第109話 幕間 おじいちゃんと秘めた想いと

 今日は何時もの冒険者活動は休みにし、ワシは今、孤児院へと向かっている。


 あの一件から、シスターは新たに派遣された司祭預かりとなったのだが、その後、不当な扱いを受けていないかどうか、気掛かりになっていたのだ。


 その旨をライラとメルザに話したのだが、何故か二人は膨れっ面をしながら、あれやこれやと難癖をつけてきおった。

 やれ冒険者活動を休む程なのかだの、自分が確認するからワシは行くなだの……。

 そんなこと言われても、心配なのだから仕方ないではないか、なあ?


 そして、何とか二人を無理矢理説得し、渋々了承してもらった次第だ。


 始めは二人共一緒に付いて来ると言っておったのだが、冒険者活動を休みにすることを良いことに、アイリン殿とリサがメルザを引き留め、ここぞとばかりにギルドの仕事を押し付けられてしまった。


 また、ライラもライラで、エイラから「休みの時位、普段私に押し付けてる家事に貢献して」と苦言を言われてしまい、すごすごと自宅で家事をしている。


 ということで、ワシは孤児院のある教会へと到着した。


 教会の門を潜り、孤児院のある区画へと向かうと、


「あ! シード兄ちゃんだ!」

「「ホントだ! わーい!」」

「ねえねえ! 一緒に遊ぼうよ!」


 おっと、早速子ども達に見つかったようだ。


「うむ。皆元気にしておるか?」

「「「「うん!」」」」


 ワシは子ども達の頭を撫でてやると、徐に背広のポケット……の中で展開した【収納】から、子ども達の人数分のお菓子を取り出した。


「フッフッフ、皆で食べるのだ!」

「「「「わー! やったー!」」」」


 お菓子を手にし、ワイワイとはしゃぐ子ども達を眺めながら目を細めていると、突然背中を指で突かれた。


「シードさん、何時もありがとうございます」


 振り返ると、にこやかな笑顔を湛えたシスターだった。


「う、うむ。その、きょきょ今日は暇だった、ので……その……」

「本当ですか? いえ、メルザからは最近忙しいと伺っていたのですが……」


 む。メルザめ、余計なことを。


「い、いや、きょ、今日は偶々、そう! 偶々なのである!」

「あ、いえ、その、シードさんさえ良いのでしたら、子ども達も喜びますので」


 イカン。逆にシスターが恐縮してしまったようだ。

 ここは空気を変えねば。


「そ、そうだ! な、何か困ったこと等はないか? よ、良ければ、その、手伝い、を……」

「本当ですか! 有難うございます! 実は、力仕事があるのですが、新しく来られた司祭様が、ご高齢のため、男手が欲しかったんです!」


 おおっと、それは好都合。

 早速ワシがデキる男アピールをしておかねばな。


「うむ。しょ、承知した。ワシに任されよ!」

「はい! では此方へ」


 そうしてシスターに案内された場所は、教会の奥にある倉庫だった。

 そして、其処には、黒の祭服に身を包んだ小さなおじいちゃんがいた。


「司祭様! シードさんが倉庫の片付けの手伝いをしてくださるそうです!」

「んあ?」


 司祭のおじいちゃんが振り返ると、シスターをまじまじと見つめた後、耳に手を当てる。


「えーと、シスターメリンダ。すまんが良く聞こえんかったでの。もう一度言ってくれんか」


 おっと。このおじいちゃんは耳が若干遠いようだ。まあ、ご高齢のようだから、それも仕方ないかもしれん。

 だが、若干プルプルしているようだが、大丈夫か!?


「はい、此方のシードさんが倉庫の片付けを手伝ってくれ「んあ?」此方の! シードさんが! 手伝ってくれます!」

「ぬあ!?」


 再度聞き直したおじいちゃんに、これでは埒が明かないと思ったのか、シスターがおじいちゃんの耳元で叫ぶと、今度は逆におじいちゃんが驚いてしまった。


 本当に大丈夫か?


「そ、そんな大声で叫ばんでも聞こえておるわい! えーと、シード殿じゃったかな? すまんがよろしく頼むよ」

「う、うむ……」


 正直不安でしかないが、シスターに言った手前もあるしな。やってやろうではないか!


