第111話 幕間 それぞれと思惑と

 西方諸国にある、とある国のとある一室。


 此処に、背中に翼を持つ六人の男女が円卓に着いていた。


「ねえ、聞いた? ザドキエルの馬鹿、アドラステア王国の狗共にやられたんだって」


 ウェーブのかかった金髪の女が、円卓に突っ伏しながら気怠そうにそう話す。


「シシシ、朕も聞いてるよ~。馬鹿だよねホント。何を勘違いしたのか、調子に乗って人攫いと人体実験ばっかりやってるから足が付くんだよ。やるならさあ、朕みたいに“手足”を使って上手くやらないとさ」


 小太りで辮髪の男が下品に笑いながら、さも嬉しそうに答える。


「なあにが“手足”を使って上手くやらないと、だい。大体、アンタのその“手足”の一つが、どこぞの冒険者に潰されたんじゃなかったっけ?」

「シシシ。朕の場合はちゃんと保険も掛けてあったから、何の問題もなく“深淵の鍵”を手に入れてあるさ。それに、高々冒険者程度にやられるような“手足”なんて、コッチから願い下げだよ~」


 女が皮肉を言うも、小太りの男は全く意に介さないのを見て、女は気に入らないのか顔を歪める。


「……だけど、これは由々しき事態よ。西方諸国の東の玄関口であるアドラステア王国だからこそ、“十大天使”のうち三人も配置しているのに、一人はその王国によって排除され、もう一人であるアンタの部下の一人が一介の冒険者に部隊ごと壊滅させられたんだから……ねえ“カマエル”、結局のところ、真相はどうなの?」


 それまで二人のやり取りを傍観していた、青い髪を腰まで伸ばした女が、隣で目を瞑りながら腕組みをしている男に問い掛けた。


「……今回については、前々からルインズの街の領主に目を付けていた“運営管理局”が、芋づる式にザドキエルへと辿り着いたとのことなのだが、どうやら実際にザドキエルを屠ったのは、運営管理局ではなく、一介の冒険者……とのことだ」

「ハア!? いくらザドキエルが雑魚とはいえ、冒険者風情にやられる訳ないジャン!」


“カマエル”の説明を受け、金髪の女が懐疑的な声を上げる。

 それもそうだろう。そもそも“天使族”は他の人族と比べ、その能力に超えられない程の差がある。しかも“第九位”とはいえ、ザドキエルは“十大天使”の一人なのだ。たとえその冒険者が“S級”であったとしても、倒されることなど万に一つも有り得ない。


「……現場で指揮を執っていた“運営管理局”の証言では、その冒険者は“魔王”を名乗っていたらしい」

「「「“魔王”!?」」」


 他の三人が、一斉に声を上げる。


「ま、“魔王”って、ひょっとしてあの“魔王”ってこと!?」

「……俄かに信じ難いが、その“魔王”とのことだ」


 ——魔王。


 一千年前、我々“天使族”相手に圧倒的な魔力とこの世界に存在しない“魔術”をもって混乱に貶めて絶滅寸前にまで追いやり、剰え我等が“主”を封印せしめた者。


 その“魔王”が復活したというのか……。


「皆さん、落ち着いてください。今日こうやって集まっていただいたのは、正にその“魔王”に関してです。真偽はともかく、我々“天使族”として捨て置く訳には参りませんので」


 ローブに身を包んだ女が手を叩き、場を収める。

 そして、これからについて話をしようとしたその時、一人の少女が部屋へと入ると、予め決められている席に着いた。


「あら? 珍しいですね。今回も何時ものように欠席されるのかと思ったのですが」


 ローブの女は、さも珍しそうに少女へと話し掛ける。


「今日はたまたま」


 それだけ告げると、少女はこれ以上は会話するつもりはないとばかりに口を噤み、視線を外す。


「そうですか。では話を続けます。取り急ぎ、“魔王”の出現について、パルメ大聖国から正式に“魔王出現”について西方諸国各国へと布告します。なお、本件については、本日は不在ではありますが、“第一位”である“ミカエラ”も承認済みです」


