第105話 涙と演技と

「な、何だこれは……!?」


 ワシ達はグエル遺跡から冒険者ギルドへ【転移】すると、何故か一触即発の状態だった。


「テメエ! 潰してやるから其処に直れ!」

「……切り刻む」

「あらあ? 貴方達、国家反逆罪ということで良いのよね? “清掃員”達、二人を捕えなさい」

「で、ですが……」

「あらあ? 聞こえなかったかしら? 早く捕えなさい!」


 ワシは頭を押さえているアイリン殿にススス、と近寄り、小声で話す。


「(な、なあ、アイリン殿。一体何があったのだ?)」

「ん? ……っ! (シ、シードちゃん!? と、取り敢えずコッチへ!)」


 ワシ達はアイリン殿に促され部屋を出ると、アイリン殿が盛大に溜息を吐いた。


「はああ~~……。と、兎に角、お帰り貴方達! それで……全部終わったの?」


 腰に手を当て、報告を促す。

 ワシ達三人は互いに顔を見合わせると、


「「「勿論」」」

「そう! アア~ン、シードちゃん無事で良かったワ~!」

「うおっ!? 危なっ!?」


 ワシは咄嗟に突進してくるアイリン殿を躱した。

 危うくアイリン殿に抱き着かれるところだった。


「そ、それでだな。あの「そ、そうそう! そういえばアウグスト司教はどうなったのカシラ?」」


 む、そうだったそうだった。先ずは此方の報告が先か。


「うむ。アウグスト司教については、取り敢えず地獄に叩き落してやったぞ。後は……」


 ワシはグエル遺跡での出来事について、掻い摘んで説明した。

 アウグスト司教の正体、メレンデス卿及びその妻である“ミューズ”の顛末、ガラハド殿とカトレア殿のこと。一応、メルザ殿のことについては伏せておいた。


「……そう。貴方達、大変だったわね……」

「で、ガラハド殿をおいて、ワシ達は戻ってきた訳なのだが。それで、先程の「あ、ああ

 そうそう、そういえば……」」


 またもやアイリン殿が話の腰を折るように被せてくる。が、どうやらネタ切れのようで、しどろもどろしておる。


「それはもう良いから、早く教えて欲しいのだが?」

「そ、そうネ。そそ、それじゃちょっと別の場所「いや、もう良いから」……ハイ……」


 全く、何でそこまで頑なに話を逸らそうとするのだ。意図が読めん。

 だけど、とうとう観念したのか、溜息を吐いて此方へと向き直る。


「実は……マルグリット様のことで、ギデオンちゃん達とバルバラでちょっと揉めちゃって……」

「ふむ?」


 事の顛末はこうだ。


 バルバラ殿は、あろうことかちびっ子に今回の事件について備に事情を説明した上で、ちびっ子も連帯責任として罪に問うというのだ。

 しかも、シスター達に対しても同様に、だ。

 で、それに激怒したギデオン殿とミミ殿が詰め寄り、今の状況に至ったとのことだ。


「な!? 話が違うではないか! そ、それで、ちびっ子は!?」

「……それが、その……」


 アイリン殿が言い淀む。


「早く言うのだ!」

「マルグリット様は……そのことにショックを受けたのか、その、ギルドを飛び出して、今探してる最中なの……」

「なぬ!? ッ、クソ!」


 ワシは慌てて踵を返す。


「ライラ! メルザ殿! 二人共今直ぐちびっ子を探すぞ! 兎に角、ワシは上空から探す! お主達も行きそうな場所を探してくれ!」

「うん!」

「分かりました!」

「あ! チョ、チョット……!?」


 アイリン殿が何か言おうとしたが、構わず【風脚】で上空へと飛ぶと、右眼を[梔子の眼]に切り替え、ルインズの街全体を見渡す。


 何処だ、何処にいる……?


 気持ちばかりが焦る。

 早まったことをしていなければ良いが……。


 隅々まで探していると、ライラは住宅街である町の南西区画を探しているのが見えた。

 そういえば、ちびっ子はライラの家に避難しておったのだったな。

 メルザ殿はどうやら商業区画を探しているようだ。


 とと、ワシも探さねば……………………………………む!


 いた!


