタ卿とお呼びすれば?」

「いや、気軽にビセンテと呼んでいただければ」

「そうか。では、ビセンテ局長と呼ばせて戴こう。それでビセンテ局長、今日はどのような用件で?」

「オオ! そうだった!」


 お互いの挨拶を済ませ、ワシは用件を尋ねると、ビセンテ局長は突然跪き、頭を垂れた。


「む?」

「この度は我が部下であるバルバラがシード殿にご迷惑をお掛けした。誠に申し訳ない」


 ふむ。どうやらビセンテ局長は、態々謝罪のためにルインズまで遥々やって来た……のか?

 だが、少々気に入らんな。


「……取り敢えずワシへの謝罪は置いておくとして、先に謝るべきは、ワシではない筈だがな」

「勿論心得ている。新たなメレンデス卿には既に直接お会いし、謝罪を受け取っていただいている」


 む、そうなのか。

 意外と礼儀を弁えておるのだな。


「であるならば、ワシからは特に言うことはない。貴殿の謝罪は受け取ろう」

「! おお! 誠に忝い!」


 すると、ビセンテ局長はガバッと立ち上がると満面の笑みを浮かべ、ワシの手を取り、肩をバシバシと叩く。痛いぞ。


「シードから離れて!」


 だが、ライラは凄い剣幕でワシ達の間に割り込み、引き離した。

 いや、ワシ謝罪を受け取ったのだから、そこまで邪険にせんでも良いと思うが。

 ほら、あのメルザですら、ちょっと驚いておるぞ。アイリン殿は言わずもがな、指を口に銜えてオロオロしておるが。


「……貴方はシードに何の目的があって、態々こんな辺境の街まで来たんですか?」


 いや、さっき謝罪のために来たと、ビセンテ局長が言ったではないか。

 だからそんな睨まんでも。


「ライラ……どういうことですか?」


 ほらあ、メルザも変に勘ぐってしまったではないか。

 只でさえメルザが拗れるとメンドクサイことになるのに、どうするのだ。


「普通に考えて、貴族本人が単身で謝罪のためだけに来るなんて有り得ないよ。しかも侯爵がだよ? シードが“魔王”だって知って、王国が利用しに来たに決まってる!」


 なぬ!? そうなのか!?

 ワシは半目でビセンテ局長を見ると、バツが悪そうに頭を掻いている。

 だが、直ぐに居住まいを正し、真剣な表情で此方へと向き直った。


「ふう……勿論そういった思惑があること自体は否定しない。だが、その前に自分の部下が迷惑を掛けたことを素直に謝罪したいと思い、ルインズに来たことは分かって欲しい」


 うーむ、これはどうすれば良いのだ?

 チラリ、とライラに目配せする。


「シード、あまり信用しちゃ駄目だよ。大体、さっき街中でシードのこと大声で“魔王”って呼んだのだって、街の人達のシードへの反応と、私達の反応の両方を試すためにわざと言ったと思うから」


 そうなの!?