 少女を除き、席に着く全ての者がその言葉に頷く。


「そして、“カマエル”は引き続き“魔王”の存在とその動向について調査及び監視をお願いします。“レミエラ”はドライランド公国で、“勇者”の召喚準備を」

「“勇者”の召喚!? ちょ、ちょっと待ってよ! ほ、本気なの!?」

「勿論です。一千年前は勇者の制御が出来なかったようですが、今代ではそのような愚は犯しません。そのためにも、貴女には期待していますよ」


 狼狽える金髪の女——“レミエラ”を尻目に、ローブの女は微笑で返す。


「そして、“ゼラキエル”。貴方は、今持っている“深淵の鍵”を私に預けなさい。その上で、王国と協力し、“白の旅団”全部隊をもって“魔王”に当たるのです」

「へあ!? ま、待ってよ! そりゃあ、それなら“魔王”相手でも何とかなるかもしれないけどさ~、それだと朕の“白の旅団”が大損害になっちゃうよ!」


“ゼラキエル”と呼ばれた小太りの男が、口を尖らせて文句を言う。が、ローブの女は用は済んだとばかりに取り合わない。


「それと……“セラフィエラ”は引き続き残り二つの聖遺物……“日輪の聖骸布”と“純血の聖釘”の捜索を。“ラグエラ”は何時でも聖騎士隊を動かせるよう、準備をしておいてください」

「ええ、分かったわ」

「……(コクリ)」


 青い髪の女――“セラフィエラ”は相槌を打ち、これまで一度も言葉を発していない“ラグエラ”と呼ばれた女は、只静かに首肯した。


「“ウリエラ”は……今日もいないのですか。そして……“ガブリエラ”」

「……何?」

「そろそろ、貴女にも働いてもらいたいのですが。これまでは“ミカエラ”の手前、貴女に何かを求めたりはしませんでしたが、“魔王”が現れた以上、このまま、という訳には行きませんので」

「私には関係ない」


 ローブの女の言葉に、“ガブリエラ”と呼ばれた少女はにべもなく断る。


「いい加減にしなさい! 貴女、“第三位”としての自覚がなさすぎよ! ……そんなことでは、貴女のあ「黙れ」」


“ガブリエラ”の態度に怒りを見せる“セラフィエラ”が何かを言おうとした瞬間、“ガブリエラ”から圧倒的な威圧が向けられた。只の人族なら、それだけで意識を失う程の。


「もし私の“大切なもの”に手を出したら殺す。話し掛けても殺す。視界に入っても殺す」

「……っ!?」


“ガブリエラ”の威圧を受けた“セラフィエラ”は、脚が竦み、二の句が告げられずにいる。


「二人共、そこまでにしなさい……はあ、分かりました。元々貴女には期待していませんでしたから、貴方は自由にしてください」


 ローブの女は溜息を吐き、肩を竦めてかぶりを振った。

“ガブリエラ”はこれ以上此処に用はないと言わんばかりに、徐に席を立つと、そのまま部屋を去った。


「……くそ。覚えてなさい……!」


 部屋を出て行く“ガブリエラ”の背中を、“セラフィエラ”は忌々し気に睨んでいた。


「……それで、そもそも今代の“魔王”はどんな奴なの? さすがにそれも分からないってなると、お手上げなんだけど?」


“レミエラ”がそう尋ねると、ローブの女は意味深な笑みを浮かべる。


「勿論分かっていますよ。それに、“魔王”は“ゼラキエル”とも関わりがありますから」

「どういうこと!?」


 ローブの女と“ゼラキエル”以外の此処にいる全員が、一斉に“ゼラキエル”へと視線を送る。


「ち、朕!?」


“ゼラキエル”は自分を指差しながら目を白黒させる。


「ええ。貴方の支部が壊滅したのは、“魔王”の仕業です」

「……合点がいったよ。支部とはいえ、只の冒険者に朕の旅団を壊滅させられる訳ないからね」


“ゼラキエル"が親指の爪を噛みながら、鋭く虚空を睨む。


「それで、その“魔王”……もとい、冒険者はどんな奴なの?」

「名前はシード=アートマン。ルインズの冒険者ギルドに所属する“C級冒険者”です」


 ◇


「……それで、此方の報告を受けた教皇様は、協議の結果、数日以内に正式に各国に布告するとのことです」


 宰相であるアレハンドロ=ルシエンテス公爵は、国王の命により、“運営管理局”から報告のあった“魔王”に関する報告と一連の首謀者であるアウグスト司教についての抗議を行うため、パルメ大聖国へと赴いていた。

