第103話 成就と慟哭と

■メルザ視点


《な、何だこれは!?》


 突然、ザドキエルの足元にこれまで見たことのない物体が現れた。


 それは、巨大な匣のようなもので、上部は受け口のようになっており、下には出口のようなものがあった。


 また、その出口には、匣から出て来たものを受け止めるかのように別の匣が備え付けられており、その側面には歯車のようなものが付いていた。


 さらに巨大な匣の横には、手? のようなものを鎖で吊るした塔が聳え立つ。


 そして、それらの物体はゴオオオオ、と不気味な音を奏でていた。


《っな!?》


 呆気に取られていたザドキエルは、塔から伸びる手のようなものに摘まれると、鎖が巻き上げられ、匣の真上まで運ばれる。


《ひ、ひいっ!》


 恐る恐る下を見たザドキエルの顔が、驚愕の色に染まり、震えで歯を打ち鳴らす。

 あれ程不遜だったあの男があそこまで怯えるなんて……一体何を見たんだろうか。

 だけど、見上げながら様子を窺っている私には、答えは分からない。


 ジタバタと藻掻くザドキエルだが、手のようなものはパッ、とザドキエルを離すと、そのまま匣の中へと真っ逆さまに落ちた。


 ——ガガガガガガガガガガガガ。


《ギャアアアアアアアアアアア――――――――!!!》


 辺りにザドキエルの絶叫と、何かが砕ける音が木霊する。


「シ、シード……これ、は……?」


 あまりにも異様な状況に私達が絶句する中、ライラ様が匣を指差し、ワナワナと震えながらシードさんに尋ねる。


「魔術の最高峰、"八大地獄”のうちの一つ、【等活地獄】という。あの匣の中に入れられた者は、すべからく生きながらにして粉微塵にされる」


 その説明を聞き、思わず背中に冷たい汗が流れる。


「勿論、それだけではないぞ。見よ」


 そう言って、シードさんは一番下の匣の出口に指差す。


 けたたましく音を響かせていた匣は、落ち着きを取り戻したかのように音量が元に戻ると、匣の出口から大量の粉末が流れてきた。


「そ、その……あれはひょっとして……」

「うむ。ザドキエル“だったもの”だ」


 私は誰に尋ねるでもなく独り言ちると、それを聞いていたシードさんが答えた。


 そして、粉末の山が待ち構えていた歯車付きの匣の中に収まった途端、カチリ、カチリ、と歯車か動き出す。

 すると、粉末は徐々にその粒が大きくなって行き…………何時の間にかザドキエルの身体の一部と認識出来るようになった。


 最後にカチリ、と音を立て、漸く歯車が停止する。

 目の前には、匣に落とされる前のザドキエルに、寸分違わず戻っていた。


《あ……あ……?》


 事態の飲み込めないザドキエルは、呆けた顔で辺りをキョロキョロと見回す。


 だけど。


《う、うわああアアアアあアあアあア!?》


 またもや手のようなものに摘まれ、上まで運ばれて行くと、再び落とされ、同じく絶叫と全身が砕ける音が響く。


「ま、まさか……?」

「ああ。彼奴は永遠にこの輪廻から出られぬ」


 ライラ様は、恐ろしさのあまり、腰が抜けてその場にペタリ、と座り込んだ。

 かく云う私も、身動ぎ一つ出来ず、硬直したままだ。


「ふむ、見苦しい。【土塁】」


 匣と塔を囲むように地面が隆起し、そのまま天井へとぶつかる。

 もう、先程までの光景は見えなくなり、音も僅かに聞こえるだけだ。


「……終わったの、ですか……?」

「ああ」


 シードさんが力強く頷く。


 ああ……みんな……待たせちゃったね。


 仇……討てた、よ……。


「さて……と」


 感慨に耽っていた私の側でシードさんが呟くと、右眼が反転し、紫色の瞳に切り替わった。

 これも、何か特殊な力があるんだろう。


「……ふむ。もう、大丈夫、だな」


 そう言うと、グラリ、とシードさんの体勢が崩れた。


「シードさん!?」

「シード!?」


 私とライラ様が慌てて駆け寄り、シードさんの身体を左右から支える。


「スマン……“八大地獄”を使うと、魔力が空になってしまうのでな……少し、休ませて、もら、う、ぞ……」


 此処でシードさんの意識が途絶え、ポスリ、と私の胸へと凭れた。