 いやまあ、貴族とは常に騙し合いをする魑魅魍魎共であるとは認識はしているが。

 もう一度ビセンテ局長を見ると、苦笑いをしているが、目は笑っていない。


「(……シードさん、それなら“視て”は如何ですか?)」


 メルザがそっと近付き、ワシにそう耳打ちしてきた。

 むむ、確かにメルザの言う通り、ビセンテ局長を視れば色々と判るとは思うが……結果、ちびっ子に何かあっても困るし、そもそも人を視るのは少々気が引けるのだが。

 とはいえ、他に妙案もないし、さて、どうしたものか。


「(だが、バレるとそっちの方が問題にならんか?)」

「(ですが、目的が分からなければ、それこそ対処しようがないですから。例えばですが、少し席を外す振りをして、こっそり視てみては?)」


 うむ、それで行こう。

 ワシはメルザに頷き返すと、


「と、取り敢えずワシ、用を足してくる!」


 そう言って、そそくさと執務室を出て行く。

 ……皆の視線が痛い。いや、メルザよ、お主の提案で席を外すのだから、お主までそんな目で見んでも……。


 執務室を出ると、ワシはすかさずドアの隙間から、コッソリ右眼を[翡翠の眼]に切り替え、ビセンテ局長を視た。


 ……………………………………………………………うわー……。


 まさか、ビセンテ局長とバルバラが恋人同士であったとは。爆ぜろ。

 しかし、ふむ。

 今、王城内ではワシ(魔王)出現の報を受けて混乱中で、そんな中、国王がワシに会いたがってると。

 で、何とか運営管理局とバルバラの汚名を晴らすため、国王への謁見を成功させたい、ということか。


 さて、どうしようか……。

 取り敢えず、あの場に戻るか。


「す、すまん。失礼した」

「もう! 頼むよシード!」


 むう、怒られてしまった。理不尽である。


「それで、結局のところ、ビセンテ局長の用事は謝罪のみ、ということで良いのか?」

「……いや、実は折り入ってお願いしたいことがある」


 苦虫を噛み潰したような表情でそう話すビセンテ局長を見て、ライラが「ほらみろ!」と糾弾する。

 いや、お願い事は分かっているのだが。どうしよう。


「シード、どうせ碌なことじゃないから、聞く必要なんかないよ!」


 ライラがそう吐き捨てると、ビセンテ局長は射殺すような視線でライラを睨み付けた。

 そりゃ、自分の恋人の立場が掛かっておるからな。だが。


「悪いがライラの言う通り、これ以上話を聞く気はない」

「……何故だ。謝罪は確かに受け取って戴いた筈だが……?」


 ビセンテ局長が低い声で理由を尋ねる。


「決まっている。確かにライラの物言いにも問題はあるが、そもそもこのように拗れたのは、お主の部下であるバルバラの行動からきた不信感によるもの。にも拘らず、謝罪に来た筈のお主がワシのパートナーであるライラにそのような視線を向ける者の話なぞ、聞く価値はない。そういうことなので、ビセンテ局長にはお引き取り願おう」


 全く、ライラにあのような視線を送らねば、お主の申し出を受けることもやぶさかではなかったのだがな。


 ん? これこれライラよ、そんな目をウルウルさせんでも。

 お主がワシのために高位貴族に対し身を挺してそこまで言ってくれたのだから、それに応えるのは当然ではないか。


「……分かった。“今日のところは”これで失礼する」


 そう言って、ビセンテ局長は忌々し気な表情で此方を一瞥すると、踵を返して執務室を出て行った。

 また来る気か。メンドクサイ。


「で、どうだったんですか?」


 メルザが近付き、[翡翠の眼]で視た内容について尋ねて来た。


「うむ……」


 ワシはビセンテ局長の記憶の内容について、皆に具に説明した。


「そうですか……ビセンテ局長とバルバラが……」

「ふーん……話を聞く限りだと、王国もシードを利用する、というより、王国が被害に遭わないようにするためのご機嫌取りみたいだね」


 ライラが不機嫌そうに言うと、それを聞いたメルザも不機嫌な顔になる。


「……一体王国は、シードさんを何だと思ってるんですか!」

「本当だよ……!」

「マ、マア、取り敢えず貴方達は気分転換でもしてらっしゃいな! 後のことはワタシが何とかしてみるワ!」


 今まで空気だったアイリン殿が、居た堪れなくなってそんなことを提案する。

 すると二人は、アイリン殿をジト目で見た後、溜息を吐いた。


「ハア、そうしよっか」

「ハア、そうですね」

「……では、兎に角一旦外に出ようか」


 ワシ達三人は、執務室を出てギルドの受付を通り過ぎようとしたところで、


「あ! シードさん! 丁度良かったっす!」


 何故かククル殿がいた。

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