第102話 足掻きと等活と

■メルザ視点


 私はこれまで、“復讐”のためだけに生きてきた。


 家族を、友達を、皆を失った私は、それだけが唯一の生きる意味だった。


 だけど、そんな私が初めて“復讐”以外の生きる意味を見つけてしまった。


 これは、そんな私が満たされようとしたことへの“罰”なんだ。


 ああ……そうですね。


 私はこのまま……。


 ——メルザ殿、メルザ殿!


 ……私を呼ぶ声が聞こえる。


 この声を聞くだけで、私の心は満たされる。


 満たされてはいけないと解っていながら。


「メルザ殿!」


 私はシードさんの強い呼びかけに、意識がハッとなった。


「あ……私……」

「良かった……バカモン! 心配させおって!」


 目の前には、私の肩を抱きながら心配そうに見つめるシードさんとライラ様がいた。

 だけど……だけど……。


「うう……うああ……」


 私は押しつぶされそうな罪悪感と、敵にいいように利用されていた悔しさで、思わず嗚咽を漏らす。

 すると、シードさんにそっと抱き締められ、そのまま顔を胸に預ける格好となった。


「メルザ殿……ワシには、お主のつらさ、怒り、悔しさ、悲しさ、その全てを肩代わりすることは出来ん。だがな」


 そこで一息吐くと、シードさんは柔らかい瞳で、私を見つめる。


「ワシがお主の傍にいることは出来る。お主と共に罪を受けることも、共に地獄に落ちることも。だから……だから……」


 シードさんは、それ以上は何も言わず、只、強く抱き締めてくれた。

 それだけで、シードさんの気持ちは理解出来た。そして、シードさんの温もりと優しさも……。


「……私は、生きていても良いでしょうか……?」

「ああ」

「……私は、貴方の傍にいても良いのでしょうか……?」

「勿論」

「……私は……私は……っ!」


 そこで、突然パンパン、と手を叩く音が聞こえた。


「クフフ、いやあ、面白い茶番を見せていただきました。あれ? ここは勿論笑っても良い場面ですよね?」


 ザドキエルがケタケタと笑い出す。


「へえ、さっきまでシードに軽くあしらわれて、顔を青くしていた男の台詞とは思えないけどね」


 ライラ様が小馬鹿にするように鼻で笑いますが、その目は明らかに笑っていません。


「ク、クフフ、ええ、それはそうですとも。何せ、もう貴方達に勝ち目はないのですから!」


 ザドキエルがそう叫ぶと、ぞろぞろと“怪物”達が此処へと殺到した。

 ……私は。


「……シードさん。私に……私にやらせてください! “怪物”諸共、あの男を潰してやるっ!!!」

「お、おいっ!?」


 私はシードさんの制止を振り切ると、メイスを担いで“怪物”の群れへと突進し、力任せに複数の“怪物”を横薙ぎに叩き潰した。


“怪物”達が吹き飛び、他の“怪物”達を巻き込む。


「ああああああああ!!!」


 次々と“怪物”達は襲い掛かるが、それ以上に私は“怪物”達を叩き潰して行く。

 私を中心として、“怪物”達は四方八方に吹き飛ぶ。


 私はメイスに十二年分の憎しみと悔しさを乗せる。

“怪物”達を叩き潰す度に、私の頭の中が真っ白になって行く。それに合わせ、身体の感覚もどんどん無くなる。

 ただ無心に、ただ全霊で。


 どれ位メイスを振り回していただろう。

 振り回していたメイスが空を切り、勢い余って床へと叩き付けた。


 ふと、顔を上げる。


 気付けば、私の前には、叩き潰されてぐちゃぐちゃになった“怪物”の山と、辛うじて無事な“怪物”が二体、そして、ザドキエルが立っていた。

 残り二体の“怪物”が最後の抵抗とばかりに向かってくるが、撫でるようにメイスで振り払うと、直ぐに他の“怪物”達と同じ末路を辿った。


 もう、私を遮る者はいない。


「お母さんの! お父さんの! トマスの! ノールの! 村のみんなの! ……そして私の恨みを思い知れえええええ!!!」


 私は渾身の力を振り絞って、その下品な笑みを浮かべるザドキエル目掛け、捌きの鋼の塊を振り下ろす。


 だが。


「な!?」

「ク、クフ、クフフ……クハハハハハ! お前如きが、この私の相手になるとでも思っているのか!」


