第101話 祝福と真実と

■メルザ視点


「お断りです」


 私はキッパリと決別を宣言した。


 その言葉を聞いたアウグスト司教は、さも残念であるかのように装っているが、本当のところは激しい怒りに満ちているのだろう。それは、真っ赤に染まった顔と、忌々し気に床を踏み付けている様子からも窺える。


 ふと、シードさんの様子を窺うと、そっと胸を撫で下ろしていた。シードさんの安堵した表情を見て、私の胸が熱くなったのは内緒です。


 一方のライラ様は、傍にいるガラハド様とハイエルフの女性……カトレア様を沈痛な表情で見つめている。

 私も其方へと目を向けてみる。

 先程、カトレア様がポーションを拒否したのを見て、ガラハド様も理解しているんだろう。

 ガラハド様は、傷付いたカトレア様を慈しみながら、その温もりを身体に刻むかのように抱き締め、カトレア様と二人、この状況を見守っていた。


「……はあ、やれやれ。本当にどうしようもない程の馬鹿ですねえ……」


 アウグスト司教が、肩を竦めてかぶりを振る。

 そして、すっ、と目を細めた。


「……分かりました。じゃあ皆さん纏めて死になさい!!!」


 そう叫ぶと、アウグスト司教の祭服を突き破り、その背中から一対の白い翼が現れた。

 そして、アウグスト司教は此方へと右手を翳すと同時に、施設の出入口が壁となって塞がった。


「クフフ、残念ながら、もう此処から出ることは出来ません。貴方達は私の掌の上ですよ」


 アウグスト司教が下卑た笑みを浮かべる。


「くっ!? これはどういう……!?」


 ガラハド様が困惑しながら、独り言のように尋ねますが、当然アウグスト司教が答える筈もなく、私達も誰も答えられない。


「なら!」


 私はメイスを構え、アウグスト司教に向かって突進する。

 その勢いのまま、メイスをアウグスト司教に振り下ろすと、突然アウグスト司教の姿が掻き消え、私のメイスは空を切った。


「なっ!?」

「クフフ。愚か、実に愚かですね! 態々私が貴方達の前に姿を晒すと思ったのですか! 貴方達は、最初から私の手の内だったんですよ!」


 アウグスト司教の私達を嘲笑う声が、この空間に木霊した。


 ◇


■アウグスト視点


 クフフ、私の“祝福ギフト”の力に驚いているようですね。


 “ミューズ”が殊の外出来損ないであったことには、さすがに落胆を禁じ得ませんが、そちらは次の研究に活かすことにしましょう。


 それよりも、予め[理想郷ブルメイル]を発動しておいて正解でしたね。


 彼等に遅れを取ることは万に一つもありませんが、あの基本性能の劣るツヴァイが、“ミューズ”を圧倒したのには、少々面食らいましたからね。


 この[理想郷ブルメイル]は、私の魔力の範囲内で、私が想像する全てのものを出現させることが出来る、正に私の理想を体現させる能力。とはいえ、限られた空間の中でのみ、という条件付きではありますが。


 私はこの[理想郷ブルメイル]もあり、『十大天使』に名を連ねているのです。つまり、それ程この能力は強力無比であるということです。


 さて、それでは困惑している彼等に、例えばこんなプレゼントはいかがでしょうか?

 私はパチン、と指を鳴らす。


「っ!? 何これ!?」


 シードの連れ……確か、ライラでしたか? 彼女が驚きの声を上げた。

 それもその筈。何せ、彼等のいる空間に、突然、大量の“出来損ない”達が湧きだしたんですから。

 そして“出来損ない”達は次々と彼等に襲い掛かる。


「くっ! このお!」


 ツヴァイが必死にメイスを振り回していますが、所詮は焼け石に水。いずれ次々と湧き出す“出来損ない”達に対応出来なくなり、そのまま無残に潰されることでしょう。

 その証拠に、ほら、彼等を中心に、圧倒的物量で取り囲んで行き、“出来損ない”達と彼等との距離はじりじりと縮まっています。


 更に、こんなのも。

 空間の上から、無数の槍が出現する。


「なあっ!?」


 ガラハドが驚愕の声を上げる。

 クフフ、前後左右からは“出来損ない”達が、上からは無数の槍が。

 さあ、チェックメイトです。


 そして私は、彼等がいる場所とは別の場所で、彼等の最後の瞬間の様子を高みの見物と行こうではありませんか。


「ふむ、つまらん」


 は? あの男、今、「つまらん」と言いましたか?


