第108話 幕間 宴会と独白と
——ルインズの街を揺るがしたあの事件から一週間後。
これまでギルド本部を通じて王都との交渉や火消し、関係者の調整等々、八面六臂の活躍をしていたアイリン殿が、漸くその諸々の調整が終わったことで、改めて関わった打ち上げをすることになった。
ということで、ワシはギデオン殿、ミミ殿と共に春の陽亭へと向かっている。
「しかしよお……お前、俺達と一緒で良いのか?」
「? 何がだ?」
ギデオン殿の意図が分からず。ワシは首を傾げた。
「いやいや、ほら、その、あれだ。ライラちゃんとかメルザちゃんと……」
ああ、そういうことか。
こう言っては失礼だが、まさかギデオン殿にそのような気遣いが出来るとは思っておらなんだ。
「いや、ライラは妹弟と一緒に行くと言っておったし、メルザもアイリン殿と一緒にギルドを出るとのことだ」
そして、二人からは絶対にギデオン殿達と一緒に向かえ、と念を押されたのだ。
何故そのような指示を受けたのかは分からんが、まあ、大した意味もないだろうから、敢えて二人にそのことを言う必要はないだろう。
「いや、良いんなら良いんだけどよ……」
「……朴念仁のギデオンがそんな気遣いをするなんて珍しい。明日はきっと血の雨が降る」
「怖いわ! つーか、誰が朴念仁だコラ」
すると、ミミ殿は頬を膨らませながら、ビシッとギデオン殿を指差した。
「まあ、ワシもミミ殿の指摘は尤もかと思うぞ。なあ、ミミ殿?」
「……シードの言う通り」
ワシとミミ殿はお互いサムズアップする。
「はあ!? いやいや、シードには言われたくねえぞ!?」
失礼な。ワシはお主であったり、どこぞの勘違い系鈍感主人公のように、人の好意に気付かぬ程朴念仁ではないぞ。勿論、ライラとメルザの気持ちにも気付いておる。
だけどな。
「……まあ、ワシ達にはワシ達で、色々あるということだ」
ギデオン殿は何か言いたそうだったが、そこからはその話題に触れることはなかった。
と、そうこうしているうちに、春の陽亭に着いたな。
ワシ達は店の扉を開けると、女将さんが席へと案内してくれた。
「じゃあ俺はエールで……お前達は何にする?」
「いやいや、皆が来るまで待たんのか!?」
席に着くなり“取り敢えずエール”的な感覚で酒を注文するギデオン殿を止め、全員揃うまで待つことにする。ギデオン殿っは超不満そうであるが、お兄ちゃんなのだから、少しは我慢も覚えて欲しい。
「イヤン! お待たせしちゃったわね―!」
アイリン殿が勢い良く店の扉を開け、何時もの調子でワシ達へと挨拶した。
その後ろには、メルザ、ライラとその妹弟がいた。
「おお! 待ちくたびれたぜ! 良し、じゃあ俺はエールで!」
いや、だから少しは我慢しようよ!?
「シードお疲れー」
「ウフフ、シードさんお疲れ様です」
そう言うと、ライラはワシの右隣へ、メルザは左隣へと席に着く。うむ、サンドイッチ状態だな。
「シード兄ちゃんこんちはー!」
「ちはー!」
カイとルイが挨拶する。
うむ、元気があって大変宜しい。
「お兄ちゃん、今日はありがとうございます。それじゃ失礼するね」
と言って、エイラがワシの膝の上に座ろうと……って、何考えてるの!?
「いえ、丁度其処しか席が空いていなかったので」
「イヤイヤ、結構スッカスカだよな!?」
「はいはい、エイラはこっちね」
ライラがエイラを窘め、自分の隣へと座らせようとする。が。
「やれやれ、仕方ありませんね。姉さん、席を譲ってください」
「イヤ」
二人共、お互いニコニコしているが、目が笑ってない。これから打ち上げだというのに、この雰囲気はいただけんぞ。
「クスクス。二人共、シードさんが困ってますよ?」
今度はメルザが二人を窘める。
だが、何時もならライラと大喧嘩してもおかしくない状況なのに、何故こうも落ち着き払っているのだ?
