第106話 魔王と花火と
■ライラ視点
辺りの空気が一変した。
さっきまでは、シードのポンコツな演技を見せられて思わずポカン、としちゃったけど。
同じく、反対側から合流したメルザさんも、つい口が半分開いてたもんね。
オマケに、“魔王”なんて名乗って、しかもあんな辻褄も合わない滅茶苦茶な言い訳するんだもん。
本当にシードは……。
そんなだから、私もメルザさんも好きになっちゃうんだよ。
だけど、バルバラさ……あんな奴、呼び捨てでいいや。アイツはしちゃいけないことをした。
もう、シードは止められない。
勿論私も、多分メルザさんも、シードを止める気はコレっぽっちもない。
後悔すれば良いんだ。
「ウフフ、貴方が“魔王”だとしたら、前の約束は守れないわねえ。まあ? “魔王”である貴方の心掛け次第では、貴方の処遇について、ほんの少しくらい考えてあげても良いんだけど?」
バルバラが煽情的な笑みを浮かべながら、シードを篭絡しようとしているけど、はっきり言って逆効果だ。
だってもう、シードの怒りは振り切れてる。
ザドキエルを地獄へと突き落した時と同じ位。
「ふん……ライラ、この国の王都の方角はどっちだ?」
シードは鼻で笑って無視するかのように遇うと、王都の方角について尋ねてきた。
「王都は此処から北西の方角。距離は馬で駆けて三日位の距離だよ」
私もシードに何故? とは聞かない。
私にも、シードがしようとすることが解ったから。
「あらあ? 私を無視しようと……」
「ふむ、そうか。では始めるとしよう。【臼砲】」
シードがそう唱えると、目の前に巨大な建造物のようなものが出現した。
それは、金属で出来た筒状のものを円型の土台で支えているような形をしており、どのようなものなのか、全く見当がつかなかった。
そしてシードは、その右眼を反転させ、黄色の瞳に切り替えた。
「ふむふむ、成程。あの街の規模であれば、周辺を含め、百万人程か。思ったよりこの“アドラステア王国”というのは、規模の小さな国なのだな。とはいえ、王都自体は堅牢な壁で覆われているから、他の国が攻め落とすのは難しいのだろうな」
事もなげにシードが語る中、バルバラはその言葉に慄いているようだ。
それも仕方ない。だって、シードの右眼のこともそうだけど、王都を見たことがない筈のシードが、王都周辺の人口について備に語ったんだから。
更に、シードは語る。
「ま、ワシの前では無意味だが」
「っ!? あ、貴方達、あの男を始末なさい!」
シードの言葉を聞き、バルバラが慌てて“清掃員”達に指示を出す。
“清掃員”達の一部がシードを取り囲み、残りは困惑の表情を浮かべる。つい先程まで共闘していたこともあって、どう対応したものか逡巡しているんだろう。
反り囲んだ“清掃員”達は、一斉にシードに飛び掛かる。
だけど。
「ぐわっ!?」
「痛うっ!?」
飛び掛かった“清掃員”の半分はメルザさんのメイスに吹き飛ばされ、残りの殆どがギデオンさんの盾とミミさんのシミターに弾かれた。
勿論、私も止めたよ? ……一人だけ、だけど。
「私達がシードさんの邪魔をさせる訳ないでしょう?」
「……だけど、ギデオンさん達は、良いの?」
そう。私達は良いけど、ギデオンさん達はこれで王国に対して明確に反逆したことになる。
「ハッ! 俺達は鼻っからシードの味方なんだよ!」
「……当然」
事もなげに言う二人に、私の胸が熱くなる。
シードもメルザさんも同じようで、口元がもにょもにょしていた。
「全くお主達は……大体、そんなことせずとも、ワシがどうにかなる訳なかろうに」
はいシード、台詞と顔が一致してないけど?