 ちびっ子は、隠れるように南側の街の入口へと向かっていた。

 あの方角にあるのは……グエル遺跡か。


 ワシはちびっ子の元へと飛び、静かにちびっ子の後ろへと降りた。


「ち……マルグリット殿」


 ワシの呼び声を聞き、振り返ったちびっ子の顔は涙でくしゃくしゃになっていた。


「……シード、私のお父様は悪いことをしていましたの……?」

「う、ううむ……」


 ちびっ子の質問に、ワシは言い淀んでしまう。


「お父様は、沢山の人を殺しましたの……?」

「……………………」

「お、お父様は、お父様は……うわああああああああん!」


 ちびっ子は、その場で立ち尽くして、堰を切ったように泣き叫んだ。


 ふむ、う。

 そうだな、久方振りに“大魔王モード”に移行するか。

 だが、ライラとメルザ殿に謝らねばならんな。


 ——ここでお別れである、と。


「ククク……クハハハハハハ! 馬鹿め! 貴様の父親であるメレンデス辺境伯は、このワシが屠ってやったのだ!」

「……………………え?」


 ちびっ子が呆けた顔で声を漏らす。

 ププ、良いぞ良いぞ。


「クックック。いやあ、素直に“魔王”であるこのワシの言うことを聞いておけばよかったものを、何をとち狂ったのか、このワシに逆らったのだからなあ?」

「ど、どういうことですの!?」


 ププー! 乗ってきおったな!


「ん? ああ、娘である貴様には教えてやろう。ワシはかねてより多くの餌である人族が行き交うルインズに目を付けておったのだよ。それで十年前、ワシやワシの眷属達への贄として、定期的に寄越すよう圧力を掛けたのよ。だがな」


 ワシは敢えて勿体振って、話を切った。


「何ですの! 早く続きを!」

「彼奴はワシの指示を受け入れず、剰えワシに抵抗しおったのだ! だから、ワシは先ず見せしめとして、貴様の母親を贄としたのよ! ……ああ、我が眷属たるアウグストの奴は、実験材料が手に入ったと、あの時は殊の外喜んでおったなあ」


 よし! 此処でニヒルな笑みを浮かべるのだ!


「その後も何度も圧力を掛け続けたのに、彼奴、一向に首を縦に振らん。その都度、彼奴の部下や関係者を攫って贄としたのだがなあ。ま、とはいえそろそろ飽きたし、他に良い場所を見つけたので、彼奴は始末したのだが。ああ、そういえばアウグストの奴も、最近調子に乗っておったのでついでに殺処分としたんだった」


 さあ! いよいよ締めのラストだ!


「残るは貴様のみなのだが……まあ、貴様のような泣くばかりのちびっ子では、そもそも話にもならん。ま、拍子抜けだ、良かったな」

「……何が“良かった”、ですの」

「ん? 要は貴様に興味がないから見逃してやる、と言っているのだが?」


 ワシはさも大袈裟にケタケタと笑ってやった。

 いやあ、これ、主演男優賞もかくや、じゃね?


「シード……」

「シードさん……」


 ヤベ、ライラとメルザ殿が合流してしまった。

 まあ、取り敢えず今後のことも考えて。


「フハハ、貴様等も聞いておったか? そうよ、ワシは“魔王”よ! そうでなければ、あれ程の“魔術”も“右眼の権能”も使える訳がなかろうが! フハハハハ、貴様等はワシの手駒として使おうと考えておったが、知られては仕方ない。貴様等とはこれまでよ!」


 さすがに魔王と知られた以上は、ワシと一緒にいては二人にも危害が及んでしまうからな。

 ここはシッカリキッチリと、ワシとは無関係であることを強調せねば。


「そうですか。でしたら、私を“魔王”の貴方と、これからもご一緒させてください!」

「わ、私も!」

「ぬあ!?」


 こ、此奴ら何を言い出すのだ!?

 聞いておらなんだのか!? ワシは“魔王”、“魔王”なのだぞ!?

 正体を明かした以上、ワシなぞに付き従えば、どうなるかなど火を見るよりも明らかではないか!


「バ、バカモン! お、お主達分かっておるのか!」

「「勿論!」」


 コノヤロウ……!

 折角素晴らしい“大魔王モード”を披露したというのに、お陰で素に戻ってしまったではないか!


「こ、此処にいたのね!?」

「お、おいシード! 戻ったんなら、声掛けろよ!」

「……シードの癖に生意気」


 アイリン殿、ギデオン殿、ミミ殿が息を切らして駆けつけてきた。

 いや、そもそもお主達が揉め事を起こすからではないか。冤罪だ冤罪。


「あらあ、皆揃ってるわね。ところでシード君……貴方、“魔王”っていうのは本当なのかしら……?」


 惚けた表情で現れたバルバラ殿だが、ワシを見る目に鋭さが宿る。


 だが。


 ——バルバラ、貴様だけは許さぬ。

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