 何時の間にか巨大な両腕と化していたザドキエルによって、私の渾身のメイスが受け止められてしまった。

 そして、その巨大な腕は私のメイスを掴むと、私ごと持ち上げる。


「クフフ、所詮お前は家族や同胞の復讐も果たせず、ただ惨めに私に嬲られる運命なのだよ。さあ、死ねえ!!」


 ザドキエルのもう一方の腕が、私へと迫る。


 だけど。


「【握撃】」


 ザドキエルの巨大な腕は、シードさんが生み出した魔術による腕によって受け止められ、私を掴む腕も同じく握り潰されると、私はスルリ、とその腕から解放された。


「~~~~~っ! このバカモン!」

「ふあっ!?」


 後ろからシードさんに大声で怒鳴られ、思わず身体がビクッとなる。


「お主は何度言ったら分かるのだ! お主に何かあったらどうするのだ! お主はワシの傍にいるのではないのか!」


 捲し立てるように叱られ、私はシュン、となってしまう。

 だけど、本当はこんなこと考えるのは不謹慎だけど……シードさんに心配してもらえて、嬉しいなあ。


「エヘヘ」

「ぬあ!? 反省しておらんではないか!」

「ウォッホン!」


 そんなやり取りをしていたら、ライラさんがやたらと大きな咳払いをした。


「二人共! 今はじゃれ合ってる場合じゃないよね!」

「「はい……」」


 シードさんと私は一緒に項垂れた。


「あああ! 貴様等は本当に苛々する! 今直ぐ叩き潰してくれる! [融合]!」


 ザドキエルが叫ぶと、私の手で叩き潰した“怪物”達の死体が、ザドキエルを飲み込むかのように覆い被さる。

“怪物”達の死体は、蠢きながら少しずつ同化していくと、粘土細工のように人型を形成し始める。


 そして。


 私達の前に、禍々しい様相を呈した、巨大な“怪物”が生まれた。


「っ!? そんな……」

「こんなの、どうやって倒すの……?」

「おお、でかいな」


 私とライラ様が慄いている横で、シードさんは呑気な感想を述べた。緊張感が台無しです。


《クフフ、こうなってしまえば、貴方のその右眼でもどうにもなりませんよ。何せ、私のもう一つの“祝福”である[融合]で、あの“出来損ない”共と同化したんですから》


「そうなのシード!?」

「まあ、そうであろうな。お主のそれは、魔力によるものではあるものの、結合自体はその結果であるからな。[真紅の眼]で魔力を遮断しても、彼奴の身体から離れるということはない」


 ライラ様の問い掛けに、シードさんはそれが事実であると淡々と答える。ですが、シードさんからは恐れや焦りといったものは一切感じられない。

 シードさんにとって、結局は歯牙にも掛けない程度のことなのだろう。


《クフフ、まあ、その所為で私はもう以前の姿に戻ることが出来なくなってしまいましたがね。その屈辱は、貴様等の生命で償ってもらうことにしますよ!!》


 そう言うと、ザドキエルはその巨体で此方へと突撃してくる。

 けど。


「ふむ。【握撃】」


《ガッ!?》


 その突進は、シードさんの魔術の手によってあっさりと食い止められてしまう。

 そして。


「【絶影】」


《グガアアァァァアアア!!》


 ザドキエルの目の前に複数の黒い球体が現れ、それがザドキエルの両腕、両脚に触れた瞬間、球体の大きさと形に合わせて、削り取られた。


「ふむ、どうだ? メルザ殿と同じようになった気分は?」


《ヒ、ヒイッ!?》


 シードさんが静かに問い掛ける。

 シードさんの表情は変わらないけど、今まで感じたことのない、腹の底から凍えるような威圧を放っていた。

 それは、私のために怒ってくれているから、と、ちょっとだけ自惚れても良いですか……?


「さあ、貴様には、死すらも優しいと思える程の地獄を見せてやろう」


 その言葉と共に、シードさんが右手を突き出すと、シードさんの全身から禍々しい魔力が溢れ出し、この空間全体に立ち込めた。


《ア……ア……》


 その異様さに、ザドキエルは戦慄するが、両腕両脚を抉られたため、芋虫のようにもぞもぞと蠢くだけで、後退りすることすら出来ない。


「永遠に砕かれ続ける苦しみを味わえ。“八大地獄”が一、【等活地獄】」

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