第2部 王都リシテア編

ギデオン、ミミの章①

第112話 日常と招かれざる客と

 ワシの一日は、七時の起床から始まる。


 この起床時間は大魔王時代から一切変えておらず、誰に起こされる訳でもなく自然と起きる習慣が身に付いている。


「くああ………ふむ」


 ワシは欠伸をしながら伸びをする。

 しかし、何故欠伸をする時の伸びは、手が猫みたいな感じになるのだろうか。

 などとくだらないことを考えながら、顔を洗って一階へと降りと、食堂の席に着いた。

 すると、宿の親父が不機嫌そうに、今日の朝食をテーブルに運んできた。


 うむ。今日も何時も通り黒パンに野菜のスープだな。そろそろ飽きた。


「いただきます」


 文句を言いながら朝食を平らげると、歯磨きと身だしなみを整え、宿を出る。

 向かう先は勿論冒険者ギルドだ。


 ギルドに着くと、日課の掲示板チェックを行う。

 ふむ、今日は何の依頼を受けるか。


 薬草採集に魔物の討伐、護衛に遺跡探索等々、難易度も含め様々な依頼が所狭しと掲げられている。


「おはようございます!」


 掲示板をしげしげと眺めていると、後ろから声を掛けられた。

 振り返らずとも判る。この声はパートナーの一人、メルザだ。


「うむ、おはよう……ところで、ギルドの仕事は良いのか?」


 そう、この時間は多くの冒険者が今日の依頼を受けるため、窓口が混雑している時間だ。

 ギルドのチーフであるメルザは、窓口でその作業に追われている筈なのだが……。


「ウフフ、全部リサに押し付けてきました。だって、私の最優先はシードさんですから」


 そう言って、メルザは人差し指を顎に当ててはにかんだ。

 くう、メルザにそう言われて喜ばぬ男が何処にいようか! ……まあ、リサにはご愁傷様と言う他はないが。


「おはよう。はあ……メルザ、アイリンさんが凄く困ってたけど、良いの?」


 振り返ると、ライラが腰に手を当て、顔を顰めていた。


「うむ、おはよう……取り敢えず、ワシは何も言えん……」

「へえー、まあ、あんな風に言われちゃうと、ねえー。シードは何も言えないよねえー?」


 うむ、そんな目で見ないで。ていうかひょっとして……。


「さっきの、見ておった?」

「バッチリ」


 ナニソレ、ちょっと恥ずかしい。


「それより、早く戻った方が良いんじゃない?」

「大丈夫ですよライラ。大体、シードさんがギルドに来た時点で、私の業務は終了ですから」


 凄く良い笑顔でメルザは答えるけど、窓口から送られるアイリン殿とリサの視線がツライ。

 ワシもチラリ、と窓口へと視線を向けると、二人は待ってましたとばかりに思いっ切り懇願のジェスチャーをする。


 はあ……。


「と、取り敢えず、ワシ達はメルザの業務が終わるまで待っておるので、行ってやったらどうだ?」

「「ええー……」」


 何故か二人揃って嫌そうに返事をする。メルザは分かるが、ライラまで何で?


「折角、メルザが窓口業務に捕まってる隙に、久しぶりにシードと二人きりで依頼受けられると思ったのに……」

「ライラ!? 貴女そんなこと考えてたんですか!?」


 メルザが信じられないといった表情でライラを睨むが、ライラは全く気にする様子もなく、只々ガッカリしている。

 そんな二人の好意を嬉しく思っていると、窓口からアイリン殿が手招きしてきたので、ワシは二人を横目に窓口へと向かった。


「……シードちゃん、それで、メルザちゃんは?」

「うむ。取り敢えずこの時間はメルザは窓口に戻ってもらうことにして、ワシ達は終わるのを待つことにした」

「ホ、ホント! ハア、良かったワ……今日は一人体調不良で休んでたから、リサ一人じゃキツかったのよ」


 アイリン殿とリサはホッと胸を撫で下ろす。


「という訳で、この朝の時間だけ借りるわね。お詫びに、ワタシが執務室での甘いひと時を提供するワ!」

「いらん」


 全く、コッチが気を遣っているというのに。

 大体、そんなことをしている暇があるのならば、アイリン殿が窓口に出れば良いのだ。

 但し、ギルドのイメージダウン必至だが。


 兎に角、これ以上いると、アイリン殿からハラスメントを受けそうなので、早々に離れるとしよう。


 丁度、メルザ殿が両腕両脚の交換を終え、渋々といった表情で窓口へと戻って来たので、ワシ達は待合室で待っていると伝えると、メルザ殿は悔しそうにしながら窓口での応対を始めた。