「で、どうすれば良いのだ? 指示をいただきたいのだが」

「んあ?」


 ぬう……此奴、アウグスト司教より厄介であるな……。


 ◇


「ぬああ、こ、これで良いのか?」

「んあ?」

「こ・れ・で・良・い・の・か!」

「んあ……おお! バッチリじゃわい!」


 その後、ワシはおじいちゃんの指示を受け、倉庫整理を何とか終えることが出来た。

 いやはや、大変であったな……。

 おじいちゃんの指示を聞くのに最低三回は聞き返さねばならんし、指示通りにしたら今度は指示が間違いだったりするし、途中で居眠りを始めるし……。

 オマケに、倉庫の中にある物も、よく分からん魔物のような金属の張りぼてだったり、内側に針の付いた棺桶だったり、刃物の付いた椅子だったり等々。ナニコレ。


 結局、全て終了した時には、既に陽が暮れ始めていた。

 おかしいな、ワシはシスターの様子を窺いに来たのに、おじいちゃんの世話で終わってしまった。


「フォッフォッ、助かったぞい。折角じゃから茶でも出そうではないか。ホレ、コッチじゃ」


 そう言うと、おじいちゃんは手招きしてからよろよろと教会内へと入って行く。

 ワシは仕方なくその後をついて行くが、おじいちゃんの足元に気を付けねば。


 そして、以前アウグスト司教が応接室として使用していた部屋へ通され、ソファーに腰掛ける。

 この部屋に来るのも二度目だな。


「フォッフォッ、ちょっと待っておれ」


 おじいちゃんは部屋を出て行き、扉を閉めた。

 うーむ、大丈夫だろうか……。


 すると、意外と早くおじいちゃんはポットとカップを乗せたカーゴを押しながら戻って来た。

 そして、これまた意外と手際良くカップに茶を注ぐと、プルプルと震えた手でそのカップをワシに差し出した。


「お、おお、忝い……って、イヤイヤ、それ位ワシがするのに」

「フォッフォッ、若いモンが遠慮はいらんぞい」


 そう言って、立ち上がろうとしたワシを制止し、自分の分も用意すると、おじいちゃんが対面に座った。

 ワシは受け取ったお茶を口に含む。

 うむ、美味いな。


「イヤハヤ、しかしシード殿も存外お人好しじゃのう。倉庫の片付けの手伝いもそうじゃが、本当はシスターメリンダの様子窺い、じゃろう?」


 同じく茶を口に含んだおじいちゃんが、ニコニコしながらそんなことを言った。

 ふむ、耳は遠いが、意外と油断ならんかもしれん。またアウグスト司教と同じでなければ良いが。


「フォッフォッ、そう警戒せずとも良い。儂はアチラ側とは縁遠くてな。寧ろ邪魔者扱いされて、大聖国から辺境のルインズに流された訳じゃ」


 そんなことを楽しそうにおじいちゃんは話すが、この歳で辺境まで追いやられるとは。アウグスト司教といい、ソクラス正教が悪いのかパルメ大聖国が悪いのか、それとも両方なのか。いずれにせよ、組織として腐っておるな。


「むむ、なんじゃ? さては儂を年寄り扱いして見ておるな! こう見えても儂は、パルメ大聖国にその人有りと……アタタッ!? こ、腰が……」

「だ、大丈夫か!?」


 どうやらワシの憐憫の視線に気付いたらしく、反論しようと勢い良く立ち上がろうとした瞬間、腰を痛めたらしい……。

 ワシは慌てておじちゃんに近寄り、肩を貸す。


 すると。


「……フォッフォッ。案ずるな、シスターメリンダのことも、お主のことも聞き及んでおる。なに、儂は味方じゃ。何としてもあの娘は儂が護ってやるぞい」


 おじいちゃんがそんなことを小声で耳打ちする。

 だが、その様子では説得力は皆無であるぞ。寧ろ不安しかないのだが。


「とまあ、そういうことじゃ。ホレ、そろそろあの子達に顔を出してやると良いぞ?」

「む。う、うむ」


 それもそうだな。

 そろそろワシもお暇した方が良いだろう。


「そ、それでは司祭殿……おっと、そういえば司祭殿の名を伺っておらなんだな」

「おお、儂としたことがすっかり忘れておった。儂の名はパオロ=スカンディアーニじゃ」


 そう言うと、おじいちゃんは右手を差し出したので、ワシも同じく右手を差し出し、握手を交わした。


「うむ、では失礼する」

「フォッフォッ、また何時でも来るが良い」


 ワシはおじいちゃんと別れ、孤児院へと移動した。


 ◇


「シードさん、今日は本当に助かりました! ……その、司祭様は失礼なことをしませんでしたか?」

「う、うむ。だ、大丈夫であったよ? しょ、少々心配ではあったが……」


 ワシは孤児院でかいがいしく仕事をしているシスターに声を掛けると、仕事の手を止めシスターが此方へと駈け寄って来た。ちょっと距離が近いような気がする。


 そして、礼と共におじいちゃんのことを言ってきたが、ひょっとして思い当たることでもあるのだろうか。確信犯か?


「と、取り敢えず、陽も暮れて来たのでワシもそろそろ……」

「えー! シード兄ちゃん帰っちゃうの!?」

「まだ遊んでないじゃん!」


 そろそろ帰ろうと挨拶をしようとしたところで、子ども達からブーイングが出た。

 ワシも名残惜しいが、これ以上いては迷惑になってしまうしな。


「う、うむ、すまんな。また直ぐに来る故……」

「ほらほら、シードさんが困ってしまいますよ? ハイみんな、ご挨拶!」


 シスターが子ども達を窘め、一列に整列させた。


「「「「シード兄ちゃん、また来てね!」」」」

「うむ! また来るぞ!」


 ワシは手を振りながら、教会を出た……ところで、シスターが何故か追いかけて来た。


「む。ど、どうした、の、ですか?」

「あ、そ、その……あ、改めて、ありがとうございました。貴方やミミさん、皆さんのお陰で、私は……」


 シスターは少し俯きながら礼を述べた。


「そそ、そんなこと気にせずとも! そ、それに、子ども達にはシスターが必要であるし、それに、ワシもシスターはもも、もっと報われるべきであると思っている故!」

「シードさん……」


 シスターは豊満な胸の前で両手をキュッっと結んだ。

 アレ? 何だかシスターの目が潤んでいるような?


「そそ、それでは、ワシは失礼する! ま、また来ます!」

「あ……」


 急に気恥ずかしくなったワシは、慌ててその場から立ち去った。


 ◇


■シスターメリンダ視点


 シードさんが行ってしまいました……。


 私達が救われたあの日から、何時か御礼を言わなければと思っていましたので、今日それを伝えることが出来たのは良かったのですが……少々問題が起こってしまいました……。


 そんな筈はないと思っていたんですけど。

 はあ、このままではあの娘……メルザに何て言われるか……。


 ですが。


「……シードさん、貴方を想うだけなら、許していただけますか?」

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