「ふ……ふざけるのもいい加減にしなさいよ!」
「五月蠅い。【光射】」
叫ぶバルバラに向かって、シードが【光射】を放つと、バルバラの両脚が無残にも焼き切れた。
「ギャアアアアアアアア! わ、私の脚があ!?」
「心配するな。“今は”殺さんよ」
焼き切れた大腿を押さえて蹲るバルバラに、シードは無慈悲な言葉を投げ掛けると、興味を失くしたかのように建造物のようなものへと目を向ける。
「方角、北西四十七度。射角、六十度」
建造物の土台がキリキリ、と音を立てて旋回し、筒の先が王都のある方角へと向いたところで停止すると、今度は筒の先が上へと持ち上がる。
「さて、炎で焼き尽くすか、風で吹き飛ばすか……折角だから、ド派手に雷を見舞うことにしようか。【迅雷】」
そう唱えると、シードの右手に小さく稲妻が迸った光の球体が出現する。
ただ、“それ”は誰が見ても……私でさえも解るほど禍々しかった。
「ま、待ちなさい!? そ、そうだわ! 貴方さえ良ければ、私の権限で貴族にだってしてあげる! 貴方の関係者は全員不問にする! も、勿論マルグリットもよ!」
本当に危機を感じたバルバラが、ここで漸くシードと交渉しようとするけど、もう遅い。
シードはバルバラの言葉を無視すると、筒に付いている蓋を開け、光の球体を押し込める。
「さて、では……」
「ふ、ふざけないで! あ、貴方、分かってるの!? 罪のない百万人もの人達が死ぬのよ!?」
罪のない人達? 誰の所為でこんなことになってるのか、解ってないのかな? 解ってないんだろうなあ。
「はあ……ワタシはちゃんと忠告したんだけどネ」
「今更じゃね?」
「……ププ、自業自得。ざまぁ」
アイリンさん、ギデオンさん、ミミさんが、バルバラに冷ややかな視線を送る。
「アアアアアアアア! そ、そんなこと……」
「五月蠅いですよ」
「静かにしてくれない?」
「ガアア!? 腕が、腕があああああ……!」
耳障りだったので、右腕をメルザさんがメイスを落として潰し、左腕を私がショートソードで突き刺した。
「静かにしてくださいね? これから大事なところなんですから」
メルザさんが人差し指を口に当てる。
そう、いよいよシードが、王都に向けて魔力の塊を打ち込もうとしていた。
そして。
「ま、待ってくださいまし!」
そう叫び、マルグリット様がシードにダイブした。
シードが慌ててマルグリットを受け止める。
だけど……うわあ、マルグリット様の頭が思いっきり、その……大事な場所に当たってるよ……。
あ、シードが内股になってる。
「お、お願いですわ! 王都を攻めるのはやめてくださいまし!」
「……む。だ、だが、お主はそ、それで……良いのか?」
マルグリット様の懇願に、シードが脂汗を流しながら、絞り出すような声で問い掛ける。
「も、勿論ですわ! だ、だって、シードの下手な演技を見て、お父様は本当にいけないことをしたと確信しましたし……」
その言葉を聞いて、大事な部分の痛みも相まって、シードはがっくりと項垂れる。
「それにその、それであれば、娘のワタクシが責任を負うのは当然ですわ。だ、だから、ワタクシの所為で王都の皆さんが死んじゃうようなことは、お願いですから、お止めくださいまし……」
そう言うと、マルグリット様はシードに抱き着いたまま嗚咽を漏らした。
シードはそんなマルグリット様の肩を抱き、優しい顔でマルグリット様を見つめた。
「ち……マルグリット殿、よくぞ申した。お主の言葉を受け入れ、この国を亡ぼすのは止めよう……我が身を顧みず、民を想うその姿こそ、正に貴族の鑑。“ノブレス=オブリージュ”という奴だ」
そして、マルグリット様の頭を優しく撫でると、バルバラへと振り返る。
「貴様、命拾いしたな。【歯車】」
バルバラの身体に歯車が現れ、何時ものようにカチリ、と巻き戻ると、バルバラの身体が元通りになる。
「あ………え………?」
今にも瀕死の状態だった自分の身体が元に戻ったことに理解が追いつかず、呆然とするバルバラの元に、シードがゆっくりと近付き、そして、
「次はないぞ」
「ヒ、ヒイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」
低い声でそう呟くと、バルバラの悲鳴が宵のルインズの街に響いた。
「シード」
「シードさん」
「……二人共、改めて名乗ろう。ワシは、“元”大魔王、シード=アートマン。今まで騙して、スマンかった」
シードが深々と頭を下げる。
「ちょ、ちょっと!」
「や、やめてください!」
私とメルザさんは慌ててシードを起こす。
「だ、だが」
「もう、シード! さっきも言ったよね!」
「そうですよ!」
「「これからもずっと一緒にいるって!」」
「二人共……」
「ワハハ! 良かったじゃねえか!」
「ウオッ!?」
ギデオンさんがシードの頭をガシガシと撫で、その横でミミさんが胸を張ってサムズアップをしていた。
シードはと言えば、照れくさそうにしながらコッソリ右手でサムズアップしている。
「まあ兎に角、これで終わりネ。マルグリット様の処遇なんかについては、ワタシがギルドを通じてちゃんとするから心配しないで! そんな訳で、皆、お疲れ様! 頑張ったシードちゃんにはご褒美として、ワタシとの熱い夜を提供するワアアアアアアア!」
「お断りである!」
「アアンもう、イケズ!」
アイリンさんも何時もの調子でシードに絡み、それを見て皆が微笑む。
「本当にこれで終わり、かな」
「いいや、まだだぞ?」
「え?」
シードの言葉にキョトンとすると、シードはトコトコとあの建造物……【臼砲】の元へと行く。
何時の間にか、筒の先は垂直に上空へと向いていた。
「フフフ、では! 新たなルインズ領主、マルグリット=メレンデス辺境伯の輝かしい前途を祈念し……放てえ!」
シードの掛け声を受け、【臼砲】から光の球体が射出される。
光の球体は空高く舞い上がり、やがて見えなくなると、突然、凄まじい光が街全体を覆った。
それを見た皆は、唖然と立ち尽くす。
バルバラに至っては、そのあまりの光景に、自身の仕出かしたことを思い出したのかガタガタと震え出し、そのままその場でへたり込んだ。
「うむ!」
「うむ! じゃないよ! 何考えてるの!? 未だ夜中だよ!? 皆寝てるのに起こしちゃうでしょ!」
「ライラ様、そこじゃないですよ!?」
兎に角。
これで一件落着、かな?
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