 ◇


■シード視点


 ん……む……。


 ワシは微睡みながら、少し目を開けた。

 そういえば、“八大地獄”を使った所為で気を失ったのだったな。

 あの魔術は、強力無比なのは良いが、消費する魔力が半端ない。

 ま、念のため[紫煙の眼]で周囲を確認したから、その後襲われたりする心配はないのだがな。


 それにしても。


 ワシが頭を乗せている枕、超フカフカしてるんですけど。

 何というか、こう、マシュマロ? 雲? 羽毛? みたいな、どう表現して良いか分からんが、兎に角凄い気持ち良い。このままもう一寝入りしたいところだ。

 ちょっと寝返りうってみよ。


「…………はぅ……ん」


 ……ん?


 今、何か艶めかしい声が聞こえたんだけど?


 ふと、上を見上げてみる。


「あ……目が覚めましたか?」


 其処には微笑むメルザ殿の顔があった。

 あれ? ということは……?

 恐る恐る頭が乗っているところを見る。


 …………………………。


 はい、メルザ殿のお胸様でした。


 さて、ならばワシのすべきことは只一つ、だな。

 ワシは居住まいを正し、正座してメルザ殿へと向き直る。


 では。


「申し訳ございませんでした————————————!!!」

「ふあ!?」


 ワシは思い切り綺麗に土下座すると、メルザ殿が奇妙な声を上げた。声も超カワイイ。


 すると。


「アダッ!?」

「静かに!」


 ライラに、後ろから頭をゲンコツで思いっ切り殴られた。


 そして、険しい表情で指差すので、その先を見ると、


「カトレア……」


 ガラハド殿が、カトレア殿の髪をそっと手櫛で梳く。

 それを、カトレア殿は静かに笑みを湛える。

 完全に二人の世界だった。


 だが、そんな二人の間には、もう、時間はない。


 ワシ達三人は、その様子を静かに見守ることにした。


「うう……ぐすっ、師匠ぉ……」


 何時の間にか、隣でライラのすすり泣く声が聞こえ始めた。

 そういうの、止めてくれませんかね。


 まあ、元大魔王であるワシは? こんな程度で? 泣いたりなんぞ? しませんが?

 ん? その目から大量に溢れてるのは何かって? 汗ですが何か?


 えぐ、えぐ……む、ワシの袖を引っ張る者がいるな。

 見ると、メルザ殿だった。


「(シードさん、ライラ様。後は……)」

「(……む、そうだな)」


 ワシ達は空気を読んで、コッソリと立ち去ることにした。

 まあ、もう脅威はないし、ガラハド殿もA級冒険者だ。置き去りにしても問題はなかろう。ないよな?


 ライラとメルザ殿がそれぞれワシの腕に掴まる。


「(【転移】)」


 ◇


■ガラハド視点


 辺りを静寂が包む。


 もう既に、カトレアには声を出す力すら残っていない。


 だが、言葉などなくても、今、私とカトレアは繋がっている。それだけで満足だ。


 カトレアがふと、顔を持ち上げようとしたので、私は慌ててカトレアの頭に手を添え、介助する。

 そして、柔らかい笑みを浮かべながら、此方をじっと見つめた。

 その瞳を見て、私は、いよいよその時が来たことを悟った。


「ん?」


 私から一切目を反らさず見つめるカトレアの唇が微かに動く。

 私はその唇の動きを注視する。


 ——あ


 ——り


 ——が


 ——と


 その時、カトレアの指先が突然ボロボロと崩れ始めた。

 それは、指先から手、腕へと侵食して行き、身体全体へと広がる。


 ——そして、カトレアの身体は全て砂と化した。


「ふう、全く。結局救うことが出来なかった私に対して、よもや“ありがとう”、などと、な」


 私は静かに目を瞑ると、深く溜息を吐き、ゆっくりとかぶりを振った。


「……ふ、くふ、ふうう……」


 くそ、笑って送り出そうと心に決めたじゃないか。

 なのに、どうして涙が止まらないんだ。


「く……う、う、うおおおおおおおおおおおおお!!」


 誰もいないこのグエル遺跡で、私の慟哭だけが木霊した。

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