「ちょ、ちょっとメルザ! 一昨日結んだ“協定”……」
ナヌ!? “協定”とは何だ!?
「ウフフ、それに関しては、私とライラの間だけのものですよね? 貴女とエイラさんのいざこざに関しては、私は無関係ですから」
人差し指を口元に当て、メルザは余裕の微笑を浮かべる。
それより、“協定”とは何なのだ!?
「くううっ! と、兎に角! シードの隣は私……」
「ハイハイ、もう、折角の打ち上げなのに揉め事は止して頂戴! しょうがないから、シードちゃんはワタシの隣にいらっしゃい?」
「「「ハア!?」」」
オコトワリデス。というか、何? その罰ゲーム。
ほら、アイリン殿の不用意な発言の所為で、一触即発の状態なんですが。
「……シード兄ちゃん、コッチに来る?」
「……来る?」
「……ウム」
ワシはそそくさとカイ、ルイの隣の席へと移動した。
◇
取り敢えず、打ち上げは少々のアクシデントはあったものの、滞りなく始められた。
ワシ? ワシはカイとルイの間で、楽しんでおるぞ。
さすがに三人共(アイリン殿は除外)もカイとルイには強く言えぬようで、ぐぬぬ、と声を漏らしておった。いや、現実にそんな台詞を吐く奴がいるとは。
ギデオン殿は相も変わらずゴキゲンにエールを呷り、ミミ殿はそのギデオン殿に豆をぶつけている。シュールである。
宴も酣となったところで、突然、店の扉がバーンと開いた。
「いましたわ!」
入って来たのは、ちびっ子だった。
「ちょっとシード! どうしてワタクシが仲間外れになっていますの! 不敬ですわよ!」
オイオイ、此処はちびっ子が来るような場所ではないであろうが。カイとルイは保護者付きだからノーカンだノーカン。
それに、あのようなことがあったところであろうからな。誘うのが憚られたというか、何というか、メンドクサイというか。
「いや、ち……マルグリット殿、ほら、さすがに、なあ?」
「何ですの! ワタクシはこの街の領主、マルグリット=メレンデスですわよ! この街を救った功労者に何もなしでは、領主として、貴族として面目が立ちませんのよ!」
うむ、領主としてそのような心構えでいることは、この街に身を置く者として大変ありがたいのではあるが、メンドクサイのである。
だが、そんなワシの思いはお構いなしに、肩を怒らせながらドスドスと此方へと歩いて来ると、チョコン、とワシの膝の上に座った。ナンデ?
「ええと、ち……マルグリット殿?」
「な、何ですの? だ、大体貴方は“魔王”ですのよ? そ、それを監視するのは領主として当然の務めですわ!」
何その論法。何処の世界に膝上に座って監視する者がいるの?
それに、そんなことしたらあの三人(アイリン殿は除外)の機嫌ガガガガガ。
……などと、冗談はさておき。
「……この街はワシにとって“始まりの街”である。ワシの拠点は、後にも先にも此処であるよ」
そう言ってちびっ子の頭を撫でてやると、ちびっ子は目を細めながら、ポスン、とワシに身体を預けた。
そんな感じで、宴会は夜更けまで続いた……いや、ちびっ子達は寝る時間であるぞ?
◇
まだ春の陽亭の席の一角で宴会が続いている中、シードは店を出て夜空を眺める。
「うむ……今日も楽しかったな」
シードは伸びをしながら、何時もらしからぬ抑揚で、そんなことをポツリと呟く。
そして。
「……どうして……どうして、この世界の皆は、こんなにもワシに優しいのだ。これでは……離れたくなくなってしまうではないかあ……」
夜空を眺めたまま、独白するかのように震える声で吐露すると、一筋の涙が頬を伝った。
この時、シードは気付いていなかった。
店の側で、二つの影が静かにその姿を見守っていたことを。
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