「……負け惜しみを。いいでしょう、一思いに貴方達を……」


 彼等を消し去ろうとした瞬間、シードの右眼が反転し、赤色の瞳に変わると、私の[理想郷]が突然霧散した。


「……………………………は?」


 ◇


■メルザ視点


 私は、たった今目の前で起こった出来事に、思わず呆けてしまった。

 何故なら、あれ程大量に出現した“怪物”達も、天井から狙いを定めた無数の槍も、一瞬にして消え去ってしまったのだから。


 そして、シードさんの右眼……。

 魔法陣から私を救ってくれたあの時と同じく、その瞳は赤く輝いていた。


「これは一体何なのですか!? 突然どうして私の[理想郷ブルメイル]が!?」


 そして、目の前には、この状況が飲み込めないアウグスト司教が、わなわなと身体を震わせ、困惑しながら捲し立てるように叫んでいた。

 どうやらアウグスト司教は、私達が閉じ込められていた空間の外にいたようです。

 それにしても……長年仕えていましたが、アウグスト司教にこのような能力があるとは知りませんでした。


「……今更ではあるが、ワシの右眼には様々な権能があってな。その一つに、魔力により構成されたもの、有り体に言えば、魔術、魔法の類を消す能力がある。その証拠に、ワシの右眼は“赤く”輝いているだろう?」


 その言葉に、全員がシードさんの右眼に注目する。

 シードさんは皆さんに悟られまいと平静を装っていますが、私には只々つらそうにしか見えません。ライラ様も、私と同じく気付いている様子です。


「馬鹿な!? そんな能力はあり得ません! そもそも、何故私の[理想郷ブルメイル]が魔力によるものだと解るのですか!?」

「なに、簡単な話だ。ワシは貴様と同じく、背中に翼を生やした者と会敵したことがあるだけだ」


 そうでした。シードさんは“白の旅団”の東部方面支部長、サブナックを倒されたんでした。

 当然、彼の能力も目の当たりにし、その上で此処にいるわけですから、それが魔力で構成されているのかどうか、ご存じなのも道理です。

 どうやらアウグスト司教も気付いたようで、顔を真っ赤にしています。恐らく、怒り心頭なのでしょう。何せサブナックの所為で、自身の能力が通用しないのですから。


「さて、それでは相手をしてやろうではないか、アウグスト司教……いや、天使族“第九位"、ザドキエル」


 シードさんの右眼が何時の間にか変化した銀色の瞳で見つめながら、アウグスト司教の真名を告げた。

 どうしてシードさんはそんなことまで分かるのでしょうか。これも、あの右眼の能力、ということでしょうか。

 隣を見やると、同じくライラ様が驚いた様子。

 それ以上に、驚きのあまり目を見開いているアウグスト司教……いえ、ザドキエルがいた。


「ク……ク、フフ……それも、貴方の右眼の能力、ですか? では、私のことは、全てご存知だと……?」

「そうだ」


 シードさんが無機質に肯定する。

 それを受け、ザドキエルはよろめきながら壁へと凭れ掛かった。


 憔悴した様子のザドキエル。

 だが、ふと思い出したかのような表情になったかと思うと、今度は下卑た笑みを浮かべた。


「ク、フフ、どうやら認めるしかないようですね……ということは、ツヴァイに伝えなくて良いんですか? 襲われた彼女の村の真実を」

「っ!? 黙れ!」


 シードさんが怒りの表情でアウグスト司教を睨む。

 その視線だけで殺してしまえるんじゃないかと思う程に。


 それより。


「……アウグスト司教、“村の真実”とは何ですか……?」

「おや? 気になりますか?」


 アウグスト司教は下品な表情を浮かべた後、さも愉快そうにシードさんに問い掛ける。


「クフフ、私が実験材料の調達のために獣人の“人形”を使って彼女の村を襲わせたってだけですよ」

「黙れえええええ!!!」


 …………………………………………は?


 あの男は何と言った?

 ソイエ村を”襲わせた”?

 獣人の“人形”を使って?


「……え……あ……じゃあ、私が、これまで、殺して来た人、た、ち……は……………?」


 目の前が反転し、身体に魔力が流れない。

 何時の間にか、私は床に座り込んでいた。


 そして、気付いた。


 ——私が犯した罪を。


「あ、ああ……ああああああああああああ!!!!」


「メ、メルザ殿!」

「メルザさん!?」


 私を呼ぶ声が聞こえる。


 だけど、それ以上に、目の前に映るこれまで殺してきた獣人達の憎しみに満ちた表情と共に、私への怨嗟と懇願の声が止めどなく聞こえる。


 ——イヤ、止めて!

 ——チクショウ! 絶対に許さない!

 ——地獄に落ちろ!

 ——ヤダ、タスケテ!

 ——お願い! 許してください!


 ああ、知ってる。これは——


 ——あの時、私に向けられた言葉だ。

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