 そして先程帰還し、その足で国王レオポルド=フォン=アドラステアへと報告した。


「うむ、ご苦労だった。しかし、厄介なことになったな……」


 レオポルド国王は頭を抱える。

 それもその筈。何せ、よりによって国内に“魔王”が出現したのだから。

 しかも、“魔王”の存在を知った先の事件において、一人の部下の所為で王国はその“魔王”の不興を買ってしまっていた。

 一連の報告を聞いた時のことを思い出し、国王の背中に冷たい汗が流れる。


「兎に角、パルメ大聖国と連携を取り、此方の体制を強化するのだ! それと……今更かもしれんが、“魔王”と接触を図ることは可能か……?」


 国王は部下に素早く指示を出すと、手招きして宰相を近付け、宰相にだけ聞こえる声で囁いた。


「……何とも言えません。ですが、一度は引見に応じましたので、此方が正式に謝罪の上、”誠意”を見せれば或いは……」

「“誠意”……とは?」

「はっ……実は、ギルド本部長から今回の件に際し、首謀者の一人であるメレンデス辺境伯の長女、マルグリットの処遇についての嘆願が上がってきております」

「それが?」


 宰相の献策の意図が見えない国王は、その趣旨を問い掛ける。


「……どうやら“魔王”は、そのマルグリットと懇意にしているらしく……」

「成程……」


 今回の事件は、王国を揺るがしかねない程の事案であり、メレンデス辺境伯に連なる一族郎党は連座して処罰することとなっている。

 そんな中、“魔王”と懇意にしている娘に寛大な処置をすれば、良い印象を与えることが出来、ともすれば“魔王”に恩を売れる可能性もある。

 只、それをすれば、他の諸侯からは“甘い”と取られ、軽く見られる恐れもある。

 ……いや、事の軽重を思えば、考えるまでもない、か……。


「……そうか。では、改めて接触を図ってみてくれ。話し合いで解決するのならば、無用な血を流さずに済む。で、誰にその役目を……」

「……では、“彼”に役目を与えるというのは。と申しますのも、今回の件について、是非とも汚名返上をと、私も嘆願されておりまして……」

「ううむ……」


 思いもよらない宰相からの推薦に、国王は思案する。

 というのも、そもそも今回しでかしたバルバラの関係者である“彼奴”を使者にすると、逆に不興を買ってしまうのではないか、と危惧しているのである。


 だが。


「その心配には及びません。マルグリットの処遇を不問とする替わりに、ギルド本部に“彼”を交渉人とすることを受諾させれば良いのです。さすれば、ギルドとしても上手く取り計らうことでしょう」

「ふむ……」


 確かに宰相のいうことにも一理ある。

 それに、元々マイナスからのスタートなのだ。ならば。


「……分かった。ならば、“彼奴”に任せることとする。後は良きに計らえ」


 国王が指示を出すと、宰相は頷き、謁見の間を退室した。


「ふう……厄介、であるな」


 国王は深い溜息を吐き、窓から王宮の外を眺めた。


 ◇


 数日後。

 西方諸国全土にパルメ大聖国から正式に布告された。


 ——“魔王出現”、と。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます!

幕間も終わり、いよいよ次回から第2部 王都編へと突入します!


ここでいつもお読みいただいている皆様にお詫びがあります。


現在別の投稿サイトで新作を投稿してしまったため、この作品の更新スケジュールを毎日更新から火、木、土の更新とさせていただきます。


皆様にはご迷惑をおかけいたします。


引き続き、拙作をどうぞよろしくお願いいたします!

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