 あ、窓口に来た冒険者が。メルザに絡まれて涙目になってる。容赦ないな。


 そんなメルザを尻目に、ワシはライラと合流して待合室へと向かった。


 ◇


「はあ、これはこれで良いかも」


 お茶の入ったカップを両手で持ちながら、ライラがほっこりとしている。

 しかし、メルザの業務、なかなか終わらんなあ。

 何度か窓口の様子を窺っているのだが、今日に限って一向に人が途切れる気配がない。


「なあライラよ。今日は何かあったのかな?」

「ん? んー……特に何もない筈だけど。偶々じゃない?」

「そうか。しかし、かれこれ二時間は経っておるぞ。何だか今日は依頼を受けずに、このまままったりしたくなってきた」

「あー、解る」


 ふーむ、何だか眠くなってきたな。

 ちょっと寝ようかな。


「シードさん!」


 ウトウトしかかっていたところで、メルザが待合室に勢い良く入って来た。


「む、一体どうした?」

「そ、それが……王国の使いの方が、シードさんへ面会を希望しているんですが……」

「いやはや、失礼失礼!」


 すると、待合室に怪しげな貴族然とした男が入って来ると、メルザの隣に立った。


「失礼、貴殿が“魔王”殿で良いか?」


 は? 此奴、いきなり何を言い出すのだ!?

 ワシは慌てて周囲を見回す。どうやら、他の冒険者には聞かれてはおらんようだ。ワシは胸を撫で下ろす。

 すると、メルザは男が発したその言葉に激高し、男の襟首を掴んだかと思うと、そのままテーブルへと叩き付けた。


「がっ!?」

「貴方、一体何なんですか。王国の使いだか何だか知りませんが、あまり失礼なことを言うようでしたら潰しますよ?」


 そのままテーブルにギリ、と強い力で押さえつけながら凄む。だが、その所為で他の冒険者達は何事かと集まって来てしまった。


「あああああ!? メ、メルザちゃん!? チョット待ちなさい!」

「嫌です。待ちません」


 アイリン殿も慌ててやって来て、メルザを制止するが、メルザは聞く耳を持たない。

 だが、この状況は少々まずいぞ。


「……ねえ、メルザ。私も同じ気持ちだけど、このままだとシードに迷惑が掛かっちゃうから、取り敢えず場所を移そ?」

「……仕方ないですね」


 ライラがメルザの肩に手を置いて制止すると、メルザは渋々了承する。

 しかし、アイリン殿が言っても従わなかったのに、ライラの言うことは聞くのか。

 だが、メルザは襟首を掴んだまま男を持ち上げると、アイリン殿に向き直る。


「マスター、執務室をお借りしますね?」

「は!? え、ええ……」


 メルザに圧され、アイリン殿は唖然としながら首肯する。


「では、行きましょうか」

「うん。執務室なら、何しても良いよね?」

「勿論です」


 二人はそういうと、スタスタと執務室へと歩いて行く。

 ちょ、ちょっと!? 怖いんですけど!?


「と、兎に角アイリン殿! ワシ達も行くぞ! このままではあの二人、何仕出かすか分からん!」

「え、ええ! そうね!」


 ワシ達は慌てて二人の後を追った。


 執務室に入ると、メルザが男をソファーへと無造作に放り投げた。


「ゲホッ! ゲホッ!」


 それまで襟首を掴まれていた男は、激しく咳き込む。


「さて、貴方は誰なの? シードに何の用? しかも、“魔王”って誰から聞いたのかな?」


 ライラがにこやかに男に問い掛けるが、目は笑っていない。

 その隣では、メルザが腕組みして仁王立ちしている。


「(それでアイリン殿、あの男は誰なのだ? 慌てて止めに入ったのだ。知っておるのだろう?)」


 ワシはこっそりアイリン殿に耳打ちして尋ねる。


「(……あの男はビセンテ=コスタと言って、“運営管理局”の局長よ。ホラ、シードちゃんアレよ。つまり、バルバラの上司よ)」

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